第27話(最終話) 「『トラックになる』んじゃないわ。『半トラ』よ」

■ところ 国道85号線 

■じかん 004日目 14:14 〜 

■たいとる 「『トラックになる』んじゃないわ。『半トラ』よ」


 りらせは、アルゲニョンの槍に同化し、人類全てを同じく自分に同化させようとする、自分の母親と通話回線越しに対峙たいじしていた。

 りらせは思う。

 私が、ママを、止めないといけない。


「ママ、私は――」


。私とミレイみたいに二人で一つのトラックに」

「トラックより、こっちのアルゲニョンの槍の方がいいんですけどぉ」

「でもママ、ママはまだトラックにはなったこと、ないでしょ。一人で半トラになるのは、そりゃやっぱ、怖いし、辛いし、寂しいけれど、二人で半トラになった時は、違うの。ミレイは、いつも私のそばにいてくれたし、きっとあの後もずっとそばにいてくれたはずなの」そう言うと、りらせの目からはまた涙が出てきた。「ミレイがいなくなるまで、気づけなかったけど、私、多分、あの時とても幸せだったと思うんだ、今だって、今この瞬間だって、ハヤセはまだ空に居るし、きっと今回の事件で、たくさん人死んじゃったと思うの。ガバガ・マートも爆発したし、メガフロートでも管制塔が壊されたし、さっきだって、レーザーでミレイ以外にもいっぱい、被害が出てるはずでしょ。でも私、今、わかるんだ。まだ不幸が周りにいっぱいあるけど、私は、私は、ミレイがいた時に、とても幸せだったんだって思ってたことに、気づいちゃった。これって私たちがトラックになってなかったら気づけなかったんだきっと。運命が二人を選んだんじゃなくて、二人でトラックになれば、それがすべて、運命になっていくんだってことに。私、きっと、ミレイのこと好きだったんだと思う」


 手は繋げるけど、キスのできない距離(心)

 手は繋げるけど、キスのできない距離(物理)

 トラックから生える上半身こそが、その距離を提供するのだ。


「りらせ」と美幌が言う。「泣ける話ね! オッケー、決めたわ」

 ずっと、ブロードキャストでそれっぽい演説を一席いっせきっていたヘリポート上の美幌が、急にその演説を中断して、

「あ、すいません、今さっき言ってたアルゲニョンの槍の話、やっぱやめます、すいません。撤回。撤回いたします。やっぱ人はね、兵器と同化するべきなんかじゃないですよね。というわけでね、えー、わたくし、芹那美幌が、ヘル子討伐の一部始終をお送りいたしましたー」

 というと、美幌は掌握していた回線をリリースした。おそらく町中のモニタが元の仕事を始めたはずだ。トラックの中の計器パネルも元どおりの、スピードやエンジンの回転数を示すインジケータ表示に変わった。

 しかし、りらせの美幌との会話は、ウォッチの方で続いている。

「つまり、りらせ、世界中の人間が、あなたとミレイちゃんのようにタンデムのトラックになってしまえばいいと、そういうわけね」

「そうよ、ママ。みんな、みんな、半トラになればいいの」

「気に入ったッ! 我が娘ェェッ!!!

 全面的にサポートしてあげるわ。

 全人類が私につながるより、大好きな趣味の企業統合するより、全人類を半トラに導く方が、楽しそうね。

 よし、今退職届、出したわ。」

「行動、はやい」

「りらせ、私は全人類をトラックにする無数の案を持っているわ。

 それは即座に実るものではないけど、やがて結実すればよいと長い目で見る計画になるでしょうね。

 まずはイメージよ。りらせ。今回の事件で、あなたは今後嫌が応にも注目されることになるわ。その中であなたはトラックになって、良かった事、悪かった事、全てを晒け出すの。嬉しい事も、悲しい事も、恥ずかしい事も、言いたい事も。大衆はやがて嘘を見抜くものだから、あなたは何も演技する事なく、本当の事を言えばいい。そしてあなたが『トラックになれて本当に幸せだった』と、心から思っているなら。思っているからこそ、だからこそ、強い。そしてりらせ、あなたは思った筈、私に対して、『相手の知らない事を知っているというのは、最大の武器だ』と。そうよ。私はトラックではない、を知らない。 いい? はじめは小さなうねりよきっと。あなただけが知っている。感覚で四輪を駆るよろこび、エンジンに並ぶシリンダーが自身の心臓と鼓動を同調させるよろこび、車体で通じた同乗者と運命をにするよろこび。それは私にも分からないよろこびだわ。でもやがて、あなたの、あなただけが知るそのよろこびを、知りたいと思う者が必ず現れる。知りたいという欲求は人間をもっとも深い所に引きり込むの。最初それはとてもとても小さなうねりだわ。それを、確実に、むッ! 繋げるッ! 勇気を振り絞り、おそるおそる手を出した者だけが、得られる享楽。事実は違ってもいい、そう思わせる事が肝要かんよう! りらせ、あなたの、トラックという生き方、蒟蒻コンニャクなのよ。河豚フグなのよ。手間を掛けて蒟蒻を作ったり、毒のリスクを負ってフグを食べたり。でも面倒だから、怖いからといってそれらは途切れる事はなかった。トラックという生き方、それは面倒かもしれない、リスクがあるかもしれない、でもその先にあるものは、食べたものしか分からない、成ったものにしか分からない。ノックしたものにだけ開かれる扉、伸ばした手にだけ差し出される救い、重いまぶたを見開いた目の瞳にだけ注ぐ光! あなたに続く者が、必ず現れる。それは砂時計のように細々と、蜘蛛の糸のように一縷いちるのものかもしれない。。そこを、わたしが、このハハが、拡張主義者の権化であるこの芹那せりな美幌みほろが、砂時計の穴をこじ開け、蜘蛛の腹をさばき、メビウスの輪のように誰も気づかないうちに、人々の道の裏側を歩かせてやるわ。トラックを望む心を育ててあげるわ。それを私がプロデュースするの。目に見えるこの地平全てをトラック・ワールドへとパラダイムシフトしてあげる。『欲望とは他者の欲望である』よ。半トラそのものの価値じゃないわ。半トラをうらやむ空気を醸成させる。りらせ、あなたの生き方を欲する人が現れたなら、それは次々と伝播でんぱする。いや、私のサポートで伝播。これは話していなかったけれど、私はね、りらせ。人を少しずつ操る事ができるようになってきたのよ。ヘル子に仕掛けた応用でね。細かな命令はできないけれどね、少しずつ、少しずつ、コップに一滴の絵の具を垂らしたような濃さでいい。そんな濃さで、、静かに、ささやかに、ゆっくりと、重ね塗りしていくの。トラックという快楽を、悦楽を、享楽を。そして、トラックという生き方を。禁止されているサブリミナル手法を、私が綺麗に手直しして、香辛料を混ぜて焼き直して、より効果の出る悪辣あくらつな手段で、発覚しないように狡猾こうかつに、痕跡こんせきを消し、こっそりとひっそりと、トラックとして生きていたくなるように人間を教え導くわ」

「ママにちょっと訂正しておきたいことがあるの。『トラックになる』んじゃないわ。『半トラ』よ、覚えておいて。まだ私は全トラじゃないの」

「変なこと気にするのね。どっちでもいいじゃない。ま、とりあえず、その前に、まずは私、ダーリンと共に、ここに暮らすことにするわ。りらせ。少しの間のさよならよ。ハヤセをちゃんと、よろしくね。世界が、トラックに包まれたら、また会いましょう」

 芹那美幌は、一気呵成いっきかせいにそこまでを語ると、ウォッチ電話からはプーッ、プーッ、と話中音わちゅうおんだけが聞こえ、音信不通となり、二度とりらせの前には現れなかった。


 父親が美幌のいるAIアルゲニョンの槍へと接続して、数日後だった。雷が海に落ちて散る時のように、美幌はおのずからその存在をネットワーク上に散らせ、意識すら保てない、意識のかけらのようなもの、存在するかどうかも疑わしい情報だけの存在へと変貌へんぼうした。それは、人間をすら知覚しない上位の存在になったのか、人間にすら知覚されない下位の存在になったのかは分からない。どこにも存在せず、同時にどこにでも存在する美幌はそして、りらせを見守り、未だ始まらぬ世界が、霧の中で行き先を見失った人類が、それを自覚せぬまま半トラを目指すための、幽かなあかりとして灯り続けた。


 芹那りらせの弱々しい一ホイールは、こうして未踏の土を踏みしめた。

 半トラ・ワールドへと至る、誰も知らぬ道の。

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【朗報】女子高生がトラックに改造される話を読みたかった奴こい! 読めるぞ! @ibasym

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