第10話 「それでは次の曲。芹那りらせちゃんで、『みぎてがこわれちゃった』」

■ところ ? 〜 ? 

■じかん ?日目 ? 〜 ?

■たいとる 「それでは次の曲。芹那りらせちゃんで、『みぎてがこわれちゃった』」


 りらせは夢を見る。

 そこはライブ会場のようなところで、りらせ以外に沢山たくさん観客がいたが、大体は自分との知り合いでめ尽くされている。中には同じ人物が複数人いるのもわかる。例えば父親は八人いて、その内の二人などは一緒に「がんばれりらせ」と書いた横断幕おうだんまくかかげているし、弟のハヤセは歳と歳と10歳の三人がいる。顔を知らないはずのカナリアもいるが、夢なので、「そこに居る」ことがただ直感的にわかるだけだ。

 ライブ会場というよりはきっと、素人がカラオケを歌う番組の収録会場で、ステージにはドラムや電子ピアノを演奏するバックバンド、司会者、そして小さいりらせがいる。

 りらせの前で小さいりらせがお辞儀じぎをしている。今から歌うようだ。

 小さい方のりらせは多分十歳くらいで、髪はショートカットで印象は今と全然違う。

 でも元気よく挨拶あいさつする姿は今とあまり変わらない。

 司会者は中年男性だが、なんとなくそれは公尾きみお真希輝まきてるであることがわかる。

 あいつ成長するともっとイケメンになると思ったのに随分と小汚ねえおっさんになったなぁ。でもなぜか歯並びはいいなぁ。

「今日は、どこからきたのかな」と、司会者の真希輝は小さい私に尋ねる。

牙無伏ぎばなふ市からきました!」

「そっかー、りらせちゃんのおっぱいは今何カップなのかな? 揉んで大きくする?」

「え」小さいりらせは恐怖心で硬直している。

 小さい私が怯える姿が痛々しく、助けようかと考えるが、私は観客なので助けられない。観客は座るものなのだ。

胸囲きょういをはかりマしょか」と、なぜか女性の声で中年司会者真希輝は尋ねる。

 小さいりらせはたましいこもったように急にキッと司会者をにらみ、股間を容赦なく蹴り上げる。真希輝は声にならない声をあげてその場にうずくまりながら、小さい方の私に歌を披露させる。

「それ……では、次の、曲。芹那りらせちゃんで、『みぎてがこわれちゃった』」

 爛漫らんまんの笑顔で小さなりらせは歌い始める。

「パパからもらった、大事なからだ

 ママから貰った、大事なからだ

 とっても大事にしてたのに

 壊れて使えない指がある 

 どーしよ どーしよ」

 金管楽器を壊した旨の曲の替え歌のようだった。

 よく見ると小さいりらせはマイクではなく、手首から先が失くなった腕をマイクに見立てて、左手でつかんで歌っている。

 近くにいた父親の一人が、「そういうのそうよ」と苦々しい声でつぶやいている。

「親指と人差し指と中指がない

 薬指と小指とてのひらもない」

 と、小さいりらせがとても可愛く歌っている。

 ああ、私かわいいなあ。

 コーン、と鐘が鳴る。

 でも歌は下手だもんなあ。

 夢だと気付ける夢があるが、これは多分そうだ、とりらせは気付いた。

 こういう夢では現実が夢に干渉かんしょうしてくることがよくある。聞こえる音、感触、匂い。目をつぶっていてもそれらの信号が届き、夢の結線を所々つなぎ替える。

 そうか、夢なのか、と思ってりらせは安心する。右手を無くしたかわいそうな私、ごめんね、こっちの私はお先に目を覚ますことにしますよ。ちゃんと右手はあるからね、こうやって、ちゃんと、パーができて、グーができて、チョキもできて、こうやって右横にいる、6歳のハヤセともちゃんと手をつなぐこともできる。


 りらせは目を覚ます。

 ハヤセはいないし、ハヤセとつなぐための右手もなかった。

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