第19話 「それじゃまるで走るバキュームカーじゃないの!」

■ところ ジーファー甲板 

■じかん 003日目 12:52 〜 15:12

■たいとる 「それじゃまるで走るバキュームカーじゃないの!」


 その翌日も昼間から同様にりらせ(とミレイ)は半トラとなった自分の身体を動かす練習をした。

 りらせの父親のスマホに着信があった。

「緊急時管理庁でゴートゥーヘル関連事案の対策室が作られ、既に警察庁及び国土交通省との連携も取れているらしい。明日にでも走り始められる」と、パパは言う。

「まぁ、だいぶ慣れてきたよ。具体的にはどうなるの?」

「本州の沿岸の国道をずっと周回する。非常時狭域基盤管制システム、つまりヘリでリラセを迎えに行った時のように交通管制を行う。リラセ以外の車は緊急車両が通る時と同じように、君が近づくと自動で道の脇に避けてしまう。一応警官の先導があるので、それに従って走り続けてもらう」

「駅伝みたい。広い道走り続けるんだ」

「そうだ」

「通勤時間も国道独り占めできるの」

「ああ。緊急事態なので特別措置だ」

「そっか。だいぶ慣れてきたし、じゃあ、明日行くよ」

 いつまで走り続けなければいけないのかわからないけれど、私は走り続ける。

「ああ」

「マ、わたしがちゃんとリラセチャンのサポートしますんで安心なさいネ」

 りらせは眉を八の字に曲げて、ミレイを見た。隠せないし隠す気もない不安感。

 また父親に着信がある。

「本当かい?」と、何か不穏な空気。スマホを仕舞う父親。

「どうしたの」りらせは訊く。

ミホロママが動いた」と言って、

 パパは頭を抱えた。

 私も頭を抱えた。

 二人でため息をつく。

 私とパパの反応の意味を読めないミレイが言う。

「どゆコトですか」

「事態が急転直下キューテンちょっかすんのよ」と私は言った。

 直後、轟音ごうおんを立てて垂直離着陸戦闘機VTOLがジーファーの甲板に降り立ち、開いたキャノピーからりらせの母親が仰々しいヘルメットとマスクを外しながら現れ、その長身によく合ういつもの紺色のビジネススーツとパンツのシワを気にしつつ、パイロットの頭を押さえつけながら戦闘機の翼に乗り、パンプスでその滑らかな金属をコチコチと踏みつけながら端まで進むとぴょんと甲板に飛び降り、半トラとなったりらせの方にカツカツと近寄りながら「一番早くりらせに会えるやつで連れてって、って頼んだらVTOLこれに乗れとか信じられる? 一人乗りよこれ? 頭おかしいでしょー! そりゃ私こんなの操縦できませーん、って言ったら『いや、そりゃそうだ』とか言われて、普通にまぁ操縦士の横に無理やり乗ってきたけど、何あれヘルメットって言うの? せっかく朝ヘアスタイルセットしたのに、あれ、何、信じられる? 女性の髪を何だと思ってんのかね、しまいにはなんかマスクみたいなのまでかぶせられちゃうし、ってちょっと何りらせアンタマジでトラックになってるの? 誰? 誰こんなコトしたの、私の大切な大切な大切なりらせにこんなコトしたの誰よー、お前かあああああああああ」と言いながら、フロントガラスのミレイがいる側を右の拳に全ての力を込めてぶん殴り、フロントガラスにヒビが入り、骨のかけらと血しぶきがかかり、ミレイは多分生まれて初めて感じただろう恐怖の顔で「マジなんすかこの狂人きょうんど、やべえです」と呟き、りらせはミレイにもちゃんと恐怖心はあるのかと感心した。

 「痛い痛い痛いいいいいいい、フロントガラス硬いだろアホが! でもりらせが感じた痛みはこんなものじゃないはずでしょ!」と言いながらりらせの母親は先ほどヒビが入ったばかりの部分に回し蹴りを食らわせると、内側に靴の踵が少し入って「ひいっ」とミレイは言って隣のりらせの左手を握ったが、更にもう一撃を食らわせようとするのを、りらせの父親が「まぁまぁちょっと、ミホロ、待って」と止めに入ると母親は「私のマイ愛しの人ダーリン!」と叫びながらそのまま父親に飛びつき唇に回口づけをしたあと、「右手痛いよう」と、血が出て中指から骨の見える拳を見せると、父親は「ちょっと治療しようね」となだめながら母親を連れて艦内に去っていった。骨の一部をフロントガラスに残したまま。

 りらせの両親が去って十秒くらいしてからようやくミレイは口を開く。

「リラセチャンのママウエ殿、エクサ10^18ヤバたん……」

「怒ってるから今はちょっとあれだけど、いつもは普通のママだよ」

「マトモではない」

「あなたよりはマトモですー」

「ワタシは普通に常識人デすケド」と、ミレイ。

 自分をマトモだと本気で思っていそうだ。ミレイに言われると腹がたつな。

「っていうか、フロントガラスにヒビ入ったとき私ちょっと痛かったんだけど気のせいかな」

「いや、普通に痛覚ようの感覚も繋げてマスよ」

「マジですか」

「はぁ、マジでいす。警告刺激けいこくしげきをきちんと受容じゅようスる器官がないとですので」

 トラックの車体の痛みまで感じるとなると、ますます人間から離れていくな、私。

 それにしても出発前からフロントガラスを交換する羽目になるのか。

 ここまでくるとさすがに自分の車体であるという愛着が徐々にではあるが湧いてくる。ミレイとシェアしている感覚もなくはないが、ミレイの言うにはあくまでもトラックとつながっているのは私であってミレイではないそうなので、やはりそうなるとますます自分の体という感じがしてくる。修理がてら、ピンク塗装とそうも頼んでしまうか。

 しばらくすると右手に包帯をしたママが戻ってくる。こうして見ると、初めてミレイを見たときくらいに場違いな服装をしている気がする。

 「ミレイちゃん! ミレイちゃん! ミレイちゃん! さっきはごめんなさいねー。おばさん、てっきり、ミレイちゃんがりらせをこんなにしちゃったのかと思って怒っちゃいましたー。ごめんなさいね」「でもまぁ、この姿にしちゃったのは確かに私なんデ」「は? やっぱお前か!!! って嘘嘘ー。知ってる知ってる、さっきダーリンに聞いたわー、ところでりらせあんたこの前パン食った後食器洗わなかったわよねちゃんといつも洗ってっていってるでしょ」「いや、あれ後で洗おうとしてたけど、こんな事になっちゃったんで」「ああそっか忘れてた忘れてた。あ、私有給とったから。ヘル子ね。ヘル子しばく。ミレイちゃん今回の事終わったら一度うちに遊びにいらっしゃいねぇ、ミレイちゃんとっても綺麗だけど彼氏とかいるの?」「いまセンが」「あらそー、友達の息子でね、ちょうどミレイちゃんと同じくらいの年の子が居てね」「ママちょっと男の子紹介するのとか今いらないから」「あ、そっかそっか、ミレイちゃんはりらせとくっついちゃってるんだわねー。うちに来なさいも何も、りらせと一緒ならもう家族みたいなもんね。家族かー、家族。そだ、ハヤセ今宇宙にいるんだっけ、あんたハヤセと話したの?」「してない」「私もメッセージ送ってるんだけどずっと未読のままなのよー。母親として心配だし。でもあんまり心配しすぎるとさ、ハヤセがマザコンとか思われないかそれもまた心配でね。でもまぁ11十一歳っていったらやっぱりまだまだ子供だし。それにしてもりらせ、それうんちおしっこするときどうするの。人工肛門か何かでするの」「タンクみたいなのついてて、それに溜まってく」「それじゃまるで走るバキュームカーじゃないの!」「バキュームカーは走りマスが」「あらー、確かにそうだわねー、ミレイちゃんって可愛い上にかしこいのねー。アホが助手席にいなくて私安心だわー。アホといえばそうだそうだ、ヘル子しばかないといけないわねー。それじゃね、それじゃね」そう言うとりらせの母はまた艦内に去っていった。

「ママウエ殿、ナニしに来たんデスかね」

「あんたに謝りに来ただけよ」

「牛乳買いに行ったら本棚買ってきソうな方でスねェ」と、ミレイはしみじみと言った。

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