大会四日目 準決勝
準決勝壱試合目 ブラック・ヒーター VS 一ノ瀬アザト
準決勝、そこまで上り詰めた勝者は四人(?)
しかし、真の勝者となるにはあと二試合勝たなければならない。
トーナメント表を見る限り、二試合目のどちらが勝ち登っても決勝においてブラックの相手には取るに足りなさそうなので、ここが正念場となりそうだ。
「あまり言葉を交わす主義ではないのだがな、少し話をしようか」
そこには何故かもの凄い疲れた顔をしているブラックがいた。
観客を含め、何があったのだろうかと思ってしまうほどに。
しかしそれでも顔は至って真顔で、強い変化は感じられない。
「何が話したい?」
乗ってきたアザトにブラックは軽く首を縦に揺らす。
「ふむ、お前の過去、能力、その他全てを読み込んだのだが、中々に興味深い内容がはいっていたものでな」
「……」
アザトは警戒色を現してくる。当然だろう。人の記憶に踏み込んでいい顔をするものはいない。
「俺には感情がない。故に愛されていることまでは分かっても、愛することがどのようなことか分からない。そしてお前は姉に愛され、姉を愛しているようだな」
「ああ」
「俺にも血は繋がってないが姉がいる。そしてその姉は俺を異常なまでに愛している」
自分で言うのもなんだが、事実は変わらない。セリスは昔から平然とブラックを愛し続けている。
「だが聞きたいのはここからだ。お前は殺してと懇願されて、愛しているにも関わらず姉を殺したそうだな」
「そうだ。俺は、最愛の姉を殺した外道だ」
「そうか…………俺は愛を人の持つ感情面な本能の一つとして捉えている。けれど、お前の愛はよもや使命のようだ。勝手なまでの解釈で悪いが、お前にとっては愛とはどんな形をしているのだ? 中には殺しに生きがいを覚え究極の愛だと語るものもいるし、一つのものにこだわることが愛だと語るものもいる。人それぞれ故に知らぬ俺は攻めることはない、だからこそ知りたいものだ」
「それを知って何になる?」
「ただの知識欲、存在価値の追求、生命体における科学では証明しきれぬものへの憧れ。俺の数少ない嗜みだ」
聖賢者でありながら、研究者としての一面も持つ。顔はそれだけではないが、ブラックの持てる欲の中で一番大きいのは事実だ。
「俺は……」
アザトは少しだけ悩み込む。
隙がとてつもなく空いているが、そこを攻めるような性格はしていない。ブラックは答えを待った。
しかし、答えが返る前に事は起きた。
光が差す。強き光。
それはブラックが出したものでもアザトが出したものでもない。
瞬く間に焼けるような強烈な光は闘技場を飲み込み、そして繰り出した本人がブラックの目の前に現れる。
「なっ……!!」
「よかった、ブラックは無事ね。少々緊急事態よ」
焦りながら、それでも乱しはせずはっきりと言葉を繋げる。
その神々しさと美しさ、誰もが見とれるような神のような神を超える存在、エルティナだった。
彼女はブラックの肩を掴み、確かに意識はあると確認を行う。
そのあまりのことに、実況者も観客も相手もポカンと口を開けて呆けている。
「何が起きたんですか、エルティナ様」
「嘘じゃないわ、よく聞いて……セリスがまた鬼神の制御に失敗したわ」
「は?」
「やることは分かっているわね?」
それは予想だにしない最悪の勧告だった。
制御の失敗=鬼神の誕生そして世界の滅亡であるからだ。
何故使ったのかも理由が思い浮かばないが、取りあえずもの凄いまずい事態だ。
「どこにいるんですか?」
「教えたところで無理よ。前回の支障が残っているから、今の私にもあなたにもセリスを押さえつける力が足りないわ。だからこの世界ごとセリスを因果の彼方へ吹き飛ばす。その間あなたは先に脱出してアルカエアに援護を求めなさい」
「それは姐さんごとこの世界を見捨てろと?」
「そうよ」
堂々と放たれた言葉は、嘘か真か、聞くもの全てがそれぞれが困惑している。まるで冗談のように聞こえるが、当事者の二人のあまりの真面目さに誰もが嘘だとは言い張れなかった。
しかしブラックはすぐに首を横に振る。
「エルティナ様、それは出来ません」
「どうしてかしら?」
「世界はともかく、姐さんは俺の家族です。見捨てることなど愚の骨頂です」
「だとしてもどうするつもり?緊急事態過ぎて策がないわよ」
セリスの持つ鬼神の力は真っ正面から立ち向かうにはブラックの持つ鬼神の力でかろうじて止められるか否かだ。エルティナは身を守ることが出来ても鬼神に攻撃を与えることは出来ない。
「…………いや、一つ方法があります。少々手荒ですが、ここにはたくさんの強者がいますからね、この程度大丈夫でしょう」
「……聞かせて」
「この場から姐さんの意識を奪い取り、俺の持つ意識と交換させます。そうしたら後は俺を倒せば良いだけです」
「そしたらセリスは意識を失うけど、代わりにあなたの鬼神の力が発動するわよ」
「姐さんのよりはずいぶんと対処が楽なはずです。俺に宿るのはただの肉体だけですから」
「それは言えてるわね……おまけに劣らずの強者がいる、か」
エルティナは渋々だが少し考え込んで納得したようだった。
彼女もまたセリスを見捨てるようなことはあまりしたくないのだろう。
しかし、鬼神になれば観客に被害が及ぶのは避けられないので、この大会は敗北となることだろう。それでも、セリスを救う方が優先だ。
「分かったわ、準備しないさい。取りあえず鬼神の能力以外は縛れるから縛ってあげるわ。それと、そこのゴミクズみたいなもの」
ゴミクズと呼ばれたのはアザトだった。何ともひどい言いようだが、実際そう思っているらしいので仕方が無い。
彼はエルティナをまじまじと見つめる。
「な、なんだ?」
「聞いてたでしょ、全力でかかりなさい」
「あ、ああ」
アザトは強制か、頷く以外になかったのか、ぶんぶんと首を縦に振った。
審判は訳分からないというような顔をしてたが、試合続行という形でエルティナが強制的に納得させると、改めて試合が始まることとなった。
◇
そうして数分後、意識の交換が済んだ暁。
闘技場にはアザトと、鬼神に乗っ取られたブラックの姿がそこにはあった。
抜け落ちたような白い髪、目は赤く染まり、体は痩せ細った身から筋骨隆々と似ても似つかない容貌へと変わっている。手には禍々しいオーラを放つ七剣フィリアスを持ち、魔導服から頑丈そうな鎧へと替わっている。
そしてすでにブラックの自我を失っていた。
『こうして数年も経たずにまた再会できるとはな、エルティナ』
声が力となり、観客席が崩れ始める。
「感謝しなさい、できるだけ弱くして復活させてあげたわ。今の体なら本来の一万分の一の力も発揮できないんじゃないかしら?」
エルティナは闘技場の上に浮かんで、アザトに超絶強化する神の力を一時的に施している。そのため、鬼神の声程度では体は傷ついていない。
『確かに、だが、やることは一つ。全てを壊す』
鬼神が足踏みをする。すると、大地が割れ、観客席が二つに分かれ、地下何百キロとも言うクレバスが出来上がった。
「これ本当に倒せるのか?」
アザトがエルティナに問う。
「生き残りたければ、全力で倒しにかかりなさい。一応私の援護してるからすぐには死なないわ。でも一応世界を元に戻すために力を残しておくけれどね」
「負けたらどうなる?」
「ブラック……鬼神が暴れて世界が崩壊するだけ。後は力を失ったブラックとセリスを回収するだけね」
それはとても他人行事みたいな言い方だった。
まるで世界も人もどうでも良いような。まあ世界を戻すというあたり多少なりの責任感はあるようだが。
『話は終わったな、では行くぞ』
声だけでアザトの後ろの観客席が完全に瓦礫となった。
だが彼は意を決して目の前の相手に立ち向かうのであった。
*** *** ***
「異世界に飛ばされて、世界の命運をかけて鬼神と戦う? ……やれやれ、転生モノの勇者様にでもなった気分だぜ」
余裕ぶって嘯くアザトだが、しかしてその実余裕はあまりない。
先ほどから、守護霊の応答がないのだ。
そう。エルティナという何者かが神の力とやらを貸してくれた時から。
(どうなっている……彼女の声が聞こえない)
今アザトの体に満ちる力、それがあれば十分に戦えるだろう。守護霊の加護は必要ない。そうアザトの理性は断ずる。だが。
「早くしなさい! 何をもたもたしているの!」
アザトは、眦を決してエルティナを見上げた。
「エルティナと言ったな、今すぐこれを解除しろ。事情を説明している時間はない」
「はぁ!? 何を言って……」
鬼神を目の前に、神の力を捨てて一介の人間に戻る。それがどれほどの愚行か。
「時間はないと言った!」
それを知ってなお、アザトは決然と吼えた。
エルティナによる肉体強化が解除された直後、アザトの肉体は鬼神の力の余波によって、血煙すら残さず消し飛ばされた。
アザトの、目論見通りに。
……え!? どうして!?
目論見通りに、繋がった。何故彼女が自分を見限ったのかは、アザトには分からないが、少なくとも、もう一度話をすることは出来る。
(さすがに俺が死ねば、動揺すると思った。分の悪い賭けだったが、な)
……どうして、そうまでして私に拘るの? あの人からもらった力で戦えばいいじゃない。私はいらないでしょ?
拗ねている。それは伝わってくるが、何に拗ねているのか、アザトにはよく分からなかった。アザトにとって自分が力だけの存在だとでも思っているのだろうか。
(そうだな。神の力、僅かな時間だったが、その凄まじさは伝わった。確かにあれなら、戦うことは出来るだろう)
……だったらそうしてよ。
力ならば確かにあれで十分だった。だが、アザトが必要としているのは、アザトが彼女に求めているのは力ではない。力では、ないのだ。だから。
(だとしても、俺が求めるのは、お前だ)
……なんでよ……。
(さあな。理由は分からん。ただ、願いの叶う権利だの神の力だの、そんなものより、俺はお前が欲しい。俺は、お前を望む。俺の隣に、いてはくれないか)
アザトにとって彼女とは、何か、かけがえのない存在なのだ。何故そう思うのかは、アザトにも分からないが。
……うん。
(行こう。鬼神が、待っている)
闘技場の世界に戻る刹那、アザトは、彼女が誰であるかを思い出した気がした。
肉体が再生された直後、上を見上げたアザトはエルティナに尋ねた。
「どのくらい時間が経った?」
「0.1秒ってところかしら。それにしても愚かね。神の力を捨ててまで、一人の女を求めるなんて」
憫笑するエルティナに、しかしアザトは不敵に返した。
「悪いが実利で女を選ぶほど落ちぶれてはいないつもりでな。まあその実利でも、俺の相棒は最高だってところを見せてやるさ」
そう言ったアザトを敵足りうると認識してか、鬼神が振り返る。その剣が大地ごと彼を両断せんと振り上げられた時には、アザトは鬼神の内懐に踏み込んでいた。
右肘打ち、右裏拳、左正拳、左蹴り上げ、震脚と同時の右正拳の連打で、鬼神が人間であれば即死していたであろう急所を貫く。いや、そもそもその連撃自体が、厳密零時間のうちに行われた、速度換算で無限速度の連撃。物理学の範疇で語るならば無限大のインパクトを与える、理論上は宇宙を粉砕する一撃の連環套路。
『……人間か?』
「ただの人間さ。愛の力で少しばかり強くなってるが、な」
鬼神の問いに柄でもないことを返しつつ、アザトは一度間合いをあける。
流石に原初の神の肉体。生まれたての偽神の力、それもそのごく一部のみを用いた偽りの奇跡で得た、ただ威力の数値だけが大きい攻撃で倒せるほどたやすくはない。
では攻撃の次元を上げて時空間ごと破壊するか。
有効な手段ではあるだろう。鬼神の肉体も3次元に収まる存在ではあるまい。ならば相手の存在次元を上回る高次元攻撃による攻撃は至当。
だが、それは決定打ではない。攻撃手段自体を見直すべきだろう。
ならば、情報攻撃か。
対象を構成する情報と対象に連結する情報そのものを削除することにより、対象を滅する、語弊はあるが、謂わば現実改変による存在消失攻撃。あれならば、いかな鬼神と言えど厳密零時間のうちに葬ることができるだろう。
対敵がそれに対して現実改変で対処してくるのなら、現実改変能力の力比べということになる。そうなれば勝利は確実だ。本来『絶対に』書き換えることの出来ない自分自身を書き換えた彼女の現実改変能力は、文字通り『絶対を超えている』。絶対という覆しようのない壁が、彼女と彼女以外の間に立ちはだかる。勝負を託すに、これほど正しい、選ぶべき手段があろうか。
……でも、嫌なんだよね?
たった一つ、それを使いたくないというアザトの心情を除いては。
(数少ないシスコンの理解者だ。是非もない。鬼神の戦意を徹底的に奪うため、あえてもっとも効率の悪い戦闘を行う。そのうえで圧倒する)
……うん。アザトくんの望むままに。私の力は全部、アザトくんにあげるから。
「エルティナ、奴の封印を解放しろ」
「そんなことしたら……」
「俺は鬼神の戦意を折る。二度と復活しようなどと思わないように、な。そのためには、封印さえなければなどと思わせてはならない。全力を以てして、人間如きに敗北したと思わせる必要があるのだ。……それは、お前の利益でもあるだろう」
「ああもう、ぐずぐず話してるうちに世界を元に戻すギリギリまで力使っちゃったじゃない。……知らないからね」
吐き捨てるようにエルティナが封印を解く。刹那、鬼神は23の魔法を即座に発動し、己の肉体を凄まじい倍率で強化する。それこそが、アザトの狙いだった。
「全力で来い鬼神、これからお前を折るのは、たった二人の人間の意思だ!」
(時間軸をずらせ。厳密零時間に無限回の打撃を叩き込む。奴がこちらの時間軸に追随してくるなら、逃げきれ。奴が対処してくるようなら、全て潰せ。頭の悪い力押しだが、ついてきてくれるか?)
……勿論。ねえ、アザトくん。
(何だ?)
……愛してるよ。
(どうやら、俺もそうらしい)
直後のアザトの動きは、またも厳密零時間のうちに行われた。杖による守護霊の加護の破壊は、間に合わない。時間をどれだけ操作しようが、時間を定義する時間軸そのものを操作して動くアザトを捉えることはかなわない。
アザトにとっては永遠にも等しい時間。アザトは殴り続けた。
対敵の防御は万全であった。装備においても、能力においても。だから、アザトはその主観においては長い時間をかけてそれらを一つ一つ 捻り潰す。
どんな抵抗も無意味だと、鬼神に思わせるために。
それは根競べだった。アザトが諦めるか、それとも、鬼神が、折れるか。
結論から言えば、アザトは敗北した。
鬼神に、根底から敗北を認めさせることは出来なかったのだ。
だが。確かにアザトは、鬼神を倒した。
「終わった、か……」
永遠にも等しい厳密零時間が経過したのち、立っていたのはアザトだった。
その傍らには、既に鬼神の姿を失ったブラックが、眠るように倒れていた。
「無駄な意地を張って余計な労力を使った気分はどう? ゴミクズ」
「彼に伝えてくれ。これが俺の、愛の形だと」
答えにならない応えを返すアザトの顔は、晴れやかであった。
*** *** ***
ブラック・ヒーターの後日譚はこちらから!
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