第26話「おかえりなさい」
泣いてる自分を、見せたくなかったから。
涙を
だが、家に戻っても辰乃がいないのは、とても
「……まあ、そうだよな。元カノに会うのに新妻の手を借りてりゃ、世話ないか」
夕暮れ時に、我が家は闇の中で沈黙していた。
いつもの温かな明かりは、ない。
そして、以前のように辰乃が中で
小さな小さな花嫁は、最後に美星のために力を使ってくれた。
本当の自分を見せてくれた、神々しい姿を
「今日から本当に一人、か。……ちゃんと一人に、なれたんだな」
少し誇らしいのは、強がりだ。
それでも、一つの恋に
だから、ようやく新しい日々が始められる。
だが、そう思う美星の全てが終わった訳ではなかった。
玄関を開けた瞬間、パン! パンパン! とクラッカーの音が響く。点灯した明かりの中から、小さな少女が抱きついてきた。
「おかえりなさいませ、美星さんっ! お誕生日おめでとうございますっ!」
「た、辰乃!? どうして」
「ここはわたしのお
以外にも思えて、当然だとわかって嬉しかった。
あまりに安堵の気持ちが大き過ぎて、美星は言葉を失う。
ただただ、しがみつくように首に抱きつく辰乃を抱き返すしかできない。
だが、そのぬくもりと柔らかさが、とてもとても重かった。
恋する間もなく愛してた。
愛してくれたから、今がある。
そのことを今、ケジメをつけた美星には何より
「ただいま、辰乃」
「はいっ! 美星さん、ちゃんと百華さんに向き合ってくれたんですね。そして……わたしを選んで、戻ってきてくれたんです。それが今、嬉しいんです!」
「答はとっくに出てたんだ……それを言えなかった日々から、辰乃が押し出してくれた。だから、なんというか、まあ……ありがとう」
見上げる辰乃の
そして、吸い込まれそうになる。
そんな気持ちに素直になって、美星が見つめていると……辰乃はそっと目を閉じた。くちづけをねだる彼女の
不意に声が響く。
「そういうのさ、美星……二人きりの時にやってくんない?」
「オヒョー! 駄目ッスよ、ちまりん! 今、すっごーくイイとこッス!」
「
「なんでー? やーだ、嫌ッス!
何故か玄関には、炸裂し終えたクラッカーを持つ莱夏と千鞠がいた。
思わず「は?」と変な声が出て、美星は固まる。
「……何でお前らがここにいる?」
「いやー、たつのんのラブラブお誕生日大作戦を見届けにきたッス!」
「まあ、私も似たようなもんかな。あと……お礼、言いたくてさ。お姉ちゃんに、会ってくれてありがとう。見送れたみたいじゃん」
千鞠がはにかむ。
莱夏はバカみたいに笑ってる。
とても、嬉しい。
二人の間で、辰乃も笑顔だった。
「さあ、美星さん。
「ああ」
「おーっし、メシを食うッスよ! そのあとケーキ! そしてぇ、ガチ対戦ッス!」
莱夏はまるで我が家のように振る舞って、ドスドスと足取りも豪快に居間へとさってゆく。その背を追う千鞠は、ふすまの前で一度だけ振り向いた。
彼女は小さく笑って、
だが、言葉の音が持つ柔らかさが、自然と美星には心地よかった。
「美星、オタクなんじゃん? 辰乃にそういう格好させてさ」
「いや待て、これは」
「……あー、キモッ! キモいキモい! ……ふふ、キモいのに、やっぱり嫌いになれないよ」
「あ、そう」
「何? 感動薄いな、相変わらず!」
言われて初めて気付いた。
辰乃はまだ、
用意した莱夏が、部屋から顔だけ出してニシシと笑う。
「言ってくれれば、ちまりんにも衣装を用意するッスよ!」
「いらないっ! ……あーあ、また髪伸ばそうかな……ね、美星」
それだけ言って、
玄関で
小さな奥さんは、美星を見上げて頬を赤らめていた。
「なあ、辰乃。一つ、頼みがあんだけど」
「あっ、はい! どかてぃさんのことですね」
「うん……あいつ、海の中から探せないかな」
「帰りにちょっと
「あ、いや……うん。ありがとな、辰乃」
「わたしっ、美星さんの妻ですから! もう、すっごい頑張っちゃいます!」
居間から千鞠の呼ぶ声がする。
莱夏が行儀悪く、スプーンで皿を叩いている。
その騒がしくも愛おしい中へと、辰乃と一緒に美星は歩き出した。
自然と手と手が結ばれ、握り合う中に思いを閉じ込める。
こうして今、一人の青年が日常に帰った。
ごくごく普通の、当たり前の恋と、その終わり……まだ若かったから、
別れるため、次へと飛ぶため二人で着地した。
そこから先は一人と一人……だが、美星は
そしていつか、愛した人にもそうであって欲しいと今は思える。
この日、美星は30歳の誕生日を
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