第23話 「さすがにそれはパッキャラマドでスねぇ」

■ところ 国道85号線(鼬狐狸市内)

■じかん 004日目 12:10 〜 12:58

■たいとる 「さすがにそれはパッキャラマドでスねぇ」


 りらせのトラックは国道を徐行してゆく。解決は他人に委ねたまま。歩道では付近の住民たちがりらせを見ているのがわかる。今度の事はニュースで報じられているのだろうか。

「一躍有名人というやつデスねぇ」

「歓迎されてるのかどうかは微妙なとこだけどね」

「オ? 神の啓示けいじでも降りてんですかね」

 と、ミレイが言う。

 CMで洗剤が油面を弾くように、前方の雲に瞬間的に丸い穴が開き、青空を覗かせた。およそ二秒後に届く轟音。りらせもミレイも国道沿いの人々も皆、そちらの方を見る。神の啓示降りてるなぁ。

 正弦波せいげんはによるピーという音がまるで環境音のようにどこからともなく鳴り、「レギュレーションナンバーナインによる、割り込みを受信しました。これよりブロードキャスト一斉放送が行われます」という、女性の合成音声によるアナウンスが流れ、回転計や速度計が出ていた、ハンドル奥にある表示パネルに町の風景が現れる。

 その画面は、首を振るように左右を向き、下を向いた時に両腕とスーツが映り、ここでのものであるとわかった。どうやら、ネットワークに繋がれたあらゆる電子表示機器がジャックされたらしく、道路沿いの人々のスマホやビル上部に設置された大型サイネージ、果ては道路上に掲げられた単色の交通情報表示板やりらせが左腕につけているウォッチの文字盤にまで、ほぼあらゆる表示機器に同様のものが映されているようだ。ここで神が「イェーイ、神だよー」と現れたら、「神は遍在している!ubiquitous!」と思うところだが、残念ながら私のママだった。

 「りらせー、見えてるー!? 母よ! 今から母は私たちの大切な家族であるハヤセに爆弾仕込んだ大バカ者を処刑しに行きます。あ、お騒がせいたしております、鼬狐狸いたちこり市の皆様。最近のニュースとうでご覧になられた方々も多くおられると思うんで、まぁ、説明致すのも面倒なのですが、致しますと、わたくし、先日トラックへと改造手術を受けた芹那りらせの母の美幌みほろと申します。面倒なので結論から申し上げますが、えー、皆様申し訳ございません、少々上空でおドンパチ致しますので多少うるさいかもしれません。ご迷惑おかけいたします。なお、戦闘の模様は回線を通じ、私がゴートゥーヘルをぶっ潰すまでをリアルタイムでお届けします。ってゆーか、ホントはりらせだけに教えよーと思ったけど、りらせのメッセのIDわからなくてさー、便利そうな機能あったのでこれ使ってまーす。あ、仮想機器持ってる人は全天視覚や感覚情報も出力できるから試してみてねー。ほいじゃ、今からあいつを殴りにいってきます、じゃねりらせー、あとついでに愛してるわマイダーリン」

 と、りらせの母が町中のネットワーク通信を乗っとって、美幌VSヘル子オンステージが始まった。

「マジすか、りらせのママウエ殿、すんげすわ」と言いながらミレイがグローブボックスからゴーグル型の仮想機器を取り出してつけ始め「おおー、おっぱじメる気ですネぇ」と言って右や左に首を振る。

 「ちょっと私にも見せてよ」とりらせはいうが、「リラセチャンはちゃんとうんてんしててクダさいねー」とすげなく断られる。しかしすぐに、そんな事をしなくてもよくなった。前方遠くに美幌が浮いていたからだ。直接にも見えるし、主観視点はフロントのパネルで一応見られる。質量はあるはずなのにどのようなテクノロジーであのように浮いていられるのか、りらせには想像もつかない。主観視点では曇り空にぽっかり開いた青空の穴を見上げている。美幌が先ほど自分で作ったものだ。

「さーて、お仕事大好きの私によくも有給休暇取らせたわねぇ。地獄を見せてあげるわ」

 美幌がすっと右手をあげると、海底から姿を現した無人潜水艦が背面を海上にさらし、ハッチを開きミサイル発射口を見せる。こんな陸地に近い所まで来ると座礁ざしょうしそうなものだが、意外と水深があるのかもしれない。そしてそのまま大きなミサイルが一発、発射される。ミサイルは加速しつつ、上空へ向かう。

 モニタに、コール通話要求が映る。これは美幌が見ている映像で、現在一方的にブロードキャストを行っている美幌に対して通話要求が出せるということは、美幌と同レベルの権限を保有しているということでもある。美幌はコールに出る。

「芹那美幌さん、わたしをどうする気なの」と、年配の女性の声。それは聞き覚えのある声で、後藤経子のものだった。

「どうするも何も、あんたぶっ飛ばすのよ」と、りらせの母。

「あらあら、ぶっとばす? どうやって? 今ミサイル寄越よこしてくれたようだけど、私それはたき落とすのにハエたたきもいらないのよね」

「へーそう」

 ミサイルが消えた先の上空の雲が数秒間白く光り、その後赤くなり、何かの破片が小さく落下するのが見える。

「ね、ね、私はじめて迎撃しちゃった。うまくいったでしょ。めてもいいわよ」

「あんたそんなのももってんのねー。いけないのよー、そういう改造。よくないよくない。国際条約違反なんじゃないのー。私よく知らないけど」

「よく知らないなら黙っておいたほうがいいわよぉ」

「そういや聞く所にると、私には一切手出ししないって明言したそうで。有難くおもてなしにあずかるとしますか」

「ま、美幌さんには何もしませんよ」

 瞬間、りらせの眼の前に光の柱が立っていて、先導していた車両の後部が一瞬にして蒸発し、(幸運にも、焼き警官は出来上がらなかった)りらせはその柱をすんでのところで回避。ミレイは上体がぐるんとまわり、「うぉぅ」とうめいた。コンソール部のモニタにりらせのピンクの車体が小さく写っている。これ私か、と思わず見てしまう。

「あー、惜しい!」

「惜しいじゃないわよ! ヘル子! りらせを狙ってんじゃないわよ、このバカ」

「できもしないようなことを言うのを大言壮語たいげんそーごって言うのよ。辞書に書いてあったわ。ほら、早く私をぶってみなさい。ほら、ぶってぶって」

「ぶってぶってとよくせがむ女ねぇ」と、ママは少し考えるように腕組みをする。

 その時、そこに素早く近づいていく黒いシルエット。それは亀五郎だった。

「お、もう楽しいパーティーは始まってるのかい」

「あらー、亀さんどうしたの? こんな空まで来てー。おばさん今忙しいのよ。また後でいらっしゃい」

「こりゃまた他人行儀じゃないの! こちとら美幌みほろさんのくれたエサの味、ひと時たりとも忘れた事ないんだぜ?」

「あらあらあらあら、なんかちょっと見覚えある雰囲気の亀ね? ん? 亀五郎じゃない? 亀五郎でしょあなた!」

「いかにも。ご婦人方に挟まれて、ちょっとヤケドでもしてみようと思ってね」

「ああ、そりゃちょうどいいわ。亀五郎、ちょっと力貸して欲しいんだけど」

「おイタした天上てんじょうのご婦人にお尻ペンペンしようってのかい」

「さすがうちのペット、話が早いわね、亀五郎、アンタの……」

合点がってん承知しょうちの助!」と言って亀五郎はぐんぐん高度を上げていく。「いやはやまったく、最近のご婦人は人使いが荒くていけねえや」

 しかし、空のそこかしこから光のすじが出現する。軍事衛星から注ぐ幾筋いくすじもの光線は亀五郎を追いかけて暴れまわり、闘いのステージを彩る。亀五郎はそれらをギリギリでかわしつつ、天へ天へと向かう。急流を溯上そじょうするこいはやがてりゅうへと成るが、亀五郎はどこへと至るのだろう。雲の中に入り、亀五郎を狙うレーザーで、雲自体が神々しく何度も発光する。

 ついでに攻撃はりらせへも向けられる。進行上に突き刺さるようにして、光の筋が何度も現れる。怖いのでスピードを上げて国道を蛇行だこう運転していく。光線は太いものも細いものも地に刺さるがいずれも威力はあるらしく、アスファルトの表面を溶かしツヤツヤにしてしまうのが見えた。連続して出し続けることはできないらしく、間欠かんけつ的にりらせを狙い続ける。

「オイコラ、ヘル子ォォォオオオオ!! 私の家族に手出ししてんじゃねええええええ!」軍の合図のような手の動きで、ママは右手を前にかざす。地響きとともに海に近い側の地中から建物がせり出してきて、煙突のようなロケットが四つ飛び出し、りらせの上空を抜ける。ママは本当に武器の管制システムと一体化したんだなぁ。国がこの地域に配備した兵器を制御下に置いているように見える。空を除けばここら一帯は完全にママのコントロール下にあるようだ。

 ロケットはヘル子に宇宙から狙い撃ちにされ、即座に破壊される。

「りらせ、あんたを庇護ひごするための専用のチャフ電波欺瞞フレア光波欺瞞ばらいたわ。存分に走って逃げなさい! ちょっと早いけど、母からのクリスマスプレゼントよ!」

 まさか身内にいたとは。とりらせは思う。ありがとうあわてんぼうのサンタさん!

 美幌の飛ばしたミサイルから放出されたデコイにより、りらせを狙う光線は徐々に諦めの雰囲気。

「美幌さん、ペットのしつけがなってないわねぇ」と、ヘル子の声がした。

 四、五分は経ったろうかと思う頃、再び雲に大きな円形の穴が開き、円の中心を貫いて、空力加熱により体表面を焼きながら亀五郎が落下してくる。美幌はすぐそちらへ飛んでいくと、高速で落ちゆく亀五郎を受け止めた。空中で蜘蛛くもの網にかかる虫のような弾力を感じさせるキャッチ。

 亀五郎の身体は所々溶融ようゆうしている。関節などの一部の伸縮する部位は炭化したところもあるが、亀五郎は言う。

「いやちょっと、美幌さんに介抱してもらいたくてね」

「んもー、無茶しないでよー」

「お宅のペットの無駄に図体のデカい改造亀さん、ちょっと教育が必要じゃなくて? ジェットエンジンじゃ宇宙行けませんよって、誰も教えてくれなかったのかしら」と、ヘル子があざける。

「え、宇宙いけないの?」

「いけなかったんだな、これが」

「ちょっとあんたたち、マジで言ってるんの?」とヘル子。

「ま、でも問題ないわ。私が知らなくても私に外延がいえんされた知性的な何かがそれを知ってりゃいいんだから。さっきまでは何も知らなくても、今この瞬間も私はデータを流し込まれ、学習を続け、情報を統合し、予測が繰り返され、あんたを倒すために私と私につながった全てが演算を行い続けてんのよ。毎秒成長する母をなめてんじゃあねえよヘル子! 常に新鮮な私の攻撃をお届けするわ! それと全然関係ないけどりらせ! 今ちょっとあんたの学校のデータ流れてきたの見えたんだけど、あんた新学期の夏休み課題の実力テスト、現代文と古文と漢文と物理と化学と地学と英語とオーラルと数学2と数学Bと政経と倫理と世界史、赤点取ってるわね!」

「おお、リラセチャン、さすがにそれはパッキャラマドでスねぇ」とミレイがゴーグルをつけたまま言う。「パオパオパでスわ……」

「ちょっとこの戦い終わったら、りらせ、母とテストの点についてお話しするわよ!」とママが言う。というかさっきまでジェット機が宇宙に行けないのを知らなかった人に物理の赤点はどうこう言ってほしくないし、今回はたまたま苦手分野がかぶりに被っただけだし、それに大体もうこのカラダ、学業以前の問題と思うのだけど。いや、もっともっと以前に、町中に私の赤点教科をお披露目ひろめしてるんだよねこれ。半トラにプライバシーはないのか。

 美幌はゆっくりと、付近の高層ビルのヘリポートを備えた屋上に着地すると、そこに亀五郎を横たわせる。

「亀五郎、駆動くどう系に異常はないわね。今自動修復してるみたいだから、そのままスリープモードに入るといいわ。あんたが落ちてきて空に穴開けてくれたおかげで、ちょっと思いついたことがあってね」と美幌が言う。「あんたの体、寝てる間にちょっと借りていいかしら」

「いいぜ奥さん。ところで、眠った戦士を起こす方法、知ってるかい」

「うーん。知らないわね」

「素敵なお姫様の、キスなんだぜ」

「うるせえ。はよ寝い」と言って美幌は亀五郎の尻尾をひっぱり、強制スリープさせた。

 美幌は再び空中へ。そして、左手を大きく上げ、名指揮者のように振り回すと、遠くから黒いもやのようなものがやってきた。鳥の大群のように見えるそれは、個々を視認できるようになると、小型無人攻撃機攻撃ドローンの巨大な群れであることがわかった。それらは美幌の指揮を受け、美幌の周りにぐるぐる寄り集まると、竜がとぐろを巻くように一つの大きなうねりを見せたのちにぱっと霧散むさんし、天の四方へとまるく広がっていった。そして、それら無人機たちが薬品を散布しながら上空の雲を攪拌かくはんしてゆく。粒の大きな雨が街全体に一瞬だけ降り、それが止むと途端、まるで目の錯覚のようにじわじわと空から雲が消えていった。まばたきをせずに見ていたら、それと気づかぬ間に曇りが晴れになっていただろう。そして、鼬狐狸いたちこり市の上空だけ大きく晴れ間がひらける。先ほどまであった、美幌と亀五郎が開けた二つの空の穴はもう何処どこにあったのかすらわからなくなっていた。

「何考えてんのかしらないけど、あんたそれ自分の首絞めてんのわかってる?」とヘル子。

「見やすくしてあげたの。お礼は?」

「お礼よりも謝罪しておくわ」

「ん? なんの?」

「美幌、あんたを攻撃しませんって言ったけど、やっぱなし。攻撃しまーす」

「さすがにそれはズル……」

 『空間上に点A,B,C,D,Pがあります。半直線AP,BP,CP,DPを作図しなさい』という問題があったとして、今ちょうど目の前に見えている天空からのレーザー光線はその模範解答だった。点Pがその交点から逃げ出す。

「あっぶないわね、クソヘル子、私を殺す気なの?」

「いやそらそうよ」

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