第12話 「ベロ……ちょ、やめなさい」

■ところ ヘリの中 

■じかん 001日目 12:55 〜 13:02

■たいとる 「ベロ……ちょ、やめなさい」


「ゴー、トゥー、ヘル子……」


りらせは、自分で口に出して呟く。

 それはりらせの通報に応答した婦警の名であり、りらせが右手を失う直前にでもあった。

「会社ぐるみではないが、ゴートゥーヘル、彼女の統括する宇宙開発部門は彼女の手足として使われていた。細かな手管てくだは知らないけど彼女はその立場と本人の技術でもって今回の一連の犯罪を行っていると思われる。警察にも伝えたが今のところ僕と同じで後手に回っている。君の腕を奪うことになった実行犯も捕縛済みだが、ヘル子本人の行方は掴めていな……ベロ……ちょ、やめなさい」少女がりらせの父親の口にポケットから出したロリポップを詰め込もうとしてあしらわれる。緊張感に欠ける。

「なんで、私たち家族がこんな風に狙われなくちゃいけないの」

「んー」りらせから父親は少し目をそらし、一呼吸置く。

「後藤経子は、僕の元同僚であって、院生時代には同じ研究室にいて、それで、んー。元、恋人だった」

「うへえ! 敵、元カノ!」と、少女は一度父親の口に突っ込もうとしていた飴を舐めながらしかめ面で言う。

 りらせも少女の発声に全く同感で、二の句が継げない。うへえ、敵、元カノ。

 パパは少女をおぶったまま目を伏せ少しうつむき、カーキ色とくすんだ緑色だけのこの狭い懺悔ざんげ室で私のゆるしを乞う。とはいえそれは何のゆるしか?

「恨まれてるの? 私たち」

「まぁ、そんな感じなんだと、思う。僕としてはキチンと別れたには別れたはずだけど、恨まれているとしたら、まぁそうなのかもしれないとしか。いろいろあって、僕は君たちのママを愛することにした」

「そんなことで」で、ハヤセの命をゲームのこまにして、私の腕を奪ったのか。

「ママは!?」とりらせは父に問う。こういう時、一番恨まれるのは私の母親ではないか?

「それが、完全に無事だ」

「へ」

「芹那美幌ミホロには絶対に何もしない、とミホロに関して名指しで声明があった」

「あなた方のおばサムに、家族に向けられた仕打ちを見せたいのデしょね。アクシュミここに極まれりでいす」他人の父親に勝手におぶさるのは悪趣味ではないのか?

 少女を無視して私に話をするパパの様子を見ていると、どうやらパパと少女は、言い訳が必要な関係ではなく、仕事するご主人と飼い猫というものではと思えてくる。

 とりあえず、だいたい事の次第はわかった。

 要は逆恨みした後藤経子による私たち家族への壮大な嫌がらせなのだ。

 ただ嘲笑あざわらうためだけに、りらせのスマホをいじって緊急通報に介入までした。ぬか喜びさせるためにわざわざ。きっとあのまま走り続けても警察に助けられることはなかったのだろう。

「で、結局ハヤセをどうやって助けるの? この左手に入ってるセンサは取り出せないの?」

 できる、できない、を留保りゅうほして父親は返答する。

「まず、僕は、リラセ。君とハヤセの、どちらかを選ぶことはできない。

 けれど、ハヤセに生きていてもらうためには、君には移動し続けてもらわないし、

 君を今の状態から解放しようとすると、ハヤセが」

 ハヤセがどうなる、ということは口には出したくないようだった。

「だから、こういう訊き方はしたくないけど、

 こう聞くしかない。

 リラセは、どうしたい」

 そんなもの、決まってるよ。

「私は、ハヤセに生きていてもらう。そのために、私は、進み続ける」

「その心意気ココロイキし!」と、少女は父親の背中で快哉かいさいを叫んだ。

 パパは何も言わず、りらせの右腕に涙をこぼした。

「おじサム、こんな感じでクールに振舞ってますけどー、さっきー、リラセチャンの腕縫合してた時、隣でめっちゃガン泣きしながら左手握り締めてマシたよ」

 今度教えてあげないとな、とりらせは思った。この少女に、空気の読み方を。

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