第6話 「カナリアだ」

■ところ 四つ目の信号 〜 五つ目の信号 

■じかん 001日目 08:28 〜 08:30

■たいとる 「カナリアだ」


 四つ目の横断歩道を無事過ぎる。あと二、三分で学校へ着く。りらせはさっきいた疑念を口にする。

「ねえ」

「なんだ、切るか?」

「違う、あなたに聞きたいことがあるの」

「答えるかは知らんぞ」

「ハヤセを連れて行ったのは、あなたなの?」

「それを知った所で解決はしない。カロリーが無駄だろ。さっきも言ったが考えるだけ無駄なことは考えるな」

「ちゃんと答えて」りらせは語気を強めていう。

「俺じゃない」

「ハヤセに本当に爆弾を仕掛けたの?」

「仕掛けられている」

 やっぱりそうだ。少し逸らした返事を返してくる。

「あなたが、仕掛けたのか、よ」

「俺は仕掛けていない。でも仕掛けられているのは本当だし、実はしかけてませんって言ったらお前は止まるのか?」

 りらせは黙る。実は右手首に違和感があることもさっきから気付いている。本当に爆弾かは知らないが、寝ている間に何かを手首にめ込まれているのは事実だし、嘘だとは思っていない。左手にはセンサー、右手には爆弾。この調子だと両足にも何が埋められているかわかったもんじゃない。ガバガ・マート爆破も関連してると考えると、止まるという選択肢なんて無いのは明らかだ。

「あなた、私の味方なの? 敵なの?」

 りらせは当初、男を敵だと勝手に思っていたが、核心に触れそうなものはさっきから全てはぐらかされている。考えるだけ無駄と言われても、いつまでもこんなモヤモヤしたままなのは困る。

 ギリギリ時速キロメートルくらいを保つのに慣れたりらせの呼吸が、二人の沈黙に重なる。男は一通りのあんを終え、遠回りなやりとりをこれ以上する方が不毛と踏んだのか、りらせの質問に折れて答える。

「味方だ」

「そっか」

 意外にも、嬉しい、とはならなかった。味方だとして、じゃあこのままどうすればいい、という事にはならない。確かに相手の言っていた通り、これが好転するためのきっかけとなるわけでもない。りらせがすることは、無事に学校へ行き警察と合流し助けてもらうことだけだ。

「俺が味方だと分かったら、油断が起きるかもしれない。油断は驕りだ。驕りは人を破滅させる。それが不安だった。会ったこともない人間に『俺は味方だ走れ』と言っても普通は聞かないだろうし、敵と思われたならそれはそれでよかったんだ」

「名前は?」

「え?」

「あなたの、な、ま、え」

「カナリアだ」

「カナリア? かわいい名前ね」

愛称コードネームだよ、所属と本名は勘弁してくれ」

「ねぇ、カナリア。ハヤセを助ける見込みはあるの?」

「あるかないかで言うと、ある。ただしその必要条件はお前が移動し続けるって事で、それに変わりはない」

 五つ目の信号が見えてきた。あそこの交差点を過ぎれば、あと少しで東高だ。東高制服が三人それぞれ個別に走って高校へ向かうのが見えるが、見知った顔はなさそうだ。ウォッチを見ると、28二十八分だった。

「お前の家に忍び込んでお前のウォッチとスマホをクラックし、腕にセンサと爆弾を仕込み、弟さんをさらった実行犯だが、俺が既に捕まえている」とカナリアが言う。

「はぁ?」とりらせは言う。犯人捕まえてるのか。カナリアのめくるカードは一枚一枚が強すぎる。こっちには切り札はおろか手札すら無いというのに。

「お前に与えた情報の多くはそいつから聞きだしている」

「そういうことは、もっと早」

「早く言ってもどうしようもないだろ」と、カナリアは被せながらさえぎる。

「ん、まぁ」

 五つ目の信号機のある交差点に差し掛かる。赤だ。

「俺が捕まえたおっさん以外にも共犯者が複数人いる」

「そりゃ、ロケットの中に、ハヤセ突っ込むなんて、組織的にじゃないと、無理でしょうね」

 一瞬、おっさんが自分の部屋に侵入している想像をする。知らないおっさんが私の部屋に侵入し、私の体を切開しわけのわからんものを挿入し、挙句に弟まで連れ去ったの嫌すぎる。せめて、せめて、イケオジイケてるオジさんであってほしい。

「主犯格も見当はついている」

 え? と、りらせは思う。

 しかしまずはこの赤信号を通過せねば。右からも左からも、車が来ている。いったん無理に渡るのをやめて、歩道沿いに曲がってしまうか、と思うが、そこで咄嗟の判断はできなかった。私が車にでもねられたら、その時点で全て終わりだ、と、頭で分かってはいたが、足はそのまま勝手に次の一歩を踏み出していく。

 赤信号に飛び出すりらせ。右から来た白いセダンは急ブレーキを踏む。タイヤが悲鳴をあげる。左から近づくトラックの運転手と一瞬目が合う。見開かれた目。ごめんなさいごめんなさい、とりらせは口に出して言う。トラックはハンドルを一度右に切り、大きく揺れるが、運転手の腕が良かったのか、再び元の進路に戻れた。りらせのポニーテールの先はトラックのバックミラーに当たっていた。バカヤロー、とは誰も言ってなかったが、りらせの耳にはバカヤロー、という幻聴げんちょうが残った。

 その時背後から声が聞こえた。

 ああ、また声だ。声、声、声、声。今日りらせに掛けられる声にはろくなものがない。あの時の婦警の声だけが天から降る光のように残響ざんきょうする。「かならずあなたを助けます」そう言っていた。

「コラ! そこの女子高生、止まりなさい!」

 警察官の声だった。

 ついでに東高の方からショートホームルーム開始の鐘も聞こえた。そうですか、13十三分に出発しても間に合わなかったんですね。次からはもっと早く起きます。

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