【起】芹那りらせが朝起きてから、右腕を失うまで。

第1話 「コロシテ……コロシテ……」

■ところ 家

■じかん 001日目 08:05 〜 08:14)

■たいとる 「コロシテ……コロシテ……」


 目覚まし時計の大きな音でりらせは目を覚ました。

 ちょっとちょっとちょっとちょっと! これ遅刻のやつだ!

 壁にめり込んだ目覚まし時計は家電量販店の店員に、なにがなんでも一番おっきな音が鳴ってしかも丈夫なやつ、というリクエストでおすすめしてもらって購入したもので、家に帰ってからネットで確認したらレビューで結構評価高いやつでしかもネットの最安値とあまり変わらない値段で買えたからなんかいい買い物したなぁと思ってすぐにお気に入りになって、実際めっちゃ大音量で起こしてくれて二度寝にどね防止機能も当初は役に立っていたのだけど、わずか一週間後には前面のアクリルパネルにヒビが入り、ひと月後には寝ぼけたままのりらせのりによって目覚まし時計が吹っ飛び壁に最初の穴があいた。丈夫な目覚まし時計だが丈夫すぎるのがあだになって母親にめっちゃ怒られたのだけど、りらせのカカトの方がもっと丈夫だったようで、ネットにあった『蹴飛けとばしても傷一つ入りませんでした!』というレビューした奴、お前なんなの? カカト豆腐なの? と思うくらい見事にりらせのカカトは購入後計23二十三ラウンドKO勝ちで何より穴だらけになった壁に同情した。いや嘘嘘、同情じゃねえ同情している場合じゃねえ。壁に埋まったまま「コロシテ……コロシテ……」とでもつぶやいているようにすら見えるボロボロの目覚まし時計(ちなみにネットで調べた時に目覚まし時計の名前が「覚醒かくせい交響曲こうきょうきょくソドム」である事を知った。)を壁から引き抜いて、りらせはすぐに一階に降りて洗顔料も使わずに顔をさっと濡らすように洗い、歯磨きを早業で済ませ猛スピードで学校へ行く支度をした。

 目を覚ましてから余裕がある時は、ベッドから降りる前に布団の中で自分のパンツの中を確認して「なんじゃこりゃー!」という一人芝居をするのが最近のマイブームだったが、そんな事をしているヒマは今日はない。(昨年公開され大ヒットを記録した映画、「そなたなんもうす」の中のワンシーン。戦国時代の日本の架空の武将がカルタゴの名将ハンニバルと時空を超えて体が入れ替わって朝に目を覚ました時に自分のかんに異常な大きさのデロンデロンの男性器がぶら下がっている事に気付いて「なんじゃこりゃー!」と目を見開いて叫ぶシーンがあり、りらせの同級生女子の間でお互いのスカートの中をのぞいて「なんじゃこりゃー!」と叫ぶのが流行はやった。りらせは寝坊してない時は朝起きると自分のパンツの中を覗き込んで「なんじゃこりゃー」と一人で叫ぶやつをよくやっていた。あまり他人に言えない趣味の一つだ)

 弟のハヤセは一昨日にあった運動会のおかげで今日は学校お休みなので多分まだ自室で、仕事大好き母親ママン(41四十一)はもう仕事に出かけているはずで、研究職で白衣がよく似合う父親パパン(53五十三)は先週から長期で会社の県外の研究所に出張でばっていて不在。達筆な母の字で書かれるメモはいつもなぜかカタコトなのだけど今日も「コレ クエ」と、テーブルに無造作に置かれたホワイトボードに書いてあって、横には冷めたバタートーストの乗った皿が二つ。毎朝毎朝覚醒交響曲ソドムを蹴って大切なの壁に穴を開けてしまう娘にいつもいつも冷めたバタートーストをありがとうありがとうと感謝しながらりらせは自分の方の皿に乗ったそれをくわえて壁時計の午前13十三分を確認して革の制鞄せいかばんに未読17十七件のスマホ放り込み左腕にウォッチ端末連携型腕時計を付けて中指にリング個人認証端末を通す。左利きだがウォッチの竜頭リューズは右手で操作するので左につけている。そして、お前とももう年の付き合いになるな、と、くたびれたローファーに話しかけながらつっかけて、つま先をコンコンと玄関の床に。いってきまーす、と大きめの声で、二階で多分まだ寝ているだろう愛しい弟(多分あと年したら私ごのみのイケメンになる)に挨拶あいさつをして、ゆびし確認戸締りをしたら門扉もんぴを抜ける。

 付け加えておくと冒頭の「目覚まし時計の大きな音」というのは、アラーム音ではなくソドムが壁にめり込んだ時の音を指す。

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