第7話 「あいつが犯人だよー!」

■ところ 五つ目の信号 〜 学校前 

■じかん 001日目 08:30 〜 08:32

■たいとる 「あいつが犯人だよー!」


 「待てと言われて待つバカはいねーよ」、というのは至言だ。止まれと言われて止まる女子高生なんていねーよ! とりらせは思いかけたが、じゃない、じゃない。助けに来たんだよね。むしろありがとうだよね。

 「信号無視したそこのポニーテールの女子高生! 今すぐ止まりなさい!」

 さっき緊急通報で婦警さんに警察官を向かわせてもらっていたけど、でもコレなんか様子違くない? とりらせは思う。止まれって何よ約束が違う!

 だって?

 こちとら、んだよ!

 んじゃなくて、みたいな法則で生きてんのか!

 そんな奴ら、口からうんち食って肛門からご飯ひりだせ! だ!

 「君は父親が製薬会社に勤めていると聞いていると思うが、実際は民間航空機会社ギデロンの軍事関連子会社で医療研究に従事している」こっちの状況を知ってか不知しらずか、カナリアは続ける。父親の話をしているようだが、意識はそちらには向かない。

「あいつが犯人だよー!」という、聞き覚えのある大きな声。

 りらせは思わず後ろを振り返る。

 自転車で追いかけてくる制服の警察官。齢は四十を過ぎたくらいで眼光は鋭く、両頬りょうほおに刃物による疵痕きずあとエックスの字形に付いている。刀傷も両頬についていると少しダサい。サムライかよ。そして、その背中から悪魔の四ツ子、パンツ大好きダイスキ大輔ダイスケが顔を出している。頬は血に染まっている。警官のぐ自転車の後輪の上に据えられた箱に乗っている大輔。警官が二人乗りしている、そっちはいいのか? ダメだろ! そして、その警官と大輔の乗る自転車に併走へいそうする赤いママチャリには烈児、真希輝、百海が器用に三人乗っている。烈児がパンパンの太腿ふとももを振ってペダルを踏み込む。おいおいおい、私を追いかけるより、そっちの三人乗り自転車、というかこの禍々まがまがしい四霊獣よんれいじゅう共を捕まえる方が信号無視した私を捕まえるより先だろ!

「早く止まらんか!」とサムライXXダブルエックス警官がわめく。

「そいつがこれで僕にきりつけてきたんだよー!」と大声を出す大輔。その右手には、りらせが鞄から捨てたはずの大きなナイフが握られており、その刃には血痕けっこんが付いている。なんでアンタが持ってんの?

「『ギデロン』の宇宙開発部門が宇宙省所管の国立研究開発法人、航空宇宙機構NAXASに技術供与を行っていて、今回の麒麟きりん6号機のメインエンジンと衛星のほしふりに深く関わっていた」と耳の中でカナリアの声。

 学校は目前で、チャイムを聞いて諦めた生徒が歩きながら、警察に追われるりらせを見つめている。警官は今りらせを追っている人以外には見当たらない。さっきの婦警が手配してくれたはずの警官はいないのだろうか。それともまさか、今追っているのがそれだったりするのだろうか。「止まったら爆発することがちゃんと伝達されていませんでした」、と謝罪会見をする警察幹部を一瞬想像する。ありうる。

 りらせは、少し迷っていた。一時間ごとに500五百メートル以上移動していないといけないのであれば、しばらくは学校のグラウンドをぐるぐる周回まわって時間を稼いでもいいよな、と考えていた。以前見た映画でもバスが飛行場内を周回していた。思いつきで走り回るよりは状況をある程度制御下に置ける強みがある。ヘビゲームのようにトラブルが後から後からついてくる今みたいな状況を減らせるはずだった。しかし、迷ったが、このまま校門前を通り過ぎて走り続けることにした。学校に入ると今追われている奴らに捕まってしまうからだ。

 けれどその判断も結果的には意味がなかった。

 左手を何者かが掴む。

「捕まえたぜ、りらせ」と、アスファルトとの熱烈なキスで幾つかの歯を失ってなお笑顔の直毛イケメン見習い真希輝がにやけた声で言う。既に自転車からは下りて、走りながら捕まえてきたのだった。

「えっ」と、りらせはバランスをくずし、地面に倒れこむ。真希輝は手を放す。


「お前の家族の事情との関連を考えると、つまり−−」とカナリアの声。


 警官はブレーキをかけ、背後の大輔とともに自転車から降りる。

 頬に刃物の傷を負った大輔が、ナイフを持ってない方の手の人差し指で、りらせをさす。「絶対この人なんだよねー。ぼくを切ったの」

 「ちょっと話を聞かせてくれるかな」と、りらせを引き起こそうと手を差し伸べる、サムライ警官。

 「やめ──」と、拒否するためにりらせは右手を眼前にかざす。


 「──、ゴー、トゥ、ヘル(地獄へ、堕ちろ)──」と、カナリアは告げる。


 りらせが子供の頃、水風船を壁にぶつけて割ったときにも、ちょうどこんな音がしたな。

 ああ、きっと最先端の技術なんだろうな。右手首の内側で器用に数珠じゅずのように配置された炸薬さくやくは内側に向けて炸裂さくれつし、カメラのシャッターのように上手に爆発エネルギーを平面に絞り込み、爆破というよりもほぼ切断に近い形でりらせの手首から先だけを警官に差し出させた。こんな所に最先端の技術使わなくてもいいよね。

 警官も、さすがのクソフォーエバー四兄弟も、りらせも、そして通り過ぎようとしていた高校生も、同様にりらせの右腕を見ていた。

 警官の腕に血しぶきがかかり、りらせの手首から先は地面に落ちる。力の入らない自然状態の指の開き方は美術の時間にデッサンで見たときのものと似ているように思え、ぐちゃぐちゃの赤い切断面からは骨が覗く。

 「あああ」とも「ぎゃあああ」とも「いやああ」とも聞こえる叫び声を、りらせは上げる。

 自分の耳すらつんざくような。

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