第21話 「トラックとしての恥じらいも覚えてきちゃったんですねぇ」

■ところ ジーファー甲板 〜 ヘリにぶら下がって(国道85号線)

■じかん 004日目 10:53 〜 11:56

■たいとる 「トラックとしての恥じらいも覚えてきちゃったんですねぇ」


 甲板にヘリが止まっている。私が最初に乗り込んだのと同じ型らしいけど、枯葉かれはのような色をしている。

 給油済みのヘリのおしりから、傾斜板ランプを登り、貨物室カーゴベイに入る。

 壁から出ているロボットアームのような車止めが私の車体を固定する。

 バラバラとローターが回り始め、やがて上向きの加速度を体に感じ、空へ浮かぶ。

 私たちはこれから国道85八十五号線へ向かい、そこでヘリかららされたまま降下し、警官の先導に従いながら、ハヤセが助かるまで、昼夜を問わず本州の沿岸沿いの国道を時速キロメートルを下回らないように走り続けることになる。基本的には私が車体を縦していくが、私が動かせないときは、ミレイが制御してくれる。クシャミした拍子ひょうしにブレーキがかかる事も分かり、危ないので常時時速8キロメートル以上出すようにECUを書き換えた。トラックと一体化したとは言っても、自分でもその車体の何が把握はあくでき、何が把握できないのか、今もよくわからない。ECUというのはエンジン制御をしてくれる装置らしいけれど、それは私にとっては、心臓が勝手に動くのにも似ていて、ECUによるコントロールは私の意識下にないもののようだった。深いレベルのクルーズコントロールだ。

 「それにしても、ママはどうやってヘル子倒す気なんだろ」大体、ヘル子は衛星軌道上にいるのだ。ハヤセ同様、ほとんど手出しする手段がない。

「拳で殴るんじゃナイでしょか」

「あんたねぇ、人の母親をなんだと思ってんのよ」

「ナンダも何も、さっきのアレ絶対音速超えてたと思うんデスがねぇ」などとミレイはぶつぶつ言い、パパはパパでさっきからそわそわしている。

 水平線の先に陸地が現れ、曇り空によってパッとしない緑色の山々がそのみねおもむろに広げていく。港湾こうわん沿いの赤錆びた製鉄所、都市計画を間違えたのではと思うほど場違いにそびえるランドマークタワー、心優しい巨人の理髪りはつ屋が丁寧に切りそろえたようなビルや家屋。それらの壁のテクスチャが視認できるほどに陸地に近づくと、見たらそれと分かる太い道路があり、きっとあれが国道85号線なのだろう。見るからに経済活動の血管だが、それを私がなぞりながら動脈硬化どうみゃくこうかさせていくと思うと少し忍びない。ま、私の弟様の存亡の危機だ、我慢してくれ、と思う。

 遠くの空に黒い半透明のもやもやしたものが見えた。無数の点が架空のポインタに追従するようになめらかに動いている。飛ぶ点描だ。たぶん、鳥の群れだろう。

 私のいる部屋の天井に滑車かっしゃがあり、その滑車からぶら下がるフックにロープが通されている。

 私の車体の下にくぐらせた板がそのロープにつながれていて、私の降下する準備は整えられている。

「車体の下に何か通されるのってなんだかちょっと恥ずかしいね」と私は言う。

「うへぇ、リラセチャン、トラックとしての恥じらいも覚えてきちゃったんですねぇ。ヨイですねぇ。ヨイ」とミレイが言う。

 パパが両手をさすりながら、私をじっと見て、口を開く。

「リラセ、多分、気付いていると思うけど、ミホロも、昨日改造手術したんだよ」

 りらせは一度、はぁ、とため息をつく。

 できる限り、できるかぎーり、意識の俎上そじょうに乗せんようにしてましたけど、ですよねー。やっぱそうですよねー。気のせいじゃないですよねーーーーーーー!!!!!! キャリアウーマンにしちゃ体乾くの早すぎるし、ヒト科ヒト属にしちゃ甲板から去る時にソニックブームだしすぎだと思ってたんですよねーーーーーー!!!!!!

 改めて、はぁ、とため息をついて、頭をガコンと下げると、ステアリングのホーンボタンにぶつかり、カーゴベイ内にふぉぉおぉおおおん、とクラクションがひびく。これからはこれが私のため息だ。

「ナンの改造しちゃっタんデスか?」とミレイが私の代わりにパパに尋ねる。

「『アルゲニョンの槍』と同化した。

 さっきのは外部アバターと呼ばれるアドホックボディ一時的な身体らしい。アンオブタニウムUnobtainiumを超流動状態にしたまま体表面にまとわせて、周囲の空気に粘性を与える。訓練すればエアホッケーのパックのように空中を移動できると言っていた」

「うわぁ、やばやば」

「ミホロがとにかくしつこく改造しろと掛け合ったみたいだ。

 外部アバターはアルゲニョンの指揮者が操縦するリーダー機みたいなもので、アルゲニョンの槍のシステムの一部なんだ。だからさっき会ったミホロは、本当の体じゃなくて、五感を持ったミホロ人形? みたいなものだ。

 アルゲニョンの槍は戦略指揮を行う拡張知能の開発が結局追いつかなかったわけだけど、しつこいミホロに昨日、戦闘指揮シミュレートテストしたら、拡張知能でも足りなかった基準値をクリアしたらしい。そしてそのまま被検体としてアルゲニョンの槍と繋がってしまった」

「何それママ兵器になっちゃったの?」

「まぁ、うん。だから今は軍管轄の地下メインフレーム内にミホロの本当の体がある」

「なんで止めなかったの!?」

「血の繋がった娘が、トラックになるのを、認めてしまった人間が、」まで言って、その先で選ぶべき言葉が見つからないのか、黙ってしまう。

 はぁ、と私は思う。パパ、そういうトコやで! そういうトコや! 困るわ本当。わたし、困ってしまうわ。頼りない父よ! 頼りないけど、まぁ、そういうとこも、好き。

「まぁいいけどさ」と私は言う。ま、大体自分がトラックになったあたりからハヤセ以外は基本的にどうでもいいのだ。どうでもよい。

「そろそろでいす」とミレイが言う。

 国道上空を道なりにヘリが進む。見える限りの道路上では、先を急いでいたであろう自動車たちが血管にこびりつくコレステロールのように滞留たいりゅうさせられて、オレンジの明滅を繰り返している。きっと私を迎えに来た時も上から見たらこんな光景だったのだろう。床が開き、ガクンと私は吊り下げられ、ロープがぎゅっと張りつめる。長い直線に入り、私はぶおん、と一度空ぶかしをしたあと、動力とギアをつなぐ。タイヤが回転する。計器パネルのボタンを押すと、それはもう私の意志で完全には止まらなくなる。スピード下限が設定された。

 警察の緊急車両とバイクが国道を先導して走っている。当然だが、それらには非常時狭域基盤管制システムによるオンライン制動ブレーキの装着は義務付けられていないので、停車する他の車を横目に、普通に走っていく。

 「はぁ」とパパはため息をつく。「僕だってさ、家族の60六十パーセントが改造されちゃうなんて思わなかったよ」とつぶやいた後、「じゃあ、ミレイ、リラセ、頑張ってね」と私に向かってほんのり微笑ほほえんで手を振った。

「いてきまーす」とミレイは言い、

「パパ、行ってきます」とりらせは言ったが、頭は算数の計算をしていた。

 いや待て、待て、ウチは人家族だよね?

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