大会五日目 最終日 決勝戦

第一回『カクヨム』最強キャラクター決定トーナメント 優勝決勝戦

 東京ドームによく似た闘技場。

 五万人は収容可能と言われている観客席。そこに集った超満員の観客は皆、その時を今か今かと待ちわびていた。


——誰が一番強いのか


 その答えを決めたところで、見届けたところで、観客は誰一人として得をしない。

 だが、割れんばかりの声援を送る観客は皆、一人残らずその時を、今か今かと待ちわびていた!

 五日間に渡る二十三名の——八十六日間に渡る二十一試合の宴の末、勝ち上がった二人が入場するその時を、今か今かと待ちわびていた!!


「皆さま、大変お待たせいたしました」


 突如流れるアナウンス。

 会場はまるで息を引き取ったかのように静寂に包まれた。


「これより、決勝戦を執り行います! 出場選手の入場です!」


 再びけたたましい活動を始めた会場。

 勝つのは『究極のシスコン』か、『絶対的な平和』か。


 優勝決定戦が始まる。




*** *** ***




「これで最後、か。色々あったが、あっという間、だったな」


 やけにスッキリした顔のアザト。前の戦いで、一つの壁を越えた今のアザトは落ち着いた心境で戦いに入っていた。

 相手が鳩だというのも大きい、そもそも戦うというにはやる気が起きない標的な上に、その力で更に戦闘意欲は削がれる。

 これまでの鳩の対戦相手宜しく、彼も呑気に鳩を眺めている。例によって観客が呆けているのもこれまで通りだ。

 つまるところ『日常』。それ自体が違和感とでも言うべきだが、あって悪いものでもない。それをここにいる全ての者が、なんとは無しに理解している。


「ところで、このお祭りをどう締めくくったものか」


 鳩に勝ちを譲っても良いんだがな、そうすると彼女が何と言うか。

 適当な落とし所を模索するアザト。しかし彼は気がついていない。その中に『倒す』ことが含まれていることに。







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






 ここに一羽の鳩がいる。それは只の鳩だ、煮ても焼いても食える鳩。撃てば死ぬ、飼って可愛がれる。血肉を持つ生物なまもの

 その横に、もう一羽の鳩がいる。それも只の鳩。けれどそれには血肉はないし、飼うことも出来ない。


 二羽の間に違いはない、けれど違う生き物。人間と、『よく出来た人形』は一見同じではあるが、本質は違う。

 大会に現れた鳩は後者なのだが、ここまでは良い。鳩の人形であれば。


 しかしながら、それがまさか魑魅魍魎が交錯する戦場で生き残れる筈もない。

 ひょっとしたらば、彼に出会った一人の探偵は何かに気がついていたかもしれない。あるいはそれを前にした全員が、核心に触れながらも理解できていなかっただけかもしれない。

 只の鳩、に酷似した人形。それがこの鳩、しかしその内にはもう一つ『意味』がある。

 そもそも、その鳩が誕生した場所でそこまで緻密な模型を作れるものはいない。いいや、人の手で生命を作り上げることは不可能だ。あの鳩は『模造』ではなく、『ゼロ』から生み出されたもの。

 そんなことが出来るのは『神』しかいない。


 ではその神とは何か。人々が夢想する万能の化身、そういったものが世界にあるか。それは不明だ。そして『あれ』はそういうものではない。

 

 地球は一つの『箱庭』だ。そこには秩序が存在し、大きなうねりの中で明滅する生命のよすがだ。

 しかしながら、それは人間にとってはあまりにも脆すぎた。簡単に崩せてしまう砂上の楼閣である。

 そして人は強すぎた。それは時には時空を越え、また時には生物の枠を超え。やがてある時、『神』を越えた。

 それは地球に留まらぬ、世の理が揺らぐ一大であった。


 『神』は慄いた。恐怖した。人を、心から怖いと思った。人ならざる、心持たぬ概念が、一個の生命を疎んだ。

 だから神は、『平和』を一個の概念とした。その概念は人の心に根付き、支え、蝕んだ。

 人は平和を、自分の内から放したがった。生物としてのありかたを否定する感情を嫌悪したのである。

 故に多くが手放したそれは、ある殻を以て再臨した。


 それが『今』は鳩なのである――。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






 開始から数分が経過し、未だアザトは悩んでいた。


――ねえ。


「む?」


 いつもの彼女の問い掛けだが、少し違和感がある。


――『あれ』は良くないよ。


「あれ?」


 そうだ、いつもより『苛立っている』


――だからね、任せてよ。


 何を?と思うよりも先に、変化があった。

 目の前の鳩が、こちらを見ている。ぼんやりその方を、とかではない。確実に凝視している。こちらをしている。


……ふうん、こっちから仕掛けないと駄目なのかな。


「おい、何をする気だ――」


 眼前が闇に覆われ、そしてそれは変わることがない。否、『そういう場所』に来たのだ。

 果てしなく、そして360度が暗闇。


「宇宙に来ることなど、二度とないと思っていたのだが」


 呟きながら、しかし自分が凍り付く、破裂するなどの心配はしない。

 その程度には、彼女は信頼できる。


……うん。大丈夫。死なせたりなんか、しないんだから。


「ところで、場外は反則負けだったと記憶しているが」


……それも大丈夫。


「そうか。……ッ!? 明かりか?」


 今度は急に明るく、というよりも前の明るさに戻った。

 見ると変わらず会場の中で、観客もいる。照らしているのは会場の照明だ。しかし何かおかしい。


……『ここだけ』宇宙なんだよ、暗かったのは電気を送るのが遅れたから。


 会場ごと、戦場を宇宙に移した、といったところか


……そうそう。


「随分と手間のかかることをしたな」


……そうしないと反則負けでしょ?そんなの嫌だもの。


 これの方が何倍も大変だと思うのだが……。


「ここまで手間をかけた理由は?」


……見れば分かるよ。


「なにを――」


 確かに分かった。一目瞭然とはこのことか。鳩が变化していた、恐らくたった今変わったのだろうが、その瞬間は見逃した。そして何故変わったのか、そして何故変わったのか。身に覚えがない。


「おい」


……なあに?


「どうするつもりだ?」


……あれを殺すの。『根っこ』も一緒に。


 どういう意味だ?


『そこな少年、そしてまつろわぬ者よ。鉾を収めて下さい』


……嫌だよ、寧ろそっちが消えてくれない?勝手に人の――に手を出さないで。


 何か大事なことを聞き逃した気がするが、置いておこう。

 その言い方は願望めいた誤解をしても良いのかと期待してしまう。いや、今はそんなことを言っている場合ではない。


「相手は平和の使者様だ。悪党の俺が優勝するより歓迎する者は多かろう」


……うん、そうかもね。けど、『あれ』は駄目。ああいうのは『平和』って言わないの。


「平和は平和だ。どんなものであろうが平和には違いない」


……あんなのに貰う理由は無いってこと、アザト君の平和なら特に、ね。


「同感だ」


『鉾を収めて下さい――』


 あれは同じことを繰り返すばかり。


……出来の悪い人形だね。けど、すぐに壊してあげる。


「同感だ。有機体なら殺す。無機物なら壊す」


……そういうこと!


 つまりは、これまでと何ら変わらぬ、いつも通りの悪鬼の所業。




*** *** ***




「鳩、いや、その後ろにいる、平和を望む者。殺す前に、言っておくことがある」


 敵意を、悪意を、戦意を飲み下し、一ノ瀬アザトは努めて透徹した風に、問うた。


「そも、『平和』とは、なんだ?」


 辞書的には、戦争や内戦で社会が乱れていない状態のことを指す。だが、それはいわば「戦争」や「内戦」の対義語としての、平和の『意味』に過ぎない。


「俺が生きていた『平和な時代』も、分かりやすい『闘争』がないだけで、問題を表面化させないための悪辣な創意工夫を凝らした、理解に苦しむ不文律に支配された陰湿な『闘争』は常に起こっていた」


 アザトが問うのは、概念としての、あるいは信仰としての『平和』の『意義』。

 平和学なる言葉を好む者たちの分類に近づけるなら、『消極的平和』と『積極的平和』の違いと換言しても大きく外れてはおるまい。


「むしろ、その陰湿で理解しがたい法則ゆえに誰も信じられず、全てに警戒せねばならないあの場所を、ただ銃弾が飛び交わないというだけの理由で、凶刃を振るう者がいないというだけの理由で、真に平穏な場所であったとは認められない」


 善悪の話をしよう。


 善も悪も、相対的な主観に基づく判定に過ぎない。

 絶対的な善は存在する、と言いたげなあなた。それは、どんなものだろうか。

 人から盗んではならない? 人を殺してはならない? 人を騙してはならない?

 それは道徳か、倫理か、社会通念か。

 そんなものは、多数決の結果に過ぎない。

 社会を維持するために用意された道具に過ぎない。

 社会という軛を取り除いた、『本質』において、善悪という概念は、存在しない。


「あの場所に比べれば、俺にとっての『現実』に比べれば、この血と汗けぶる一見野蛮なこの場所の方が、余程『平和』だ」


 たとえ話をしよう。

 使い古されたたとえ話だ。


 ここに一人の、おなかをすかせた子供がいる。

 あなたには食べ物に余裕があり、分け与えれば容易に子供を救える。

 心優しいあなたは食べ物を子供に与え、子供の命を救った。

 ……のちにあなたが助けた子供は、無数の人を殺したという。


 腹をすかせた子供に物を食べさせるのは善行だ。

 だが、あなたが子供を殺すという決断をしていれば、無数の人が死なずに済んだ。

 あなたの善行は、本当に一片の悪も孕んでいないのだろうか?

 逆に、その未来を何らかの方法で知ったあなたが子供を殺したとして。

 その悪行は、本当に一片の善も孕んでいないのだろうか?


「そしてお前の言う『平和』に、俺は『現実』と同じ腐臭を感じるのだ」


 正義の話をしよう。


 正義も不義も、相対的な主観に基づく判定に過ぎない。

 敵には敵『なり』の正義があると口にすることはたやすい。

 だが、それを真に認めらるものがどれほどいるだろうか。

 自分たちの正義もまた、自分達『なり』の正義でしかないと。

 彼等にとっては、自分達こそが許しがたい悪であると。

 善悪など視点の違いから生じる見解の相違に過ぎないなどと。

 自分が善と信じていることが、ただの視野狭窄による偏見に過ぎないなどと。

 そう、正しく『認める』苦痛を受け入れられるものが、どれほどいるだろうか。


「お前の都合で、お前にとって都合のいい状態で社会を静止させるために、『平和』という言葉を飾っているように思えてならないのだ」


 絶対的な正義、善が存在しないのなら、平和という安定は、力関係の固定以上の意味は持たない。ある一つの、最強の価値観による支配以上の意味を持たない。

 ならば闘争は、固定化された力関係への問題提起という役割を背負っているのではないだろうか。価値観の多様性を保つための、劇薬としての役割を。


 平和が安定をもたらすなら。

 闘争は不安定をもたらす。 

 互いに理不尽を理不尽で塗りつぶすのが闘争なら。

 誰かが一方的に理不尽を塗りたくり続けるのが平和。


 誰かが正しいと認めている、正義、善こそが己を虐げる。

 そして、それは平和という安定によって固定されている。

 そんな理不尽を、平和を、何故正当化できる?


 そして一ノ瀬アザトが平和を憎むに、その『理不尽への嘆き』は十分すぎた。

 一ノ瀬アザトが『それ』を殺すに十分すぎるほどに、『それ』の望む平和はアザトの憎む平和と重なりすぎていた。


「それは俺の感性に過ぎない。独断に過ぎない。偏見に過ぎない。故に、俺は俺の決断に正義を飾らない。悪を飾らない。ただ一身上の都合により、お前を殺害する」


 それはもはや悪意ですらなかった。いや、善悪などという区分はもはやアザトの中に存在しない。善悪など、『他人がそれを見てどう感じるか』という第三者の主観の多数決の結果でしかない。そう、アザトは認識している。


 それはもはや戦意ですらなかった。戦うなどという言葉は飾らない。相手の理不尽に己の全てを賭して抗うとも聞こえてしまう、好意的な解釈の余地を残さない。


 それは、ただの、透明な、どこまでも純粋な、殺意。


 その殺意を受け、光の鳥は、あろうことか先制攻撃を放った。


 浄化の炎で、一ノ瀬アザトを包んだのである。


「無駄だ。俺に戦意など最初からない。善悪は主観に過ぎない。今の俺に、浄化される要素などありはしないのだ」


 光の鳥は、あるいは、怯えていたのかもしれない。

 その主も、光の鳥を通してアザトを見ていたのなら、恐怖したかもしれない。


「平和とは尊い。そこに反論の余地はない。では、何故尊いのか。尊いとはすなわち情動だ。情動そのものを理路整然と説明することは難しいが、何故平和を情動が希求するか……分かるか、鳩、そしてその主」


 それを想像してか、嗜虐的な笑みを浮かべてアザトは謳う。


「お前が押し付けようとしている平和と、平和という言葉を知った人間が求める平和は、本質的に異なるのだ」


 光の鳥は最大級の炎でアザトの浄化を試みる。が、アザトの表情は変わらない。


「人間はあくまで自分本位に、傷つきたくないから、疲れたくないから安寧を、平和を求めるのだ。さらに言えば『自分に有利な』平和を求めるのだ」


 どこまでも邪悪な笑みを浮かべ、ゆっくりと近づいてくる悪鬼羅刹に、何故、光の鳥が手も足も出ないのか。『悪』相手なら、無敵の二文字こそ相応しいはずなのに。


「お前が相手でも同じこと。お前に対して有利な状態で闘争を終了し、お前に対して人間が優位に立つ状態を『維持』すること。それが人間にとっての『平和』だ」


 答えは簡単だ。

 悪、などという絶対的な価値観がないのだから。

 悪に対して無敵であっても、その悪がそもそも存在しなければ意味はない。


 アザトは事実を拡張すらしていない。ただ、淡々と事実を述べているだけ。

 誰もが、程度の差こそあれ自分本位であるという、それだけの事実を。

 厭世的にでもなく、好意的にでもなく、無慈悲で無感情な事実として。

 まるで数学の式を展開するように、作業的に、しかして能動的に。


「それを悪と呼ぶには、お前もまた人間と同じく自分本位だろう?」


 それこそが、神(とここでは呼称する)の誤算であった。

 神もまた、人間によって自分が脅かされることを恐れ、『平和』を与えて、人間が自分と並ぶ、あるいは上に立つことを防ごうとした。自分が相手より上位にある状態を維持しようとしているという意味において、人間と差異のない行為だ。

 神は、少なくとも『それ』は、その意味において、既に人間の上位存在などではなかったのである。


「その傲慢さを償え……!」


 一ノ瀬アザトの手が、光る鳥に、触れた。


……いくよ。


(ああ。行こう)


 情報攻撃。

 一ノ瀬アザトと、―――――の持つ、究極の攻撃手段。

 その、『絶対』という、どうしようもない壁を越えてしまった文字通り理不尽な現実改変能力により、世界ごと書き換えて対象の存在を抹消する一手。


 その手に、光の鳥が、否、その背後の『それ』が耐える!


 いや、耐えるという表現は正しくない。


 情報攻撃を防ぐことは不可能だ。真正面からの力比べでは、理不尽の一言がよく似合う『彼女』の現実改変能力に対抗することは出来ない。

 だが。

 情報のバックアップを拡散させることで、処理能力を探索と抹消の両方に割かせることで抹消に使える処理能力を半減させ、逃げ延びることは可能かもしれない。バックアップがあれば自分を再構築できる能力を、別途必要とはするが。


……逃がさない。


(ああ。手繰り寄せる!)


 所詮、処理能力が有限であれば、の話でしかないのだが。


……『それ』が造物主であった場合人類そのものを連結する情報として削除する必要があるけど、それじゃだめだよね。


(肯定。人類の定義ごと改変する)


……宇宙の創造主だったら?


(同上。宇宙の定義を改変)


……時間を司る神なら


(時間を再定義)


……空間


(再定義!)


(再定義!)

(再定義!)

(再定義!)





 凄絶な厳密零時間の経過した後、そこには、前と変わらぬ世界が、否、変わらぬ『ように見える』世界が、在った。


(まるで宇宙創世だったな)


 己の行動を俯瞰し、アザトは小さく溜息をついた。


……どう? 神様になれた気分は。


(そんなものになった覚えはない。だが、よかったのか?)


……何が?


(平和の概念を、残してしまって)


……だって、アザトくんには傷ついてほしくないもの。


(平和が尊い理由、か。そこを抉り出すと、まるで尊いと思えなくなってしまうが)


 『彼女』もまた、超越者ではありえない。能力という意味ならば確かに絶対を超越した者ではあるが、しかして人間と変わらぬ自分本位さを持つ彼女は、やはり人間から大きく離れた存在ではない。


「試合終了。勝者、一ノ瀬アザト」


 たった今生まれ落ちたばかりの、いや、生まれ変わったばかりの世界で、最初にアザトが聞いたのは、無機質なアナウンスの声だった。


(ところで)


……なに?


(負けて元の世界に帰る計画が頓挫してしまったのだが)


 一ノ瀬アザトと守護霊は、2人仲良く途方に暮れるのであった。




*** *** *** 




白い鳩の後日譚はこちらから!

https://kakuyomu.jp/works/1177354054883956941

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る