第4話 豊かの海

 

 絶望は空気より重い。

 俺とナタネを包む大気がどろりと濁り、息が詰まるほど濃厚な煙となって辺りに立ち込める。


(まさか)


 黒目の死骸のすぐ傍で鍾乳石のように海面が盛り上がる。

 間違ってもサバやサンマのサイズじゃない。

 ウミガメでもない。

 サメよりもイルカよりもでかい。


(やめてくれよ……!)


 腕と太腿がぱんぱんになっている。

 ポロシャツもハーフパンツも汗でずぶ濡れだ。

 もう猫の一匹だって相手にできっこない。


 頼む。

 違うと言ってくれ。

 神様にそう祈るが、現実は残酷だった。


 ざぶっと水の膜が剥がれ、巨大な「目」が俺達を睥睨する。

 黒目のそれと異なり、サイズは直径50センチほどのようだった。 


 ただ、数が違いすぎる。

 一つや二つじゃない。ざっと数えて二十を超える眼球が宙に浮いている。

 そう。『浮いている』ように見える。


 ――――なぜなら「そいつ」の身体は半透明だからだ。


 まず目につくのは無数の触手だ。

 それらはひどく細く、鬘(ウィッグ)のようにも見える。

 30メートルはあろうかという筒状の胴体が海面にぷかりと浮かび、優雅な二枚のヒレがレースカーテンのようにひらりひらりと揺れる。

 一見するとダイオウイカのようにも見えるが、細い脚はクラゲのそれだ。胴体に付随するヒレを動かす姿はマンタにも似ている。

 胴体の先端に丸い「頭」がついていることも奴がイカではないことの証左だろう。

 俺は奴を例える言葉を持たなかった。


 人間そっくりの眼球は胴体にみっしりと詰まっており、そのどれもが俺達を見つめていた。

 ホルマリン漬けの標本のようで薄気味が悪い。

 瞳の色は赤。

 こいつは「赤目」だ。


「!」


 ナタネが俺にしがみつく。

 無理もない。


(色が……!)


 半透明の身体を持っていた赤目が突如として銀色に変色したのだ。

 月光を思わせる澄んだ銀色ではなく、アルミ箔のように安っぽい銀色に。


 ざぶぶ、と触手群を蠢かせた赤目は黒目の半身に取りついた。

 そして――――


「見るなっっ!!」


 すんでのところでナタネの目を塞ぐ。

 赤目は黒目の下半身にへばりついたかと思うと、ある意味予想通りの行動に出た。

 捕食だ。

 ただし触手で黒目を引きちぎるなんて方法じゃない。


 胴体からにょるんと袋状の何かが飛び出した。

 その部位がまさにイカのように六つに分かれたかと思うと、黒目の半身にかぶりついたのだ。

 気づけば無数の眼球はすべて黒目に向けられている。


(……おいおい何だよそれは)


 消化器官が直に捕食を担当するらしい。

 赤目は咀嚼なんて高度な真似をせず、消化液を流し込んで獲物を食らう。

 薄気味悪い光景に冷や汗をかいていると、ふと奴を評するにふさわしい生物の名が浮かぶ。

 ――――クリオネだ。


「ナタネ。ナタネ行くぞ」


 俺はへたり込む少女の手を握る。

 クリオネイカクラゲ野郎、「赤目」にも女の子が囚われていることは間違いない。

 だが満身創痍の今、奴に挑めば犬死にするだけだ。

 俺が死ねばナタネも残された三人も死ぬ。それだけは避けなければならない。


 幸い、ナタネに目立った外傷は見当たらない。あの中にいる子も同じだろう。縁日の金魚のようにしばらくは生かされるはずだ。

 今は一旦引き、十分に備えてから奴に挑む。

 それが最適解だ。


(……)


 返そうとした踵がなかなか動いてくれなかった。


(……すまん)


 赤目の頭頂部付近に見える半透明の球体。

 その中に「ぱっつん」の子が丸くなっているのを認め、歯を軋らせる。

 怒りに任せて突き進めるほど俺は若くはない。

 それを臆病だとは思わないが、人の命がかかった場面で打算的な考えしかできない自分を誇らしいとも思えなかった。

 情けないことに、俺はまだ大人をやりきれていない。


「戻ろう。……マイホームだ」





 俺達は逃げるようにして民宿へ駆け戻った。


 念のためナタネの首をビールで消毒した俺はマットレスで彼女を休ませた。

 俺はまんじりともせず思惟を巡らせ、廊下の炎をじっと見つめたまま朝を迎えた。


 相変わらず、夜の海は静かだった。





「ジューグ。ジューグ?」


 揺さぶられ、目覚める。

 いつの間にか眠っていたらしい。

 身なりを整えたナタネは心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。


 泥や粘液といった不純物の拭い去られた薄いアーモンド色の肌は餅のようだ。

 俺のナイフで整えたのか、彼女が着ていたボロ布はミニワンピになっている。焦げ茶色の髪を植物の蔓で結んだポニーテールが揺れる。


「ジューグ……」


 通路の炎は消え、鎧戸からは強い朝日が差し込んでいる。寝ていたのはほんの数十分だろう。

 俺はナマズのような笑みを浮かべた。


「グッモーニン」


 ん、とナタネは曖昧に頷く。

 嫌がっている様子はない。俺が無理をしていると思っているのだろう。

 中らずと雖も遠からずだ。

 全身が筋肉痛でずきずきするし、喉はからから、口の中はべとべと。顔もドロドロだ。


 身を起こした俺はすぐに行動を開始する。

 方針は昨夜のうちに考えていた。


 何よりもまず、俺達には水が必要だった。

 特にナタネは虜囚の身で十分な水分を得ることができなかったらしい。

 昨夜俺が渡した茶のボトルを少女はがぶがぶと飲んでいた。これで残るのはビールだけだ。


(水か)


 焦りは募る。

 ここは海の上に浮かぶ島だ。真水が湧く場所なんてない。

 一応、見通しは立てているのだが万事うまく行くとは限らない。


 やはり夜の内に動き出せば良かっただろうか。

 そんな気分に襲われながらロビーに降りたところで思いがけないものを見た。


 犬だ。

 毛の少ない白い犬。

 尾を丸めたそいつが俺に駆け寄ってくるところだった。


「う、おっ!?」


 俺は飛び退いた。当然だ。

 観光パンフレットにも記載されていたし、ホテルでも入国前検査でも嫌というほど聞かされたのだが、ここらの犬はワクチンなんて打っちゃいないらしい。

 狂犬病の致死率はほぼ100%だったはず。

 噛まれたら最悪そのまま死ぬ。


「あっち行け! しっ、しっ!」


 立てかけてあったボロボロの椅子を手に、俺はそれを振り上げ――――


「ジンジャ!」


 ナタネが慌てた様子で階段を駆け下りてきた。


「神社?」


「ジューグ。ノゥ!」


 ナタネは白い犬に覆い被さると、俺に哀願するような目を向ける。

 きゅうん、と犬はナタネを気遣うように舌を出した。


「ジンジャ」


「ジンジャ? あ、ジンジャーっていう名前なのか、そいつ」


 こくこくとナタネは頷く。どうやら彼女が飼っていた犬らしい。

 つまりナタネは元々この島の住民だったか、ここに犬ごと連れて来られた可能性がある。

 いずれにせよ彼女はあのバケモノやこの奇妙な風習と縁遠い人間ではない。

 ――――何か知っているかも知れない。


 俺の視線に気づいたのか、ナタネは微かに顔を強張らせた。


「ジューグ」


「ノーノー。ウォーターファースト。ナンバワン」


 俺は一本指を立てた。

 そして馬鹿な事だとは思いつつもナップザックのジャーキーを与える。

 ナタネの犬だからと言って予防接種を受けているとは限らない。噛まれるリスクは最小限に抑えたかった。

 ジンジャーと呼ばれた犬はきゅうんと嬉しそうに声を漏らし、ジャーキーを美味そうに食らった。


 これで二人と一匹分の水が要る。

 そんなそろばん勘定を意識の外に追いやれるぐらいには、ナタネは嬉しそうに笑っていた。





 水を得る最良の手段は雨を待つことだ。

 だが運を天に任せていられるほど俺達に余裕は無い。

 人間は一日に1~2リットルの水を消費する。二人と一匹で4リットルは必要なのだ。


 ブルーシートなんて気の利いたものはないし、朝露を集めるには時間が経ち過ぎている。

 有り合わせの道具で工面するしかないだろう。

 まあ人生なんてそんなものだ。命までそれで繋ぐことになるとは思わなかったが。


 幾つかのプランを実行に移すため、俺は民宿の中をくまなく探し回った。

 ナタネはジンジャーを連れてどこかへ出て行ってしまったが、あまりにも確かな足取りだったので止めなかった。


(あった……!)


 見つけたのは錆びたハンガーや取っ手のついたバケツといったガラクタだ。

 バケツには穴が空いていたが、これはまったく問題にならない。重要なのは取っ手部分だ。

 金属棒を数本集めた俺はさっと受付へ向かう。


「お」


 どうやら考えていることは同じだったらしい。

 ナタネは受付に手土産を運んでいた。茶褐色の鉢植えだ。

 これは水を貯める上で必要となる品だ。僅かばかりのペットボトルやビール缶では到底二人と一匹分の水を集めることはできない。

 茶褐色のそれは煤汚れていたが、具合の良いことに底に穴が空いていない。水を集めるにはもってこいだ。


「ジューグ」


 ナタネはピーナツバターのように甘い声で俺を呼び、鉢植えの一つに集めているものを渡した。

 植物の茎だ。

 盛りを迎えたヒマワリのように太い。


「あィ。あィ」


 ナタネはそれを齧る仕草を見せる。

 試しに噛んでみると、ぼりぶぎゅ、と強い歯ごたえがあった。それからじわりと汁が滲む。

 茎はかなり硬く、火を通していないアスパラガスやブロッコリーのように青臭かった。

 だがこれも水分には変わりない。


「うん! グッド! セぇンキュ!」


 俺はおそろしく苦い茎をぼりぼりと食ったが、ナタネは「舌がぶっ壊れてるんじゃねえのオッサン」とでも言いたげな顔をしていた。

 いや、だったら山盛り持ってくるなよ。

 ぽりぽりとジンジャーも茎を齧っている。なるほど、毒の危険性があるものはこいつに食わせれば――――


「ジューグ!」


 ナタネはジンジャーを庇うような仕草を見せた。


「ノゥ! ジンジャー、ノゥ!」


「……」


 たぶん犬を食われると思ったのだろう。

 ナタネは目に涙すら浮かべている。


「食べねえよ。大丈夫だ。俺は馬肉も無理なクチだからな」


 ぽんぽん、とナタネの頭を撫でてやる。

 心配しなくても俺は「一週間ぐらいならメシを喰わなくても平気」らしい。

 なぜなら脂肪肝だからだ。

 もちろん医者は冗談で言ったのだろうが、今はその言葉をアテにしたい。


 判断に迷った山菜採りは「耳かき一杯分」を目安に野草を口に含むという。

 どうしても怪しいものを食わなければならなくなった時は少量口にしてみるか。

 どの道、犬と人じゃ致死量も違うだろうし。



 北の海岸へ出た俺たちはまず石柱へと向かった。



 俺たちは神様に愛されている。

 なぜならここには天然の水源ならぬ「火源」があるからだ。

 火熾しについて悩む必要がないのは非常にありがたい。


 灰色の炎を枯れ木で掬い、ナタネと二人がかりで組み上げた『井形十文字』の薪を燃やす。

 ナタネはできるかぎり乾燥した薪を集めていたが、念のためナイフを入れて「ささくれ」を作っておいた。

 多少生木が混じっているようだが、これで火が通りやすくなるはずだ。

 後はサイズの違う鉢植えをマトリョーシカのように組み合わせて蓋をすれば、とりあえずの蒸留装置は完成する。


「ジューグ」


 石で小さな竈を作っていたナタネは俺のナップザックから一冊の本を取り出していた。

 つい勢いで買ってしまった観光ガイドと、入国するまでに山ほど渡されたパンフレット一式だ。


「ディス」


 ナタネは即席で作った松明の炎を近づけていた。


「ノー! ノーノーノーノー! ウェイウェイウェイ!!」


 俺は慌ててナタネを止める。薄いページならともかく、紙を燃やすなんてナンセンスだ。

 きょとんとする少女から観光ガイドを手に取り、分厚い表紙と裏表紙を剥ぐ。

 そしてできるだけ容積の大きな「ゴミ箱」を作る。


「ウォーター」


 俺は海を指差す。

 が、ナタネはこれに怯えてしまった。それもそうか。

 ゴミ箱に海水を汲み取った俺は水が染みないことを確認し、針金を組み合わせたちゃちな金網の上に乗せる。

 そしてそのまま小さな竈にかけた。


「じゅーぐ!?」


「おっけおっけノープロブレム。燃えないんだよこれ」


 容器の形に加工して水を入れてしまえば絶対に紙は燃えない。

 紙鍋というやつだ。


「側面には火が点くからな。直火に当てないようにするんだよ」


「?」


 ナタネは訳が分からないといった顔をしていたが、俺のジェスチャーで何となく察してくれたらしい。


(……サマーキャンプ様々だな)


 嫌々行かされた体育教室の経験がこうやって役に立ったことに苦笑した。

 当たり前と言えば当たり前だが、子供が好き好んで選択した甘い経験より親に無理矢理仕込まれた苦い経験の方が人生においては有用だ。

 子供を甘やかす教師より叱る教師の方が彼等を伸ばすように。

 ただ、それに気づくのは自分が親や教師の側に回った時だ。


「ぁ」


 あの赤目の奴が昼間に姿を現したらどうしよう。

 すべてが水の泡だ。


(まあ、その時はその時だな)


 パチパチと小さな薪たちが燃える。

 その中心にあぐらをかいた俺も闘志の炎を燻らせていた。





 薪を足しているとジンジャーを連れたナタネが戻ってきた。


 彼女は髪に赤い花をいくつかあしらっており、俺の心にまた幾らかの甘い雫を落としてくれた。 

 海に褐色美少女。

 なかなか絵になる光景だ。


「ジューグ」


 ナタネは手に何かを持っていた。

 何かと思えばそれは――――


(パンツ……)


 俺のトランクスじゃない。

 彼女のものだろう。

 色は白で、くしゃくしゃになるほど洗ったらしい。


 ぁむ、と何事かを言いかけ、彼女はやや恥ずかしそうにそれを見せる。


「オケィ……?」


 汚くないよ、大丈夫だよ、と言いたいらしい。

 俺はこれにサムズアップを返した。


「おけい!」


 彼女はパンツを手にすると、ぎゅうっとそれを絞った。


「?」


 びちびち、と何かが滴った。

 どうやら下着の中に何かが挟まっているらしい。

 ナタネは一生懸命に雑巾絞りをしていたが、やがて俺にバトンタッチする。


 何かと開けば中身は小魚だった。


「! すごいな。捕まえたのか? どうやって……」


 貝殻の上に座り込んだナタネは肩を縮め、はにかんだような微笑を浮かべる。

 もしかすると潮だまりでもあるのかも知れない。そこに取り残された小魚なら割と簡単に捕まえることができる。


「これ、絞るのか?」


 俺はぎゅっとパンツを絞ってやった。

 すると小魚の体液が漏れ出し、ぼたぼたと鉢に溜まる。


「なるほど」


 量は少ないが、これも水分であることには違いない。

 煮沸すればじゅうぶん飲めるだろう。



 それから数時間は水の確保に費やされた。

 幸いにして着火剤は無限で、木切れはジンジャーがこまめに拾ってくる。どうやらそうするよう躾けられているらしい。

 俺は十分に彼をねぎらい、水の確保予定量を増やすことにした。


 ナタネは何度か往復することで植物やら魚やらのエキスを小さな鉢六分目まで集めた。

 見事な手並みに俺は感心することしきりだった。



 そして程良く時間が経ったところで俺たちは成果を確かめることにした。

 蒸し器の蓋を取るようにして葉っぱや陶器の蓋を外していき、鉢に溜まった真水をビール缶に集める。


 真水。

 真水だ。

 ナタネがごくりと喉を鳴らす。


「ナタネ」


「?」


「水、たくさん飲みたいよな」


 彼女は質問の意図を正確に汲み取ったらしい。

 こくこくこくこく、と激しく頷いている。


「……」


 俺は黙って海水の溜まった鉢を見やった。


 確か海水の塩分濃度は3%。

 生理食塩水が1%弱。スポーツドリンクが0.3%だったか。

 ――――理論上、海水は生理食塩水の濃度まで薄めれば飲むことができる。比率にすると海水1に対して真水2が必要となるが。


 真水は貴重だ。

 だがそれ以上に「水分」が貴重なのだ。

 多少の塩分を道連れにすることになるが、より多くの水分を摂取する為に海水を薄めて飲むというのも選択肢の一つだろう。

 量さえ誤らなければ腎臓へのダメージは無視できる。


「ナタネ。ルック」


 俺は慎重にペットボトルのキャップに真水を注ぎ、ほぼ正確に比率通りの海水を注ぐ。

 少女がぎょっとするのを横目にぐいと盃のようにキャップを傾けた。

 まだ熱の残る水が喉を落ちていく。

 ちゃぷ、と唇に残る感触を味わう。


(まだ全然濃いな。けど……)


 飲める。

 飲めるなら、飲もう。


「ナタネ。どうする?」


 うっかり量を間違えないよう、キャップを渡した。

 少女は少し逡巡していたが、やがて思い切った様子に薄めた海水を口へ運ぶ。


 小分けにして飲む水は実際の量以上に俺たちを潤した。

 身体は脱水寸前なのだろうが、とりあえず喉が潤えば騙せるものだ。


 俺たちは島の恵みを絞るようにして水を蓄えていく。


 そうこうしている内に陽が傾き始めた。



「ジューグ」


 神妙な表情をしたナタネを認め、鉢に水を溜めていた俺は手を止めて立ち上がる。

 ――――何だか、嫌な予感がした。







 彼女が導いたのは石柱エリアから死角になっているエリアだった。

 手に手を繋いでそこへ至った俺は息を呑む。


 黒目だ。

 少し離れた海岸に奴の死骸が横たわっていた。


(ひでえな)


 奴の体には既に大小さまざまのカニが集っており、眼球を啄んだ海鳥が細い神経を引っ張っているところだった。

 顔から下は無残な食べカスとなっており、錆鼠色や紅樺色の臓物が波に洗われている。

 恨みがましく空いた眼窩と鉢合わせ、俺は寒気を覚えた。



「マトゥアハ」



 ナタネは強く、はっきりとそう口にした。


「マトゥ、アハ?」


 少女は小さく頷き、黒目を手で示す。

 『マトゥアハ』。

 それが「奴ら」の名前か。


「デイズ」


 ナタネは三本指を示した。

 おそらく赤目が再び現れるのは三日後、という意味だろう。

 三人を救うのに九日かかる計算だ。彼女達の身がもたない恐れがあった。


(次は逃げられねえ、か)


 仕留める。確実に。

 ――――その為にも、今日を生きねばならない。


 刃のごとき意思を胸に、俺はひとり頷いた。



 残された時間はあと二日半。


 水、少々。

 食料、ゼロ。

 武器、ゼロ。

 作戦、ゼロ。


 仲間、あり。


 心持ち、まずまず。


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