最終話「まだまだ嫁には生えてます!?」
ふと、スマートフォンのメロディで目が覚めた。
暗い中、見もせず頭上へと手を伸ばす。
メールの着信は、
「何だ、いったい……まだ2時だぞ?」
身を起こそうとしたが、そのまま柔らかな重みを感じて身を固くする。
胸の上では今、
彼女の
寝ている彼女を起こさぬよう、美星は静かにそのままの姿勢でメールを開封した。
「空港上空に未確認飛行物体……怪獣騒ぎ? ああ、それで飛行機が遅れてたのか」
昨日のことを思い出すと、自然と
もう、胸の奥の傷は痛まなかった。長らく
あの
元恋人として、振り返ることができる。
彼女は振り返らずに前へと、夢へと向かって進んだ。
自分もまた、新たな日々に歩み出す時だった。
「で……あー、この写真は……辰乃、だなあ」
莱夏の興奮気味のメールには、写真が添付されている。
どう見てもうちの嫁です、本当にありがとうございました。などと返信できる
昨日、自分を助けてくれた辰乃の、真の姿だ。
航空便が全て遅延したのは、どうやらこれのせいらしい。
輪郭の
寝ている辰乃がもぞもぞと動いたのは、そんな時だった。
「ん……ふぁ? 美星、さん?」
「ああ、すまん。起こしたか?」
「いえ、ただ」
「ただ?」
「呼ばれた、気がして」
胸の上で見上げてくる辰乃の、その
そっと
だが、次の瞬間には……美星は異変に「うん?」とマヌケな声を発してしまった。
「辰乃、あの……だな」
「はい。あ……そ、そうですね! こんな時間に目覚めてしまいましたし」
「ああ、うん」
「……また、さっきは駄目でしたし。だから……もう一回、もう一度だけ……今夜は」
「それは、まあ、無理すんな」
今夜は莱夏と
後片付けもそこそこに、二人はこうして布団に入ったのだ。
だが、結局
「それより、な……辰乃」
「は、はい」
「……お前、生えてるぞ?」
「あっ!
「や、それはいいんだが……むしろ、出しといて構わないんだが」
辰乃に触れる美星の肌に、違和感。
普通に考えると、男性にしか生えていないモノがある。
「辰乃……お前、生えてるぞ? ……ヒゲが」
「ヒゲ!? あっ、ああ、これはですね、美星さんっ!」
「
「ひぁっ! ん……ビリビリ、します」
美星が手で触れる辰乃の頬に、針金のようなヒゲが何本も生えていた。それが見えたのは、頭の角がぼんやりと光って明るいからだ。
勿論、布団の中では尻尾が甘えるように
そう、うちの嫁には生えてます。
辰乃は
「ご、ごめんなさいっ! 気が緩んでました!」
「あ、いいけど……他にこう、出しちゃった方が楽なもん、ある?
「い、いえっ! ちゃんと人間の姿でいます! なるべく! ……その方が、美星さんにも……かわいい、って思ってもらえるかもしれないから」
「うん」
「でも、角と尻尾は出しちゃうと楽ですね。っていうか、そのぉ……嬉しいと、出ちゃいます」
張り巡らせたアンテナの用に揺れるヒゲが、すっと消えてゆく。
薄明かりの中で微笑む辰乃が、美星にはこの上なく愛しく思えた。彼女がいたから、過去にケジメをつけることができた。そして、彼女と一緒だからこの先も今を生きて行きたい。そして、二人でどんな未来にも……二人だからこそ、踏み出せる筈だ。
上手く言葉が見つからないまま、そのことを伝えるように美星は目を細める。
とりあえず莱夏への返信は明日にして、もう少し辰乃と朝まで寝ていたかった。
だが、辰乃はよじ登るようにして美星へ額を寄せてくる。
「あ、あのっ! 美星さん!」
「ん? どした」
「あの、昨日……莱夏さんから聞きました! えと、そのぉ……夜の
「あー……すまん、それは別に。っていうか莱夏、明日はきつく説教だな」
「それで、この家に秘蔵してある……薄い本というのがあるといいらしいです!」
「……は?」
真剣な目で辰乃は、大きく
甘やかな雰囲気の夜が、一気に台無しになった。
だが、彼女は大真面目である。
「その薄い本というのは、
「あ、今はな、同人誌ってそういうのじゃないから」
「しかし、わたしにはわかりません……莱夏さんは『薄い本がアツくなる』と言ってました。美星さんっ! これはもしや……何かの暗号ですか? 何か、こう、美星さんがアツくなれるような……わっ、わわ、わたしを……愛してくださる、ような」
思わずおかしくて、美星は吹き出してしまった。
声を出して、笑った。
何年ぶりかはわからない、それすら覚えてない程昔のころ以来だ。
それがまたかわいくて、美星は笑いが止まらない。
「と、とりあえず、待て、待てな、辰乃……ま、まあ……ええと、とりあえずだ。莱夏、明日説教に加えて作業追加だな。あいつめ、はは」
「もーっ、美星さん! 何がおかしいんですか。わたし、気にしてます! その、美星さんと……なかなか、結ばれなくて。わたし、いつも痛くて」
「ああ、気にするなっての。それとな……確かにこの家にその、薄い本? はある」
「ならば是非! 是非わたしに読ませて下さいっ! 妻として、美星さんをアツく
「や、女の子が見るもんじゃないから。それと……俺も少し、それは
きょとんとしてしまった辰乃の頭を、
温かな黄金色の光で、角が二人の顔を照らしていた。
見下ろす美星の視線が
唇を重ねて、そのまま美星は辰乃を抱き締めた。
「辰乃、焦ることないからな? 最近は人間、80や90まで生きるのも当たり前だから。俺なんか、昨日ようやく30になった
「は、はいっ! 美星さん、長生きしてくださいね?」
「ん、そうする。辰乃はまあ、長生きだろうけど……一緒の時間を長く過ごせるよう、頑張るかな。だから、焦るな。それと、薄い本のことはワスレテクダサイ」
「……何で敬語なんですか?」
「い、いや……ダイジョウブ、健全ナ本ダヨー」
「今、嘘つきました! 美星さんが! わたしに!」
でも、辰乃は笑った。
抱き寄せる腕の中で、満面の笑みを咲かせてくれる。
美星の元に突然押しかけてきた花嫁は、今日も愛らしい笑顔で美星を見守ってくれていた。そのぬくもりを全身で閉じ込めるようにして、再び二人で眠りにつく。
こうしてようやく、美星は辰乃の
良き
うちの嫁には生えてます!? ながやん @nagamono
ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?
ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます