エピローグ 「え、Bじゃん」
■ところ なし(りらせのどくはく)
■じかん 369日目
■たいとる 「え、Bじゃん」
あれから、一年が経った。
パパの話からしよう。
パパは、あのことがあった後、ママにお願いされて、ママと共に、アルゲニョンの槍と同化することになった。本来、パパはアルゲニョンの槍には適合しないはずだったが、ママのアシストにより、接続が可能となったらしい。私とハヤセに対して一通りの愛の言葉を述べたのち、子供ではなく、妻を選ぶ事を謝罪した。私もハヤセも、それについては何も言えなかった。冷たいとは思わなかったし、それに、この世から居なくなるわけではない。何よりパパらしい。絶対的な価値観ではないが、一般的に、子供は両親が仲良くいる事を望むものだし、私たちもそうだった。子供のために夫婦が離れるというのは、それはそれで不本意なものだから。そういうわけで、パパもまた、ママと同じように兵器の思考リソースの一部へと吸収されてしまった。当初、ママの体はアルゲニョンの槍と融合していたのだけれど、ヘル子との戦いの後、自らの身体をパージして、この世から生きた肉体を葬ってしまった。(その、ママの生体部分はアルゲニョンの槍を擁する施設の一つに残っていた)まぁとにかく、パパもまた自身を電子化し意識をネットワーク上においたまま、外部アバターを用いて私や弟と暮らしている。水に濡れても一瞬で乾くし、隣国の航空機が領空侵犯を行うとすぐに飛んでいくパパだ。一般的に、父親というのは生身でスクランブル発進したりしない。元の勤め先のギデロンを辞め、今は国防軍に所属している。
ちなみに、軍産複合体の一翼を担っていたギデロンだったけど、現在は事実上の倒産に近い形になっている。ヘル子の起こした事件はあまりに大きすぎた。事件後、私たちの国は周辺国に限らず、多くの国からの非難を浴びた。専守防衛を旨としていた我が国だったけれど、
でもマントラックインタフェースの開発はその国にも寝耳に水だったらしく、私に直接
大きな組織とはあまり関わりを持ちたくない。
弟の話をしよう。
弟、芹那ハヤセは、あの
それにしても、姉は半トラとなり、両親は電子兵器と一体化し、買っていたペットは
私の話をしよう。
私は相変わらず、半トラ。ピンクの塗装で、助手席は修理して、元通り。でももう、座席にミレイはいない。日常生活で必要なものの多くはそこに置いてある。小さな本棚があって、そこには学校の教科書やお気に入りの路上ッコ暮らしのりやかさんの縫いぐるみが置いてある。(りやかさんは、いつもリヤカーを引いているキャラクターで、髪はボサボサである。ニット帽は被っていない)着替え、歯ブラシ、タオル、覚醒交響曲ソドム。あらかたの日用品は周りにあって、入院してるみたいだ。ステアリングは必要ないので、胸の前に小型のテーブルが出てくるようになっている。うん、ますます病院のベッドっぽい。半トラも慣れたらそこまで悪くもない。困るのは体(人間部分)を洗う時なのだけれど、当初は国防軍の女性スタッフが体を洗ってくれていたが、運転席部分を改造して高所作業車のようにアームを伸ばして運転席を移動させる事が出来るようになってからは、専用のシャワーを浴びれるようになった。ろくろっ首ならぬ、ろくろっ上半身といったところか。
ハヤセが助かったおかげで、私の左手からもセンサ類を摘出することができた。体内にあるナノマシンは留まるようだが身体に悪影響はないらしく放置しておくことになった。数年もすれば体外に排出されるらしい。
あの後、私は有名になった。
事件直後、多くのマスコミが私を取材に来たが、私は間も無く国防軍に
実は改造された段階から、私は国防軍の装備品扱いになっていることが判った。契約書にはちゃんと書いてあったらしいが、読んでなかったので後で知った。その後しばらくは国の保有となり管理された。人権は一部制限された。様々なメディアで私の人権についての議論が交わされた。私は国の保有物であるが、同時に私自身の人権が失われているわけでもない。
(ちなみに、肉体を失い、外部アバターを持つに至ったパパとママは死亡という扱いで、人権は失われ、名実ともに国防軍の装備品となっている。とはいえ、それはきちんとコントロール下にあるものではなく、その気になればママはいつでも好き放題出来るはずで、
パパとママが死亡扱いになった後も、私とハヤセの親権はそのままアルゲニョンの槍へと移行する手続きが取られていた。法律的に私たち姉弟の両親は電算兵器となっているわけだ。このあたりの事は未だに詳しく聞いてない。
ママはいなくなったけれど、パパの外部アバターは普通に今でも家で暮らして弟と生活し、しょっちゅう私にも会いにきている。)
メディアやマスコミなどは私のことが公になってから暫く、私への人権を全面に認める派と、こんな改造が認められたら人体改造が今後増えていき、歯止めが効かなくなるので、認めるべきでない、悪しき前例にしてはいけないという、人権を一部制限すべき派の討論議論を行っていた。当初はその陣営も半々くらいで
私の所有は国で、親権は
ところで私は自律運転車という扱いになる、私は運転免許を持ってなくても公道を走れる。ただ、道路交通法を十時間ほど座学で学び、運転技術もしっかり教習はさせられた。半トラの私に運転技術を教えるとか、料理の達人に包丁の使い方を教えるようなもんだと思ったが黙って習った。教官らしきおじさんが私の助手席に乗ろうとした時はメチャメチャ切れて、そこはミレイがいた場所なんだよ乗せてやるかと思ってドアを開閉して顔面に一発食らわせたのと、バックしようとした時にクシャミして運転席が飛び出て恥ずかしかったのはそのときのいい思い出だ。
学校だけど、私はちゃんと
教室で授業を受けられないので、校庭の隅に私は車体を停める。車内のモニタに教室の映像が転送され、私はそれで授業を受ける。未だに紙の教科書を使い、スクーリングに重きを置くのは
運動場にいる生徒が私を興味深そうに見るのも最初の数ヶ月で、皆、校庭の隅に半トラ女子高生のいる高校に比較的スムーズに慣れていった。私自身が体育に参加できないのは残念の極みだけれど、校外ランニングには参加させてもらえる。いやそれはいいんかい、と突っ込みたくもなるが、まぁありがたくいつも一位の座をもらう。
個人的に頭を抱えたことがある。それは半トラ後の方がモテたということだった。なぜだし。それまでに一度も告白すらされたことがなかったが、半トラになってから二人の男子に告白された。一人は同級生。清潔で、真面目そうだけれど、それ以外に何か取り柄あるか、というと特になさそうな奴。告られるまで、私は彼の名前も知らなかった。もう一人は下級生。こちらは、そこそこのイケメン。小麦色の薄い肌、その肌の下に筋肉や骨があるのがよく分かる腕、流れる産毛もとても綺麗で、私の好みだった。けれど、ミレイと一緒にいた数日を思い出し、そんな時間を共有できるかと想像して、ま、無理だなぁと即断し、二人ともとりあえずフった。でも一応どうして告白をしてきたのかは聞いた。同級生の方はあまり要領を得ない感じだった。元々少し私に対して好意はあったが、半トラになってしまい、ちょっとショックもあったんだけれど、多分私の方がもっと心に傷を負っているだろうし、その支えになれたら、という感じ。聞いていると悪い事は言っていないのだけど、どうもその空気の節々から、少しの
アルバイトも始めた。背中(?)にはそれまで何も置いてなかったが、運送用の荷台を付けた。運転席さえ覗かなければ、ピンク色のただの運送用のトラックに見える。側面にはガバガ・マートのでかでかステッカー。学校が終わったら荷物運びのお手伝いという訳だ。ここで、ガバガ・マートについても語っておこう。爆発させられた店舗はすぐに建て替えられた。爆発して天井が無くなったことをモチーフにした画期的な設計の店舗で、さらに洗車機能を付けた私専用のトラックのスペースを作ってくれたし、私へのスポンサーを最初に行ったのもガバガ・マートだった。通常の流通とは別に、イベント等の荷物運搬などに私を利用して、お給料をくれるのだ。理解ある企業だ。看板デザインは相変わらず好きになれないけれど。何より学校に行く前にいつも梨ジュースをもらえるのは有難い。事件が起こった事を逆手に利用して利用者に訴求するという商魂の逞しさ。もちろんこのアピールもまたヒットした。
ペットの話をしよう。
亀五郎は、相変わらす大きいままで、やはり芹那家のペットとして過ごしている。
その他、事件後の世界の様子について少しお話しておこうと思う。
私のように半トラになりたいという人が、ちらほら現れはじめた。
私はメディアにインタビューされた時には、いつも素直に応じるようにしていた。ミレイのことを話し、半トラになってよかったこと、わるかったこと、あけすけに話した。半トラになったおかげでちょっとだけモテたことも言ったし、お風呂が大変だよ、ということも言った。インタビュアーははじめ腫れ物を触るような扱いだったけれど、わたしが幾つもの取材を受けるうちに、やがてそういった扱いが逆に失礼じゃないのか、という空気を帯びるに至った。私に対するその距離感は、まだこの国の社会が克服していない、身体障害者に対する距離感、その歴史をそのまま早足でなぞっていた。
しかし、徐々にそれはなくなる。
半トラになりたい人が現れるということは、あえて義足や義手にしよう、不具になろう、ということであったからだ。(たしか『不具』、は現在差別用語としてあるのだけれど、ここで私は元来の語義通り、腕や足を切断して「備わっていない」という状態を示すために用いた。悪意や差別意識を持って使ったわけではない。何しろ私自身、既に半トラなのだから)
体の一部を切除することも、ピアスや刺青、インプラントといった身体改造の延長と捉え、下半身をトラックに変えられるのなら、それもまたとてもクールだ、と考える人間も少数ながらいた。世の中は広い。本当にそういうことを思う人がいるのだから。私はそれまでピアスも怖くてできなかったので、半トラになった今でもそういう人種の意見は理解できない。
そして、そういった声が少しずつ上がり始めた頃に前後して、マントラックインタフェースの技術資料がどこからともなく流出した。
その技術資料は、ギデロンにあった生の資料に加え、ミレイが私に施した手術に関しての資料もあった。つまり、材料さえ用意できれば、設計が公開されてしまったマントラックインタフェースを製作することができるし、医療機関で適切な処置を行えば、マントラックインタフェースを介して半分トラックになることもできる。オンライン術式データベースというものに既に術式登録がされているらしく、
私がトラックになって三ケ月後には、ついに海外で私に続き二人目のトラック人間が出現した。それはやはり上記のシステムを用いた個人による半トラ化であった。その後も途切れることなく、人は半トラになっていった。個人が作った、謂わば海賊版マントラックインタフェースは
こうなってくると、法律が現実に追いつかない、という他分野でも多く見られる現象がここでも起こってきた。半トラ化した人間を、どのように扱うか、ということだ。最初の半トラ化事例である私は全てがイレギュラーの特別な状況から始まったから、特例の積み重ねで今比較的自由にできているけれど、一般人が半トラになった時の扱いがまだまだ曖昧だ。例えば、私以外の半トラ人間が高速道路を走ると、それは違反行為となる。早めの法整備が望まれるところだ。
徐々に半トラ化が浸透してくると、恋人同士でタンデム半トラ化する事例も増えてきた。これは同性愛カップルで多く見られる傾向だった。既に退職して老後だけを考える夫婦がタンデム半トラ化しそこを終の住処とするという話もあった。私が当初思っていたほど、二人セットで半トラ化する事例は少なかった。不妊治療を諦めたり、初めから子供を作る気のない夫婦などがちらほらタンデム半トラ化するくらいだった。
このようにして徐々にではあるが世間は、世界は、半トラを個性の一部として認めようという空気も醸成されつつあった。
ミレイの話をしよう。
いや、ミレイの話というよりは、ミレイの墓参りに行った時の話をしよう。
まずもってそもそも、ミレイは、元々この世界には存在していないことになっている人物だった。ヘル子戦ののち、ミレイの身元を確認するために彼女の血液を用いて国際統合遺伝子データネット(国際的なゲノムデータベース。制度上、地球上の出生者の全てに遺伝情報の提供が義務付けられている。とんでもないディストピアじゃないか、こんなもの人権に関わる、として多くの組織からの反発が根強いが、遺伝子改変した人間が混じっていくのを防ぐ、というこちらもまた倫理的な大義名分もある)で照合を試みられたが、一切のヒットがなかったらしい。近親者かもしれない程度の
ミレイの墓は、墓と言っていいのか、国道
私は無神論者だけれど、もう既に居ないミレイに対して何かできるかを考えた時、何もできない事に驚いた。本当に、死んだものには何もできないのだ。恐ろしい事に、本当に、何もできない。祈りも、お供えも、念仏も何もかもが全て、ミレイのためになる事は何一つないのだ。この『墓参り』ですら、実際はミレイに何かできるものではなく、私自身の心の整理にしかならない。とても怖かった。死ぬ事が。映画やアニメで、忘れないでいる事が死んだあいつのためにできることなんだ心の中で生き続けるんだ、などというセリフを聞いたりするが、違う。死んだ者には何もできない。私には何もできない。底のない穴を覗き込む時の恐怖、それに似ていた。なにをしても見返りがない。見返りがないのが怖いのではない。私が死んだ時、誰かが私をそのように、底なしの穴として見るのだ。それはとても怖い事だった。ブラックホールよりも暗く深く押し黙り、なんの返事もできない。与えられたら、与えられただけ、私はそれを受け入れていく事になる。何も返せない、穴へ。それはとても怖いことだ。
休日の晴れた朝にミレイの墓参りに行った時のことだった。
青い空に、雲は柔らかくなびき、時々雲の形がトラックになっていくように見えた。
赤信号で待っていた時、右の追い越し車線側に赤いスポーツカーが静かに
目が合ったとき、私は息を飲んだ。
落ち着くための二回の呼吸。
そのあと、私は「ミレイ」と叫んだ。
それは本当にミレイそのものだった。
整った唇には口紅がひかれ、おいしそうで
左手でくいっとサングラスを引っ張ってずらし、上目遣いで私の顔を見た。目もまつげもミレイと同じ。
「リラセチャン、どしたんデスかねぇ、こんなとこで」と、言って欲しかったが、彼女はミレイではなかった。
「あなた、
「そうだけど」と私は答える。上がる鼓動はそれでもおさまらない。
「やっぱそだよね。見ておきたかった」と彼女は言う。
「あなたは? ミレイじゃないの?」と私は聞く。
「私は、
信号が青に変わるが、私も彼女も動かない。どちらの車線にも後続車はなく、クラクションも鳴らされない。
「うん」と、私は言う。咄嗟に何も言うべきことが思いつけない。
「あ、あなた、あなたと握手したいんだけど。いや、別にファンってわけでもないんだけどね。もう一度ミレイに挨拶しておきたくて」と、彼女、フクロウはそう言って左手を差し出す。
トラックと、隣に停まったスポーツカーの運転手同士は手を伸ばしたくらいじゃ握手できないが、私は可能。運転席の扉を開くと、運転席をニョキッと横に伸ばし、手をつなぐ。左手と右手の指を、合掌のようにぴったりと合わせたあと、指の間に指を挟み込み、ゆっくりと握る。
「この手、この手」とフクロウは言う。
「うん」と私は言う。
そういやミレイとの契約を私は破っていた。ミレイ、すまんな。すまんすまん。死が二人を分かつまで、共に歩むって誓ったけど、ありゃ嘘だ。
私の右手は、ミレイの右手だ。
「うん、うん、満足」と、フクロウは言う。
ここで私はようやく気付く。
「あなた、それ」
「気づいた? 私も半トラになっちゃった」
よく見たらフクロウの上半身は、赤いスポーツカーの運転席からニョキッと生えていたのだった。半トラは、人とトラックをつなげる技術だったが、アルゲニョンの槍やヘル子の例でもわかるように、少しいじればトラックに限らず、他の機械とつながれる。最近は『半トラ』という単語は、「トラック」限定でもなくなってきている。下半身がバスでも、重機でも、電車でも、戦闘機でも、赤いスポーツカーでも、乗り物とつながっていれば、それは半トラだ。
半トラになる人がいるのは知っていたが、あまり見たことはないので驚いた。テレビの番組で半トラになった人と対面したりはあったが、野良半トラは初めてだったから。
「ありがと、じゃね」と言ってフクロウは手を離すと、さっと行ってしまった。
そして信号はすぐに黄に変わった。
帰りに
こちらの信号は青で、そんなにスピードも出していなかった。
子どもが急に飛び出してきたのだった。
言い訳にならないし、むしろこちらの装置の不備を示すようだけど、私の車体は目の前に障害物があればオートでブレーキがかかる筈だった。
でもさすがに急制動しても制動距離というのがある。ブレーキからゼロ距離で停止するわけがない。
さらに運悪く、この瞬間私はよそ見をしていた。正確にはよそ見ではなく、前方にある道路案内モニタに気を取られていた。目の錯覚なのかもしれないが、そこに一瞬、トラック姿の私が映ったような気がしたのだ。そして、
えっ? 何? どうして? と思う。
私の車体は体の一部なので、感覚で、前方すぐの道路上に子どもが折り重なるように四人倒れているのがわかった。
しかし、左に目をやると、轢いた四人以外にもう一人、女の子がうずくまっているのが見えた。
私はトラックの天井を開き、アームで運転席を動かし、自分の上半身を車体の前に持っていった。
うずくまっている少女、倒れ込んだ四人の少年。なるほどね。察した。
私が次に発した言葉は自分でも驚くものだった。
「オイコラ! このクソガキども! 女の子を泣かすんじゃねえ! てめえら次飛び出てきたら完全に轢き殺してやるからな!」
鬼の形相で言ってやり、大音量でクラクションを鳴らし、高回転の空ぶかしを行い、普段は恥ずかしいので鳴らさない
「お前ら、子どもだからっていつまでも調子こいてるんじゃないよ。ねぇ。オイ。お前ら四人はさぁ、少年法? とやらで、守られてるから、好き勝手できるんだよねぇ。よかったねぇ。でもね、お姉さんはね、あんたたちを今すぐここで、轢き殺しても、全責任は国がとってくれるの。私、うれちー。ワタシ、セキニン、ナイ。兵器ですので。平気。シャレじゃないわよ。ねぇ? どう? 轢き殺そうか?」
可能な限りの低い声で、一人一人にお伝えしてあげるのだ。
「おいこら、烈児」
「はいっ!」四人の中で、最もガタイのいい烈児がその場で急にシャキッと起立して黙って目だけを私の方に向ける。
「言うべき事は?」
「サーセンした!」
「違います」と、耳元でいう。
「申し訳ありませんでした! もう女の子はいじめません!」
いくら体格のよい小学五年生でも、トラックには勝てない。そして、力あるものに媚びるのがこの四人のモットーでもある。
「次、真希輝」
「ふぁい」と言いながら、ゆっくりと立つ。以前私に折られた歯は元どおりになっていて、歯並びもよくなっているが、イケメンっぽさはどこかへ消え、冴えない顔になっていた。
「ふぁいじゃありませんよね」と、息がかかるほどの耳元で囁くように脅す。
「はぃい! ごめんなさい!」
「次、大輔」
「んー、う」と高く幼い声で言いながら、
「あれ? あんた大輔?」面影が全くないので人違いかと思った。
「あー、りらせちゃんだー! 今日のぱんつ、何色なのかなぁ」やっぱ大輔だね。
「
「そっかー。おっぱいのサイズも知りたいなぁ、なんて」と、自分の胸の前で両手の人差し指をつんつんと合わせながら、上目遣いで訊いてくる。やばい、やばいぞこれ。このまま怒りゲージを維持しないと、「じゃあ直接触って確かめていいよ」とか言って大事な助手席にそのまま乗せて帰ってしまうかもしれない。落ち着け私落ち着くのだ。というかこの一年でどんな育ち方したんだ。育成、超大成功かよ。(低確率で起こる『超・大・成・功・!』はイケメン値が通常の
「おいこら、このクソガキ、てめえちょっとイケメンになったからって調子乗るんじゃあないよ。なんでお前に胸のサイズ教えなきゃいけないんだよ。トップ84アンダー72のCカップだよ変態が。あの子にちゃんと言う事あるだろ」と言う。
大輔は「え、Bじゃん」と真顔で一瞬私の目を見て言った後、うずくまっていた女の子に向かって「ごめんね、ごめんね」と、言う。女の子が大輔の顔をじっと見たまま、こくこくと頷いた。小さい声で「大輔は許す」と呟いたのを私は聞き逃さなかった。
「はいラストー、
「ふふふ、もうしわけないですねぇ」と、百海は先ほど苦行を終えたばかりという顔で、ヒビの入ったスマホをしっかり握って立ち上がりながら謝罪する。
「なぁ、百海、お前、幾つになるまで女の子のパンツ撮る気だ? あ? そろそろ卒業の時間だよね。貸せ」
「ほっほ、困りましたねぇ、今回に限りお渡ししましょう。特別ですぞ」と目を細めたまま素直に私にスマホを預けた。
「よしお前ら、行っていいぞ」と私は言って、アゴで反対車線側の歩道を示す。冷静に考えて、轢いた側と轢かれた側のやりとりではないが、まぁいいや。そのまま四つの輝けるクソの原石たちは商店街のアーケードへ去っていった。長いものには素直に巻かれる
それにしても、大輔はやばすぎたな、あれは謝罪じゃなくて告白がきてたらそのまま持ち帰ってたな。
「大丈夫だった?」と、私は急に声色を調えてうずくまっていた女の子に話しかける。足元にはまた『路上ッコ暮らし』の文房具類が散らかっていて、やっぱりあの時の女の子だと確信する。
「だいじょぶ」と、
「あ、そうだ、これあげる」と、私は一度座席に戻り、棚の奥の方に仕舞っていた紙袋を取り出し、女の子に中身を渡した。
「あ、これ! まだらさんの筆箱!」ぱっと表情が明るくなる。(まだらさんは路上ッコ暮らしのキャラクターで、体の部位が病気で所々変色している。ニット帽をかぶっている)
「あと、これもあげるね。
「ありがと! ピンクのお姉ちゃん!」
とてもいい笑顔だった。
ガバガ・マートに帰り、私専用の駐車場に戻り、洗車し終える。
ウィンドウを開けて、肉体と車体を乾かしていたら、映画のCMがコンビニのサイネージに流れていた。近々封切りになる「そなた何と申す」の続編、「お主の名、
亀五郎が来て、冷たいコロッケと唐揚げの入った入れ物を届けてくれた。週に二、三回ほど、パパが家で作った昨日の晩ご飯の残りを亀五郎が持ってきてくれる。
「水も
「あ、亀五郎。今日はミレイのお墓まいり行ってたんだ」
「うちのご主人に悼まれるミレイちゃんは幸せ者だねェ」
「そういや、亀五郎はミレイの事ちゃんと覚えてるの?」
「もちろん覚えてるさ! それが女の子なら、昨日通り過ぎたメスの蝶々でも覚えてる
「あ、そうだ、ミレイで思い出した。知ってるかな」
「デートのお誘いかい? 予約受け付けたいけど、両手の指より多い数はかぞえられないから、今日は無理だねえ」
「違う違う。デートじゃないよ。まぁ似てなくもないけど。そういや今思い出したんだ。ミレイさ、あなたの事好きだったよ」
亀五郎は少し遠くを見てから、言う。
「俺が未だにメールアカウント持たない理由知ってるかい」
「知らない」
「ラブレター来すぎて、メールサーバーがパンクしちまうからさ」
「はぁ」
「何より女の子を一人だけ選ぶなんて、できないだろう? 皆魅力的なんだから」
「はぁ」
「大切なモノはいつだって『ココ』(と言って、可動域の狭い前足を動かし、親指で胸の中心あたりをトントンと叩く)にあるだろ?」
「何言ってんの亀五郎?」
「そういう事さ、じゃあなお嬢さん。
おおっと、これじゃ次のデートに間に合わねぇや!」
と言うと亀五郎は四足の先からジェットを噴射し、青空のどこかへ消えていった。
我がペットながら、よく分からない亀だ。
以上がミレイの墓参りに行った日の話。
これで、私たちの話は終わり。
私は、明日も学校がある。明後日も、学校。
今年は受験生で、私を受け入れてくれる大学を目下探し中。
ミレイ、死んだあなたに、私はもう何もできない。
生きている人間に、じゃあ私は何ができるかといっても、
きっとたいした事もできない。
私は、私にできる小さなことを、して、生きていく。
じゃあ、気が向いたらいつでも、
私は私のために、あなたのお墓参りにいきます。
私の魂の、ために。
またね。
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