第24話 「『ガバガ・マートめっちゃ光ってるけどなんで?』」

■ところ 国道85号線(鼬狐狸市内)

■じかん 004日目 12:58 〜 13:12

■たいとる 「『ガバガ・マートめっちゃ光ってるけどなんで?』」


 現在コンビニ業界で国内最多店舗数を誇る『ガバガ・マート』はたった15十五年でコンビニ業界の勢力図を一変させた。POSシステムによる在庫管理、それらのビッグデータを基にしたAIによる販売予測、自律運転トラックによる効率的な流通、徹底されたマニュアルといった、従来型コンビニのシステムはそのまま継承した極めて真っ当な販売形態・経営形態であった。しかし、競合他社と一つ異なっていた点、それは強烈すぎるほど強烈な個性だった。普遍性、均一性、統一性、というものから対極の地平にある突出した存在感。親会社であるガバガHDの子会社であるハンバーガーチェーン、『ガバガ・バーガー』からガバガ系列企業の歴史は始まるが、そのガバガ・バーガーが当初から強烈な個性で輝き続け、道を拓いていった先に現在のガバガ・マートもある。ハンバーガーのメニューひとつひとつに、そのテーマソングがある事を挙げれば、ガバガ・バーガーの異常性の一端が読み取れるだろう。ハンバーガーの包装に歌詞が経文のように印刷されており(古印体で)、そこにあるスクウェアコードをスマホで読み取ると、社長が歌うバーガーソングが流れる。さらに、歌があるわけだから当然のようにバーガーごとのキャラクター(バーガー・サポーターズと呼ぶ)も存在している。一年に一度無人島を借り切って、バーガー・サポーターズたちがバトルロイヤル方式でサバイバルバトルを行い、勝利した上位キャラクターが担当するメニューだけが翌年も販売が継続されるという、『ガバガのふるい』という儀式が行われる。アクロバティックな技を繰り出すヒーロー風キャラ、凹むゆるキャラの顔、リアルすぎる造形のゾンビキャラ、開発したハンバーガーに思い入れのあるあまり、ゆるキャラの中にガチ格闘家を仕込む陣営、あらかじめヒール設定のキャラにして当然のように凶器を闘いに持ち込む陣営などが入り乱れ、実況も非常に盛り上がる。味は極めて不味いながらも、ガバガの篩によって六年もの永きにわたりレギュラー販売ハンバーガーの座を確保し続けたノアバーガーは伝説になり、「ノアバーガーだけはガチ」というネットスラングも現れるほどであった。経営者が完全に理性を失っているとしか思えない企業である。そして、ガバガ・マートは経営理念にそのガバガ・バーガー社の血を色濃く継いでいた。社是は「鳴くぜ、ホトトギス!」である。底抜けポジティブ社是だ。店舗ごとに歌があるのは勿論だったし、数店舗が合同で人員を出し合ってアイドルグループを結成させたり、プライベートブランドはエログロナンセンスを常にコンセプトとしていたり(駄菓子の『世界名拷問劇場シリーズ』や、栄養ドリンクの『臓物これくしょんシリーズ』等)、という風に尖りすぎた個性は確実にガバガ・バーガーの遺伝子を受け継いでいる。しかし、わる目立ちする店舗経営の仕方や商品とは裏腹に、企業そのものに対するイメージは良く、非常に好意的に受け入れられていた。従業員に対する手当は厚く、多様性のある就業形態、適材適所を体現する人事は、広く業界内の知るところで、成長企業として経済番組で幾度も取り上げられていた。ともすれば労働法に対する法令遵守ほうれいじゅんしゅすらおざなりになりがちな(過剰に控えめな表現)現代の企業に使役される労働者が直視すれば眩しくて目が潰れそうなほどのパラダイスであったからだ。「地獄を作るのは人間であり、楽園を作るのは規範である」という社長の弁は、常にルールを守りドライであることを全社員に要求し、そして唯一それだけが社員の則るべき教条であるという思想を端的に表していた。ノウハウ、コツを常に明文化する、事実のみを語り曖昧な表現をしない、といった当たり前のことから、ルール変更のためのルールなど、まるで国家間の条約文のように細かなことまですべて社内でマニュアル化されていた。後はきちんとそれを守る。当然のことを当然のように行う企業が若者の支持を得たのは、他の企業がそうではないという事実に対する大きな皮肉でもあった。そして酷く矛盾を抱えたようにも思えるが、ルール遵守の企業の土壌の上であるからこそ無茶とも思える個性を前面に押し出した経営が行えたのでもあった。そのように、時流に沿い世間の空気に合致し、嫌悪感の抱かれない成長メソッドがガバガ・マートのブランドを爆発的に押し上げた一因であったのだった。

 「あー、そのあたりまででいいです」とりらせが言う。

 ミレイが読み上げるガバガ・マートの解説をずっと聞いていて眠くなってきた。居眠り運転になってしまう。レーザー攻撃を受け、先導していた警官は退避しており、車がわきに固まる国道の中央を呑気に走っているが、ママが撒いてくれたフレアの効果もいつまでもつわけではない。

「私さっきなんていったっけ」とりらせはミレイに問う。

「『ガバガ・マートめっちゃ光ってるけどなんで?』でいす」

「『光ってる』ってのは比喩じゃなくて、物理的に光ってるのを聞いたんだけど」

「あ、そですか」

「私さ、ヨモギ入りヨーグルトみたいな変な色のガバガマートの看板嫌いなんだけど、なんかさっきからいろいろな色に光ってるじゃない。普段からああいう感じに光らせてくれたらなって思うんだけど」

「きれイですねぇ」とミレイが呟く。ゴーグルをつけたまま美幌の主観を通し、街の中でガバガ・マートの光る様子を上空から見ている。さっきドローンが雲を散らした空からは鼬狐狸いたちこり市がよく見える。昼間ひるまの日差しの中でもガバガ・マートの看板はよく視認できるほどの光量で輝いてる。

 さっきから国道沿いにあるガバガ・マートの横を過ぎるたびに、看板の照明が虹色のグラデーションを波紋のようにめぐらせていた。この看板も機械制御されていたようで、さっきまでは美幌の主観映像を荒いドットで流していたが、空が晴れたあたりから、それはきらきらとイルミネーションのように光り始めていたのだった。


「ヘル子、

 あんたの敗因は、私がネットワークに繋がっていたことで、

 私の勝因は、あんたがネットワークから孤立していた事よ」

「勝因って、まだ勝ってもないのに、どっからくるのかしらその自信」

「勝つからよ」

「勝つも負けるも何も、あなたとあなたの家族を十分小馬鹿にさせてもらったし、私としてはもう既に勝ってるようなもんですから。あとはゆっくりとこの世界の果てからあなたの息子さんが爆発するのを見届けるだけなので」

「じゃあ言い直すわ。勝ち逃げさせないためにぶっとばすからよ」

「だからどうやって? 私があなたにぶっとばされるのは私がネットワークから孤立してるからって? 今だってこうやってあなたに通信してるし、私が部下にしていた指示も全部ネットワークと繋がっていないとできないわ」

「さっきあんたのアーキテクチャを釣り上げたのよ。体と機械つなげるために随分とむちゃくちゃやってるわね。内部でやりとりされるデータの形式がてんでバラバラだし、プロトコルも独自に作ってあるし、あんたの中でバベルの塔が崩壊したのかと思ったわ。一般的な通信の階層構造も貫いてごちゃまぜになってるし、コードも複雑すぎるし、物理的にもプログラム的にもスパゲティにロコモコつっこんでかき混ぜたみたいになってたわよ」

「人の体をスパゲティの怪物みたいに言ってくれるわね」

宇宙飛んでるし、ちょうどいいじゃない。『空飛ぶゴートゥーヘル子教』なんて宗教立ち上げたら私入信してあげるわ。んで、そりゃそんな設計なら実質ブラックボックスのようなもんだし、外部通信するには結局人間が電話するように通常のインタフェースで既存のネットワーク使うしかないわねって思ったの」

「で、何がいいたいのよ。美幌さん、あなた昔から要点述べるの下手過ぎるわ」

「あら、これでも人心掌握と企業のM&Aが仕事趣味なのよ。あんた、脳みそも一部電子化しちゃったみたいだけどさ、視覚情報もちゃんと脳に直結してんだなぁ、って、当たり前の事に感心しちゃったのよ」

「で?」

「あんたの体は機械化されても、ネットワークに直結されてないから、外部からクラッキングされない」

「そうよ。あんたとはそこが違う」

「そ。私とあんたは、そこが違う」そう言うと、美幌は亀五郎のいるヘリポートに降り立ち、倒れた。

 配信されていた美幌の主観視点はここでぷつりと。切り替わった新たな視界には、美幌自身の倒れた体が写っている。

 「ちょっと体借りるわよ、亀五郎」と、亀五郎が裏返ったまま言いながら、甲羅から金属製の補助肢が伸びて体を起こす。いや、亀五郎ではなくて、これはだった。「おっけーおっけー、自分の体より動かしやすいわこれ」

 そう言いながら、美幌in亀五郎は、手の先に付いた可動するジェットノズルを肘に動かす。

「何、あんた自分のペットに入る事できるの? 超ウケるんですけど」

「あ? ウケてる場合じゃないのよ、ヘル子。あんたそんなとこ衛星軌道上にいたら、去年超ヒットした映画も見てないんでしょうね。『そなた何と申す』。とても面白かったわ。レビュー見たらヒット作の割にボロクソに叩かれていて悲しかったけどね。私はマイダーリンと見に行きましたけど。あなたはそんなとこにいちゃ見れないかー、そっかそーですよねー。空から見下ろしてるだけじゃあねぇ」

「おのろけ? 当てつけ? そんな性格してるから私に恨まれるのよ。映画なんて低俗なもん見ないわこの亀女」

「亀女じゃないわ、マダム・タトロイド亀アンドロイドですから。『そなた何と申す』見てないのかー。残念ねー。ってことはラストのハンニバルの策略知らないのねー!」

「美幌さん、あ……」

 この瞬間、ガバガ・マートの横を通っていたりらせは、そのキラキラしたイルミネーションが消えて真っ暗になるのを見た。

「……なた、ね」、と、。「え? あれ?」と言いながら、美幌の体が起き上がる。「なにこれ、なんで。え?」自分の両の手のひらを見る。

Gotohell子様、ようこそ地上へー! そしてえぇええええエエエエエエエエェェェ!!!! Goゴーー!!! toトゥーーー!!! hellヘル!!!!!」亀五郎の体の肘から、ジェット噴射が吹き出し、その腕で美幌の体の頬を横から大きく叩きつけ、初撃しょげきが完了する。

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