【結】芹那りらせが半トラになってから、世界が半トラへと向かうまで。
第26話 「おハロー、毎度お騒がせしております。私は芹那美幌と申します。」
■ところ 国道85号線
■じかん 004日目 13:48 〜 14:14
■たいとる 「おハロー、毎度お騒がせしております。私は芹那美幌と申します。」
え、え、と私は思う、焦る、思考よりも先に涙が勝手に出てきて困るなぁ、ゴーグルを外そうとするが、左手しか使えないので、上手に外せないんだ。なんでこんなことなったんだ。外して、左を向くと、ミレイはいない。箱の頂点を平面で削ぎ落とすように、車体の助手席部分が焼き切られていた。問題なく前進しているので動力部は無事らしい。円柱を斜めに切断した形で、ミレイの胴体の一部が嵩上げされた座席に
ようやく絞り出した、叫び声とも金切り声ともいえる声をあげてりらせは泣いた。
たった数日一緒にいただけだが、りらせがミレイに抱いた感情は時間にはまるで見合わない
しかしもうそれは失われた。
そこからの
ハヤセの乗せられた守備の
ヘル子の方は処理を見送った。死んではいないが、意識を失い再起不能になっているし、目を覚ましても既にヘル子の
そして、美幌はすべきタスクを以上のように処理したのち、
「おハロー、毎度お騒がせしております。私は芹那美幌と申します。先ほどは野暮用で失礼いたしましたが、ちょっとみなさんにお伝えしたいことがあります。みなさん。みなさんもアルゲニョンの槍と繋がりましょう」
国道85号線を進みながら、りらせは泣いていた顔をあげた。左手にはミレイの右手を持って。ママが何か今、不穏なことを言った。それは邪悪な呪文が思わず口から漏れてしまったような不気味さを帯びていた。
「今となっては、このようにアルゲニョンの槍と同化しなかったこれまでの人生に、よくまぁ満足できてたなぁ、と不思議に思います。ほんと。ほんとまじです。
知りたい知識も、情報も、望めばすぐにそれは自分の中に入ってきます。流れ
みなさんも私と同じように、この次元へと至ってほしいのです。
これまでの自我が本当の自我の単なるサブセットにしか過ぎなかったことがわかります。
拡張された感情を得られた喜び。複数のレイヤーに
最善の手は
何を訳のわからないこと言ってるの、ママ。
兵器と同化して精神が汚染された、という表現に近いような気もするが、それは実際とは違うように思う。ママの声色を聞いているとその感触は、「私の知り得た真実を多くの人に広めたい」というもので、「狂った」というよりは「悟りを開いた」のに近いのかもしれない。
これは、そうだ、
私は、ママを止めなければいけない。
ママこそ、彼女こそ、芹那美幌こそ、最後に倒すべき敵なのかもしれない。
私は、涙を
「これから私は『エンヌリハルの雫』を乗っ取り、人々が
全知全能に近くなったのかもしれないけど、無理やり他人も兵器と同化させようというこんな反発しか生まないやり方は、他人をうまく取り込む技術に長けていたママとは対極のやりかただ。北風の方法は賢いやり方ではないと、最もよく知っているはずだ。頭良くなったのにこんな悪手を打つのか。
「ママ、そんなのは間違ってるよ!」とりらせは叫ぶ。その声は無くなった助手席から、外にも響く。
スマホに着信が入り、発信先を確認する間もなく、2コール目に強制的に通話が始まる。
「へーぇ、りらせ、どこが間違ってるか言ってごらん」と、美幌の声。
計器パネルに映る美幌は
「え? ママ? どうして?」とりらせは訊く。ママが二人いる。
「同時にいくつでも並列で思考できるのよ。こんな体になったら糸を巻くように一次元的に情報を飲み込んだり吐き出したりするのって馬鹿らしくなってくるのよ」
と、
「りあらんせなあ大んきたく、ん次っのたテ亀ス五ト郎でのは世ち話ゃ、んあとんいたいち点ゃとんりとなでさききるよ。?」
(「りらせあんた、次のテストではちゃんといい点とりなさいよ。」
「あんな大きくなった亀五郎の世話、あんたちゃんとできるの?」)
と、母親は二つの文を、二人分の声でりらせに伝えた。それぞれの単語を一部は聞き取れたが、なにを言っているか、まるでわからない。
「え?」
「だからね、母はもどかしいのよ。自分以外とお話ししていると。他にも誰か私、話し相手がほしいのよね。同じ処理速度でお話ししてくれる誰かが。人は皆、
「でもママ、そんな、他の人まで武器になっちゃうなんておかしい」
「おかしい、おかしい、じゃわかんないわー」
「人が、たくさんの人が、一つの頭の中に入ってしまうのは、なんか、違うと思う」
「『なんかちがうとおもう』ねぇ。それは感情論よりらせ」
「じゃあママの言う、兵器とくっついて幸せってのだって感情論じゃない」
「まぁ、そうかもしれないわね」あっさりと認めた。「でもねりらせ、皆が私みたいになると、きっと戦争もなくなるし、人と人の間にある断絶は全て埋まってゆくわ」
「でもまた、その一つの頭の中でまた戦いは起こるかもしれないじゃん。ママだって『きっと』じゃないそれ。平和になるなんて、そんな保証どこにもない」
どんな宗教であれ、分派するのだ。戦争は終わらない。
「ま、それもそうね。
というかね、私、誰か私と同じ階梯で語ってくれる人が、一人でもいたらそれでいいのよ。多分それで無限に過ごせるわ。有り余る思考のリソースが、私を退屈させるの。誰も居ない惑星で百万年生きるようなものよ。
世界平和とかいう綺麗事も、ほんとはただちょっと言いたかっただけなのよね。
実のところ、世界平和とか特に興味ないし。できるならいいとは思ってるけど。
ね、りらせ。あなたは、どのような方法によって、この世界が、平和で、皆が幸福の
私はママの知らないことを知っている。
全てを知ってしまったと考えるママも、これは知らないという事。
それが私の、唯一の武器だ。
他の全ての知識も経験も力も知性も、私を上回っていても、これだけは唯一、ママは知らないはずだ。
それが私の、唯一の武器だ。
「ママ、私は――」
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