第13話 「おほお! トルクヘッドにテルシオ!」

■ところ ヘリの中 〜 ヘリの中(雫役離張付近) 

■じかん 001日目 13:02 〜 13:45

■たいとる 「おほお! トルクヘッドにテルシオ!」


 りらせはベッドから足を下ろし、立ち上がろうとするが、力が入らない。

「寝ていなさい、リラセ」と父親が言う。「僕たちには用意がある。君が次の決断をするまで、メガフロートエンヌリハルの雫で時間を稼ごう」

「次の決断?」

「君が、宇宙船に乗り込み人工衛星とともに地球を周回するか、身体改造を経て車輪付き人間になって、地上を徘徊はいかいし続けるか、だよ」

「え!? マジでそれしかないのパパ!?」

「マジでそれしかないんだ」

 それしかないのか。

 唾を飲み込んで、りらせは言う。

「人工衛星に乗り込む」

 ソーラー式や原子力式の、タンク少女やトラック女子高生にはなりたくない。

 足に履帯が付いたアイドルや婦警はいないし、一般的に女子高生の下半身を稼働させる動力源が重水素じゅうすいそや光電池であることは少ない。

「『履帯をはいたJK』、絵本にできそナのにね」と、少女は心底がっかりしたように言う。


 無骨ぶこつな壁に仮想窓ウィンドウが現れ、ヘリの外の様子が映る。

 画面を横一本、水平線が横切り、混じる事のないあおこんの永遠の断絶を見せる。メガフロート『エンヌリハルの雫』。それは紺色の海面上にあって、みどりと灰色のアーキテクチャの混じった小さな町をせている。嫌が応にも空と海とに対比されたそれはまるで精細なミニチュアを思わせ、一つ一つのこまやかな建造物や盛り上がった丘に生える木々などはピンセットでつまんで置いたように見える。徐々に近づいていく。それらはやはり、営々えいえいと人類が積み上げてきた英知の産物に違いなく、地球の表面に浮き出た不吉な病気のうみだった。あれを常世とこよの国として見る者もいるだろう。しかし少なくともりらせの目には、人に造られた、でかくて動く島なんてものが理想郷にはとても映らなかった。メガフロートの手前側に見える飛行場に、りらせ達の乗るヘリは近づいていく。ヘリなのだからどこへでも降りられそうなものだが、航空機がメガフロートにて発着するにはこの飛行場を使うしかないらしい。


「あそこに降りるの?」とりらせは父親に尋ねる。

「そうだ」

「私が止まったらハヤセが死んじゃうってのは、まだ有効なんだよね」

「残念ながら、そうだ。だからこそ移動し続けるために人工衛星に乗り込んでもらわないといけない」

「あそこに降りたら止まっちゃうことにならない?」メガフロートが移動をしているのは知っているが、それでも不安になってくる。仮想窓から見えるメガフロートは、動いているようには全く見えないのだ。

「大丈夫だよ。ちゃんと時速10キロメートル以上は常に出ている。下手に逆走でもしない限りは爆弾起動の閾値には達さない。ロケットもきちんと向きを考えて飛ばすし、センサから発している信号の中継もされる」

 りらせは特に返事もせずそのまま仮想窓を見続ける。飛行場にかなり近づき、管制塔かんせいとうも随分と大きく見えてきた。

「あそこに止まっているのが白蝙蝠しろこうもりデスね」と、少女は言う。ターミナルに集まる小型機たちは、花のみつを吸う小さな鳥を思わせる。その中にあって大きく手を広げる子持ちの白い双胴機はひときわ目立つ。こんな短い滑走路でちゃんと飛び立てるのだろうか。


 そのとき、室内にアラーム音が響き、ドア横の表示板の警告灯がともる。

「ちょっと失礼する」とりらせの父は言うと、背負いたくもないままずっと背負っていた少女をなんとか下ろして、部屋から出て行った。

 少女は「なんデしょね」と呑気に呟く。

 しかし、何かしらの危機は、このヘリだけに及んでいるわけではないことがすぐに知れた。

 目前に迫ったメガフロートの方からも、ヘリのローター音に押されつつサイレンがかすかに聞こえる。管制塔の脇の地面が舞台の奈落のようにぱかりと開くと、中から素人目にもそれと分かる迎撃システムがせり出してきた。おもちゃのような砲塔が幾つか顔を出す。

「おほお! トルクヘッド地対空迎撃ミサイルテルシオ最終近接防御用自動ガトリング! フィグネッサソの盾のマジモン初めてミタ!」

 などと少女は今日初めてのハイテンションでわめくと、それを肉眼で見るためか部屋から出て行ってしまった。


 二度、大きな音がして、管制塔と白蝙蝠が炎上するのをりらせは見た。


 一度めの大きな音。

 低軌道上のほしふりの第二チェインバ薬室から、落下鞘Mr.Beanが射出された。表向きは大気圏突入実証実験機とされていたものだ。鞘の後部から生えたフィンがささやかに動くと、落下軌道は大きく修正される。フィードバックが繰り返され、その落体兵器は管制塔へ体をうずめる確度かくどを増していく。空力加熱くうりきかねつによる熱が鞘表面に塗布とふされた特殊剥離片はくりへんを散らし、フィグネッサソの盾連携錯綜兵器管制システムに連携された精密レーダー群を欺瞞ぎまんする。欺瞞に気づいたトルクヘッドは早々に沈黙を決め込む。光学捕捉ほそくがご自慢のテルシオはひらひら散らされた疑似餌ぎじえに食いつき明後日あさっての方向に死にだまを散らす。20mmタングステン弾。1発で卵かけごはんを300三百ぱい食える弾を、秒間72七十二発。卵かけごはん18十八年分。弾倉を空にするまでち続けたら21二十一秒。そして弾倉だんそうは空になり、378三百七十八年分の卵かけごはんが虚空こくうへと消えた。稼働したテルシオは機あったのでしめ1500千五百年分。テルシオがチンタラと再装填そうてんをするあいだ、鞘は苦もなく管制塔へ刺さり運動エネルギーを暴力的に叩き込むと爆発すらなく空港機能を再起不能にさせた。


 耳に届いた二度目の大きな音。

 第四チェインバから射出された落下鞘の仕業だった。トルクヘッドもテルシオも自身の仕事は諦めたようだ。大型の輸送双胴機、白蝙蝠は仲良く繋いだ翼の下にかくまうようにして宇宙ロケットを連れている。輸送機というが、そのロケットを宇宙へ送り出すために設計されたものだ。翼幅よくふくは飛行機の中でも最大級のものになる。それが今や燃える鉄屑てつくずに成り下がった。卵かけごはん25000二万五千年分。人が石版に文字を記し始めた頃から今までずっと卵かけごはんを食べ続けても、まだおかわりができる。

 

 上記は、すぐに部屋に戻ってきた少女がりらせに興奮気味に解説してくれたことだ。

 これは一つの結論を提示ていじしていた。

 りらせが宇宙へ行く手段が断たれたということ、

 すなわち、りらせは、身体改造を受け入れるしかなくなったということを示す。

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