第12話「男の子ってこういうのが好きなんでしょ」
それというのも全て、後輩の
上司と会社に結婚の報告こそしたものの、美星は
――あの美星が、ロリめかしい
多くの者から、祝福のこもった言葉をもらった。
適度にくさされ、冷やかされたりした。
「ま、いいけどな」
相変わらず無感動、全く動じない美星がいた。
今日も夕暮れ、徐々に日の長くなった街を駅から歩く。
程なくして我が家へ到着したが、古びた引き戸をガラガラと開けると……すぐに台所から辰乃が駆けてくる。
おいおい転ぶなよと心配になるくらい、一生懸命ぽてぽてと彼女は走ってきた。
「美星さん、おかえりなさいっ!」
「おう、ただいま。……辰乃、寒くないか?」
二月も
だが、息を弾ませ辰乃は美星を見上げてくる。
身長差がだいぶあるので、玄関に上がる前から美星の方が目線が高い。
はにかみながら
「あっ、あの、美星さん! ご飯になさいますか? 先にお風呂になさいますか? そ、それとも……わ、わわっ、わ」
「わ?」
「わたしでなさいますかっ!」
真っ赤になって言い切ったあとで、フンスと辰乃は鼻息も荒くジッと美星を見上げてくる。突然何を言い出すのかと思ったが、恐らくお昼にテレビか何かで見たのだろう。
一時期は特殊なサブカルチャー趣味に傾倒していたので、意味はわかる。
だが、実際にそうした夢のシチュエーションを前にしても……驚かない。
やっぱり自分の心は死んでいるんだなあ、と冷静になってしまう。
「辰乃、わたしでなさいますか……わたしで?」
「あっ! ま、まま、間違いました! わたしとなさいますか、じゃない、わたしになさいますかっ!」
「えっと、じゃあ……飯、辰乃、風呂の順で」
「ええっ!? 待ってください、美星さん! ……わたし、今日は少し汗を。あの、お掃除とかお洗濯とかして」
「俺は気にしないが。そんなに
目の前の
あっという間に辰乃は、真っ赤な顔を耳まで朱に染めた。
「だっ、駄目ですっ! わたしが気にするんです!」
「ん、そうか」
「そ、そうです! 美星さんに、その、ええと……
「まあ、辰乃がそっちがいいなら。とりあえず飯だな、飯」
だが、靴を脱ごうとした美星はふと辰乃の視線を感じる。
彼女は美星から
何か言いたいことがあるのかと、思わずジッと見詰めてしまう。
桜色の
「あの、美星さん……ごめんなさいっ!」
突然、ガバリ! と辰乃が頭を下げた。
これには
彼女の唐突な謝罪、これでもかとありったけの誠意を総動員した行動にではない。
辰乃の真っ白な背中が見えたのだ。
顕になったうなじに、まるで宝石のように一つだけ……たった一つだけ緑色の
辰乃は上にエプロン以外、何も身につけていなかった。
「えっと、辰乃?」
「本当にごめんなさい……あの、今日の午前中に
「ああ、ふむ……納得だ。あいつはこういうことをやらせたがる奴だからな」
「そ、それで……開けてはならないと言われていた、美星さんの宝物庫を!」
ああ、それでかと思った。
もう
かつて辰乃ではない人と住んでいた時、将来の妹になるかもしれない千鞠はよく立ち寄っていた。バイクという共通の趣味もあったし、知り合ったのは千鞠の方が先だった。
まるで本当の妹ができたみたいで、美星も嬉しくて随分かわいがったものだ。
だが、その関係はもう終わったのだ。
そして、今日の昼にあった経緯を辰乃がおずおずと話してくれた。
「そうか、バッグ……そういえば、確かにしまったような気がするな。持ってったか?」
「は、はい」
「なら、いい。で……辰乃も、見たか? その、何というか……俺の
「黒、歴史?」
「恥ずかしい過去のことをそう言うんだが、それ自体がまあ、なんといか」
「恥ずかしくなんかありませんっ! 凄かったです、素晴らしいです! 美星さんっ!」
顔をあげた辰乃は、今にも玄関から飛び立たん勢いで顔を突き出してくる。
背伸びする彼女の肩に両手を置いて、じんわりと浸透してくる体温に手が温かい。
互いの
「美星さんっ、とても素晴らしい財宝をお持ちです! わたし、感激しました!」
「まあ、プレミアムな値段の物もいくつかあるが……大げさだぞ、辰乃」
「いいえっ、ご
そう言えば、美星は以前に聞いたことがある。
アニメや漫画が好きな仲間が昔はいた。ファンタジーの世界では、ドラゴンは宝物を集めて洞窟などに溜め込むのだ。そして、それを取りに来た人間達と戦って守るのである。
昔は確かに、そういう話をする仲間がいた。
友達だったかもしれない。
それを、美星は一方的に切り捨てた。
彼等と同種だった自分ごと、黒歴史として
しかし、そうとは知らずに辰乃はヒートアップしてゆく。
「部屋の壁に貼られた、数々の
「芸術家……まあ、
「そして、精巧かつ大胆な解釈で作られた、異界の女神や天使の像!」
「あの辺のフィギュアはまあ……一つ十万円はするものもあるな、今なら」
「じゅっ、十万円! えっと、今の日本円は、この間お買い物した時は確か」
「まあ、今でもちょっとした大金かもしれない。全部、俺の……そう、宝物、だった」
そんな噛み合わない会話を交わしていると、辰乃は再度申し訳なさそうに
「龍は皆、己の宝を守ります。宝を守ることこそが、命よりも
「それな、辰乃。多分……あれだろ? 千鞠の奴が勝手にズカズカ入ったんだろう?」
「それでもです! お止めできませんでした。わたしは龍の眷属として……恥ずかしいです」
今のその格好より恥ずかしいのだろ。
だとすれば、それは大変な
やれやれと小さく溜息を零しつつ、美星こそなんだか申し訳なくなってくる。
「いいんだ、辰乃。俺こそ、すまん。話してなかったこと、色々聞いたろ?」
「は、はい……あ、でも! 美星さんは凄くお優しいですし、器量が大きく
「ん、まあ……とりあえず飯にして、そのあとゆっくり話そう。俺も全部は無理だけど……話せることから知ってほしい。いいか? 辰乃」
「は、はい! 辰乃はどんな真実があろうと、美星さんの妻です!」
「はは、そうしゃちほこばるなよ。で……千鞠は何か言ってたか?」
美星は自分が半年以上前に封印した趣味を、誰にも話さなかった。
何故封印したかというと、その目的の中心地に千鞠もいるから……当然、話せなかった。
だから今でも、千鞠との関係はあの時は良好だったと思っている。
自分の判断で彼女の姉と恋人になれたし、失恋と今回のことは無関係だ。
そう思うしかないし、自分に問題があって、その処理や解決に失敗したから破局したのだ。
辰乃は思い出す素振りをしてから、パッと表情を明るくした。
「きも……」
「ああ、やっぱりか。そうだよな、キモいよな」
「きも、そうです!
いやいやそれは違うぞ……そう思ったが、思わず苦笑が口元に浮かぶ。
とにかく、まずは夕食を一緒に食べようと美星は玄関にあがった。
辰乃もはたと踵を返して台所へと走り出す。
「でっ、ではお着替えを……ックシュン! その前に、お味噌汁を温め始めますね!」
「風邪引くなよー、何か着てくれ。その、目のやり場に、困る」
全裸の背面が露わになって、美星は心の中で千鞠を恨んだ。
真っ白な尻をおいかけ、やれやれと美星も玄関に上がる。
今夜は少し、辰乃と話さなければいけない……そして、自分に起こった過去のできごとを少し
一度
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