第11話 「『履帯』ってめっちゃ女子力高そう」

■ところ 夢からの目覚め 〜 ヘリの中 

■じかん 001日目 12:34 〜 12:55

■たいとる 「『履帯』ってめっちゃ女子力高そう」


 左手が温もりに包まれていて、ただそれだけで郷愁きょうしゅうを引き起こす力を持っている。

 かつて私は、私自身を知らなかった頃から、これに包まれていた。

 パパ。

 りらせは意識を取り戻す。

 無影灯むえいとうまぶしく、かげになってその人が見える。そう、パパがいる。

 父親の両手に包まれた左手にりらせは力を入れる。

「よく頑張ったな、リラセ」

 今度は安らぎが、りらせの意識のカーテンを閉じてゆく。

 

 次に目を覚ました時、そこはくすんだ深い緑色の小さな部屋だった。部屋と呼ぶにはあまりに質素で、飛行機か何かの貨物室カーゴベイを思わせた。バラバラというヘリのローター音はするので、きっとさっきのヘリの中なのだが、揺れや加速度は全く感じない。体育のマットのような簡易ベッドで上半身を起こす。

 りらせと同年代に見える少女が壁から張り出したスチール製の椅子に座っていて、右手につまんだロリポップ棒つき飴めながらりらせを見ていた。

 白いワンピースに麦わら帽子というで立ちで、貨物室のようなこの場にまるでそぐわない。しかも見たら足は裸足はだしだ。

 綺麗な黒髪は長く腰まで伸び、まゆはピッとやなぎのように引かれ、黒い瞳はほんの少しみどりを帯びている。それに眼力めぢからがあるわけではないのだが、特に何の感情もないような表情かおでりらせを見つめるさまに、畏怖いふを感じる。

 りらせが彼女を見ていると、徐々にその少女は眉をひそめ、そこに間違ったものが置いてあるな、という視線でりらせを見て、知性を感じさせる顔とは裏腹に、知能指数10くらいの声を出す。

「おー。起きましたねー」

 あ、これさっきのロケットパンチ飛ばしてきたやつだ。と、ローギアの思考回路でもりらせには諒解わかった。

「リラセチャンも、『路上ッコ暮らし』、すきなんデスねー」とその少女は言って、口にロリポップを咥え、おもむろに両手でワンピースの裾を持ち上げると、パンツを見せてきた。痴女ちじょか。白いパンツの前面にぺっぺさんが描かれている。ネット通販限定だが、受付開始後一分も持たずに瞬殺しゅんさつされた代物だ。(ぺっぺさんとは路上ッコぐらしのキャラで、目の前の通行人に向かってつばきかける。ニット帽をかぶっている)

 十秒ほど、りらせはパンツを見せられ続けた。

 りらせが反応しないので少女はワンピースのスカートを下ろさないし、パンツ見せられどう反応すればいいかわからずりらせは一時停止して、お互いフリーズ。

 ようやくりらせが「あんた勝手に私の下着見たの」というと、彼女は「腕縫合ほうごうしたんデ、代わりにパンツ見せていただきまシた」などという。

 右腕を見ると包帯が巻かれていて、おもむろにほどくとまだ血の赤みの残る生々しい縫合あとが見えた。魚肉ソーセージの端っこのような引きり方をしていた。腕の先を切り落として梅干しを食べさせたら酸っぱくてこんな表情になる。

「ロケットパンチしたよね」とりらせは言った。

「腕縫合するんデ、代わりにロケットパンチして、パンツ見せて貰いました」などと少女は言い直す。こいつヤバいな。他にもついでに私名義で勝手にピザ注文しているかもしれない。

 左手を眼前にかざして見てみるが、こちらは相変わらず中にカプセル状の異物が入ったままだ。「邪気眼じゃきがんうずいてんデスか?」などと聞いてくるが無視する。

「そっちのは外せまセンよ」

「え?」とりらせは聞き返す。

「左手のセンサは取り出し不可なんですねー。かん!」

 りらせは黙って次のを待つ。

「こんどワタシとおぱんつ交換しまセンか?」

「いや、なんでセンサが取れないか教えてよ」

リング指輪型個人認証端末がマイクロニードルで血液情報blood infoを取り出しているのはごゾンですヨね」

「存じ上げませんが……」リングが個人認証端末なのは分かってるけど、仕組みまでは知らない。

「うへぇ。ドシガタイ! しらねー技術よくも信用できまスね。まぁいいですけど」

「これが関係あるの?」と言ってりらせは左手中指のリングを見つめる。

「いまリラセチャンの左手に入ってるノは、リングの更に次世代のやつなんでスね。センサーはむしろおまけ」

「はぁ」そういやこの少女がりらせを呼ぶ時の発音は、父親のそれに似ている。

「その左手の機械キカイは、中からナノマシンさんたちががうじゃうじゃ溶出ようしゅつシて、身体しんたい状況のモニタリング観測してくれる高性能なヤツなんですねー。すばらしーでスねー。いやヨクナイ!!」唐突に淡々とセルフツッコミを行う。頭が残念などという形容では済まない。相当ヤバい奴に助けられたのかもしれない。

「怖いからもう少し普通にお話してくれませんか」とりらせは言う。この少女、危ない薬物キメているのでは。

「?」と、疑問形の表情で少女は口に咥えた飴をガリガリと砕いて、それをゴミ箱にペッと吐いて「つまりー、リラセチャンは、この機械を外すことができないのデす。正確には、外してもイイけど外すとハヤセチャン(右手をグーにする)が、ボンッ(右手をパーに変える)なわけなンですねぇ」

「じゃあどうすりゃいいのよ」

「ホワイ? 私に訊くナゼ?」

「いや、だって、えと」

 流れでいたが、確かに彼女に解決を望む道理はない。

「おおまかにプランはふたつありまス」

 あるのか。じゃあ言ってよ。

「あなたと会話するのって絶対何かの資格いるよね。『日常会話士一級』みたいな」

「はぁ? いりませんが?

 さて、プランえーでスが、

 リラセチャンの左手も千切ちぎって、それを人工循環じゅんかん器に取り付けて信天翁シンテンヲーに載せちゃう案デした 」何かえげつないことをサラッと呑気のんきに言う。

「しんてんおー、って何」

「女子コーセーはモノを知らんので困りマす」などと言って目をつぶり、両のてのひらを上向けにして天秤を作る。「信天翁は赤道周回不停航空路線ですね。金持ちが趣味で作った、赤道上を延々えんえんと周回し続ける飛行機路線デす。全100機の信天翁がソーラーパワーだけで高度9000九千メートル付近を時速100キロメートルで無人巡航し続けマす」

「乗れないじゃん」

「はぁ、専用の合流機を使って信天翁に乗れます。飛行機カラ飛行機に乗り換えるんですねー。イミフメイですネ。金持ちの考えることワカリません」

「で、私の左手をその飛行機に乗せてずっと移動させようと?」

「はぁ、そなんです。けどさっきも言いましたが、ナノマシンでログとられるので、リラセチャンの体から左手外したら多分ばれチゃう。ハヤセチャン、ボン、デすねぇ」

「手首だけを移動させ続けるのじゃダメと?」

「そでいす(そうです)」

「じゃあプランBはなんなの」

「ほう。残りの案は、リラセチャンも、ハヤセチャンみたいにまるごと人工衛星に載せちゃう案と、リラセチャンに自走機構じそうきこうつけて走り続けて貰う案デすねぇ」

「自走機構」

「体改造して下半身に無限軌道むげんきどう(キャタピラ)か車輪つけます。カッコイイ!」

「よくない……」よくねえよ、この女正気かよ。

「核か日光かくらいは選ばせてアゲマスけど?」

「は?」

「動力源、核融合炉にしたら小型化でキますけど、ソーラーだとでっかくなって、ちょっとダサいですねー。ダサダサ。でもまぁソーラーなら丁度今SUV用のヤツ積んであるんですぐにでも改造できまっす」

「核で」でかいのはごめんだ。

「車輪にする? それとも無限軌道?」フィッシュオアビーフみたいに言う。

「車輪でいい。下半身に無限軌道つけたくない。女子だから」

「『履帯』ってめっちゃ女子力高そうナのに」

「イヤ」

「取れた右手の先っちょ無くしたみたいだし、ついでにそこにドリル付けたいんデスが」

「ふざけんああおっ!」舌をんだ。もうやだこの子。

 改造されるのはさすがに嫌で、でもじゃあハヤセを助けるにはどうすればいいのか私にはわからない。さしあたって提示された案も、自分が人工衛星に載せられるか、改造されるかで、どちらもパッとしない。消去法で考えて、私が人工衛星で周回し続けるしかない。それはそれで荒唐こうとう無稽むけいな選択肢。

「というわけで、一旦エンヌリハルのしずくへと行キます。ヤッタネ。憧れのメガフロートでいす」

「小平洋上にあるやつ?」

「そでいす(そうです)。メガフロートとは言ってるケド、あれは海の上をポンポコと移動してますんで、リラセチャンしばらくそこに居ればヨイ」

 エンヌリハルの雫雫役離張とは、一昨年いっさくねん話題になったのでりらせも知っていた。海上に建設された洋上巨大浮体構造物メガフロートだ。直径6キロメートルの円形をした浮島のようなもので、大陸間を一ヶ月かけてゆっくりと往復しているらしい。海上都市を形成するのが目的だそうで、国際的に管理されていると聞いた事もあるが、詳しい事はしらない。

「エンヌリハルの雫には宇宙に行くロケットありますので、それ使えばリラセチャンも宇宙いけますねえ」

「はぁ、なんでもあるんですねぇ」少女の喋り方が微妙にりらせにも移る。

白蝙蝠しろこうもりという双胴型飛行輸送機でぶら下げてもらって、高高度から発射するタイプのロケットです。そこにリラセチャン入りの宇宙機を載せマす」

「え? もう決まってんの?」

「だめですカ?」神妙な顔をして甘えた声を出す。

金属のきしむ音がして、装飾に無頓着むとんちゃくな鋼鉄扉が開かれ、随分やつれた様子のりらせの父親が白衣姿で部屋に入ってきた。

「起きたか。リラセ」

「パパ!」

「おじサム!」親子の感動の再会を無視して、少女は私のパパに飛びつく。待てどういう関係だ一体。

「離れなさい」とパパは言うが、語気は弱く、諦めているような言い方。少女はさも当然といった感じで、ムササビが次の木のみきに飛び移る準備をするようにしがみついたままするすると父親のおんぶポジションに自分を固定する。

「生きてて、よかった」と、父親は言う。感情をわかりやすく表に出すタイプではなく、他人が見たら誰かに言わされているような印象を受けるかもしれないが、そこに愛情があることがりらせにはわかる。しかし、娘と同じ背丈の少女の止まり木みたいな状態では価値半減だ。

「うへぇ、娘の前ではクール気取っちゃうパパですねぇ、おひげそろそろ剃りまショか」などと言いながら、少女はりらせの父親の頬を手のひらでぺちぺちと叩く。ぺちぺち。

 何か言おうとしていたりらせだが、やっぱり何も言わずに父親をとりあえず疑惑の目で見る。さあ我が父よ、何か言い訳をせよ。さらば聞きやらん。

「どっから話そうか」と思案顔で父親は言う。背中の少女を完全に無視。父親はりらせのベッド脇へ来て続ける。

「まず、僕は先週から会社ギデロンの宇宙技術関連の研究施設に出向いていた。皆(家族)には医療関係の会社と言っていたけれど、実際は軍事医療技術関連の仕事だった。こういう事態にならなければ嘘をつき続けていたと思う。その点について済まないと思う」

 そう言いながら、父親はりらせの右腕の産毛に触れるか触れないかで優しく撫でる。強く触れると痛がるかもしれないと思っているのだろう。

 これは確かにカナリアの言っていた事と整合する。

「出向いた先で、僕は拉致らちされ、しばらく監禁された」

「え?」とりらせは言う。

「で、このに助けられた」と言って父親は背中の少女を親指で示す。

「ワタシがカナリアチャンと一緒におじサムを救ったのですねぇ。エライ!」まじか、エライよ。

「で逃げ出したはいいけれど、事すでに進行中で、僕にできる事は非常に少なかった。今朝けさ早くに今回の計画を知ったが、その時には君もハヤセも巻き込まれた後だった」

 父親の僕という一人称や、ときどき娘を二人称で『きみ』と呼ぶような、少し他人行儀な距離を保つ話し方。ああ私のパパだ、という、あるべきものがあるという安堵感。そしてそれは、あるべきものをこれから失うかもしれないという怖れも共に引きずり出してくる。ハヤセ。

「恐らく関連機関にのみ犯人直々の声明が出されたようなのだけど、会社ギデロンの宇宙開発部門の所長の後藤経子が今回のすべての黒幕だ」

「は?」

 よく思い出す。

 その名を聞くのは、今日きょうだった。

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