第14話 「病める時も、健やかなる時も、死が二人を別つマデ」

■ところ ヘリの中(雫役離張付近) 〜 ジーファー甲板 

■じかん 001日目 13:45 〜 15:18

■たいとる 「病める時も、健やかなる時も、死が二人を別つマデ」


 りらせは改めて、決断を迫られていた。

 ハヤセを救う事、そのために自分がどうなっても構わない。その決意は変わらないはずだが、でもやはり改めて尋ねられると、本当にそれでいいのかと不安もある。


 ようやくおとずれたほんの小さな休息。

 今日という日はあまりに他人に介入されすぎて、情報を詰められすぎて。「時間あたり250二百五十ミリの情報量ですねぇ、平年の九月の全情報量の倍にあたります」などと脳内天気キャスターが言う。

 りらせはここまでの経緯を、父や少女から聞いた事柄で補強しつつ自分の言葉で整理する。


 まず始まりはパパとママとゴートゥーヘル。経子に恨みを買ったパパとママ。

 経子は私たち家族へ向けた遠大な嫌がらせ計画を立て、実行する。

 決行日であった今日早朝、ハヤセは経子の仲間に拉致され体に爆弾を埋め込まれ、私は両手にセンサと爆弾を埋め込まれ、鞄にナイフを入れられ、スマホとウォッチにも細工された。

 私が目を覚ます前にハヤセは人工(軍事)衛星『ほしふり』内に格納された実験機に載せられ、ロケットで宇宙に飛ばされた。

 朝起きて学校に向かう私の移動速度が時速キロを超えた時点で爆弾に連動したシステムが起動。

 (それを教えてくれたのはカナリアという男。所属する組織も本名も不明だが、カナリアはどうやら味方。)

 私の最初の停止で近所のガバガ・マートが爆発し、二度目はりらせの右手、三度目はハヤセが爆発する仕組みだった。

 (話の流れでカナリアは「ツーアウト制」と言っていたが、可哀想なガバガ・マートを含めばスリーアウト制だった) 

 ハヤセの爆弾が爆発しない条件は、私が移動し続ける事だが、それは「ハヤセを助ける条件」ではない。

 途中で警察へ緊急通報するも、その時の通信はジャックされており、主犯である後藤経子へと繋がった。希望の糸を垂らすという目的のみで行われる、もったいぶった嫌がらせ。

 その後、クソ四つ子による嫌がらせ。警官に追いかけられ、四つ子に捕まり、右手爆砕ばくさい。泣きっ面に蜂。

 パパからのコール。誘導に乗って72七十二号線へ。その時点で経子は一部へ犯行声明を出し、牙無伏ぎばなふ市への攻撃を警告。非常時狭域基盤管制システム狭域アラートにより、エリア内の電気ガス水道といった生活インフラと、車、電車、信号などの交通インフラが自動で緊急時制御へ移行。

 私はガラ空きの国道を走るが、途中で意識を失いかける。そこにパパと少女の乗ったヘリがギリで到着。私を綱糸こうしアクチュエータで捕縛ほばくし、同素材のマニュピレータで私の顔面を殴って気絶させた。

 泣きっ面に蜂っ面にグーパン。未だに落ちぬグーパン。

 目を覚ますとヘリで、パパに再会、少女と初対面。

 そういやまだ彼女の名前知らない。

 私に与えられている選択肢が、走り続けるために身体改造するか、人工衛星に乗り込むかの二択と知る。ホントにこの二択しかないのか? 甚だ疑問。

 ひとまずエンヌリハルの雫メガフロートへと向かう。そこはゆっくりながら、動き続けているのでひとまずここに落ち着きたかった。そこには私が宇宙へ行くための飛行機(と、ロケットと宇宙機)もあった。

 けれど、ヘル子はハヤセの入っているほしふりを動かし、メガフロートへの攻撃を行う。

 私が乗り込むはずのロケットは無残に破壊。私が軌道上で地球を周回する作戦は廃案はいあんへ追い込まれる。

 人工衛星に載せられたハヤセだが、精神状態はともかく、肉体的・物理的には一ヶ月以上そこで暮らせる準備はあるらしい。ハヤセを直接助けることができればいいのだが、ほしふりには当初提出された青写真になかった自衛武装を備えており、容易には近寄れない。ほしふりの制御を握っているのは経子。ほしふりの攻撃に耐え、ほしふりの制御を物理的に奪えるような道具、設備は現状では存在せず、準備できるにしても最低六カ月は見込まないといけない。かといって、ヘル子の所在も未だつかめていない。つまり、しばらくハヤセには手出しできず、私が移動し続けるしかない。

 私は下半身トラック人間になる事を決めた。

 結局メガフロートへは降り立たずに、私は身体改造をうけるべく、国防軍こくぼうぐん保有のカンザシ級強襲きょうしゅう揚陸艦ようりくかん「ジーファー」に乗り込んだ。←New!

 ジーファーには高度な医療設備が整っており、病院船の役もになっているらしい。


 降り立つことのなかったメガフロートから去って一時間後、ヘリはカンザシ級強襲揚陸艦ジーファーにいた。

 全長260二百六十メートルに及ぶジーファーの威容いようを目にしたとき、先のメガフロートの時のように目の前で空から何か降ってきて撃沈させられないかと、りらせの中で不安がもたげたが、幸い無事であった。

 ヘリはジーファーの飛行甲板に降り立ち、乗組員による艦内の案内もそこそこに、りらせは父親と少女と共にすぐに処置室前まで連れて行かれた。

「本当に構わないんだな、リラセ」と、りらせの父は何度目かの意思確認をする。

「うん」と、りらせも何度目かの肯定。

「執刀医は私でいす」と少女が言う。

「え? え、マジ?」

「それがマジなんだ」と父親。

「今からリラセチャンに行う侵襲しんしゅう型機能拡張医療は、ギデロンで開発されたものデす。ですね、おじサム」と、小首を傾げて少女はりらせの父親にきく。

「ああ」

「おじサムの所属するグループにヨる研究成果であるマントラック人間−トラック間インタフェース相互接続技術です。人間とトラックを生きたまま接続するテクテクノロノロジジイなんですねー。ナント、特許まで取っちゃってます」

「それって、私、人体実験の材料って事じゃないの」パパは研究のために娘の体を差し出すのかと思い、力が抜けそうになるが、半ばどうとでもなれともいう感じなので、もはや怒りも沸かない。

 ん? いやちょっと待て、人間とトラックを接続する技術ってどういう意味だ。

 超今更だけど、なんだよそれ。

「リラセチャン! 心配には及びまセン。これはの技術でいす!」

一昨年おととし、後藤経子はようとして足取りを絶ち、今回の事件までずっと行方不明だった」と、パパが継ぐ。「で、先程ようやく経子の居場所が分かった」人差し指で天井を指す。「宇宙だ」

「みんな宇宙好き過ぎでしょ」と、りらせ。

「経子は一昨年打ち上げられた人工衛星になっていることが分かった」

「は?」

「マントラックインタフェース技術を転用して、宇宙機に自身を繋げたらしい。身体部位のほぼ全てから思考機能の一部までを機械にゆずり、動力は現在全てをソーラーエネルギーでまかなっている。今回の一連の計画は衛星軌道上から糸を引いていたようなものだ」

「つまり、ヘル子チャン自身が立派にマントラックインタフェースの貴重なサンプル、生き証人なワケでスねぇ」

経子ヘルコが衛星と接続して宇宙へ行く計画。それ自体は経子自身が起案した、会社としてのプロジェクトだった。主要な関係者以外は経子がどうなったかは知らされていなかった。僕も知らなかった。今回の事件は、経子が一部の部下を操って行ったもので、経子と宇宙機の接続実験とは関係がない。彼女は仮に地上にいても同じように事件を起こしただろう」

「ま、トニカク、リラセチャンは安心して私に体を預けるとヨイ」

「パパはやってくれないの?」そもそも父親が医療技術や資格を持っているのかすら知らないが、尋ねてみる。

「僕は……、リラセ、君の、大事な、体を……体に、何か……」と、途中まで言うと、口をの字に曲げたままつぐんでしまった。言うべきタイミングで、言うべき事を、言うべき相手に、言わない。そういうもどかしい父親。だがそれも含めてりらせは、ああ、そうだこれが私のパパなのだ、と妙な安心を覚える。伝えられないんだ、という事が伝わる。

「大丈夫だよ」と、りらせは左手で父親の手を握る。逆だけど、これでいい。私とパパはこれで構わない。

 少女がごそごそとボード医療機関向け板状携帯端末を取り出し、手術に関する契約文面を開く。パパが簡単な説明をする。パパは私の手を握り返す。

「僕は君の手術について、既に同意済みだ。あとは、リラセ、君の意思による同意が必要になる」

「別に構わないわよ」何度となくいいよと言ってきたのだ、今更だ。

「でも契約書というのはちゃんと読まなきゃデスからねー」

 54五十四の契約書・同意書は、延べ825八百二十五ページ22二十二万文節、100万文字に及ぶ。スクロールし続けるだけで指紋がなくなりそうだ。

「ハァ、ではリラセチャン、よく読んでサインお願いしマすね」

「読めっての? これ?」

「契約書ってそゆもんです」

「読むだけで一ヶ月かかるわよ」

「しゃーねですね。まぁ平時ではアリマセンから。私が分かりやすく読んであげましょ」

「お願い」

なんじ芹那せりなりらせは、今回の手術及び、その後の人生を、わたくしたくし、病める時も、すこやかなる時も、死が二人をわかつマデ、共に歩む事を誓いマスか?」

「そういう内容なの?」

「そでいす(そうです)」

「はぁ、誓いますよ。誓う誓う。めっちゃ誓うからとっととトラックにしちゃって」半ばヤケクソ、半ば心からの誓いだった。これで、ハヤセが生きられるのなら。

「でわわここにサインを」

 ボードの署名欄に左手のリングをかざす。署名欄とリングが呼応して、リングのふちがぼうっと発光し、赤色から緑色に変わる。署名欄にりらせの名が入る。そういやこの子の名前、今初めて聞いたな。

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