毒梨林檎 VS 人間の触覚
「強さとは何でしょうか?」
「このカクヨム最強トーナメントは文字通り最強を決める戦いです。しかし、そもそも最強とは何なのか、は三日目の今まで曖昧なものでした」
「今まではなんだかんだで、物理的な強さが示されてきました。搦め手を使ったり、自分の得意分野に持ち込んで戦う。という者もいましたが……」
「そのどれもが前提に物理がありました。相手を戦闘不能にし、そして自分が勝ち上がる」
「しかし、ここで出会ったのは一般人と探偵。どちらも物理的な戦いを望まないものです」
探偵、毒梨 林檎は、試合が始まる前の時間に、淡々と話している。その手には一切の武器は無く、ポケットにも見当たらない。
「どうでしょう? ここでちょっと形式を変えて、「知能」で戦ってみるというのは?」
探偵は、そこにいる一般人に問いかける。彼女の対戦相手である、人間の触覚選手だ。
「まあ、確かにそっちの方が俺的にもいいですね。具体的にはどんな感じです?」
「なに、簡単な事です。私が簡単にミステリーの問題を出しますから、あなたにはそれを解いてもらいます。そうですね……大体、このドームがライトアップされるのが午後7時ごろ。今は四時十五分ぐらいでしたっけ」
「丁度いいですね。このドームがライトアップされるまでに、私の問題を解けたらあなたの勝ち、逆に、解けなかったらあなたの負けって事で……」
「勝者に、この試合の勝敗を決めてもらう事にしましょう」
探偵が定めた条件の意味は、一般人の彼にもすぐにわかったらしい。彼も彼女もどちらも、戦いを望んではいない。つまり、この勝負。
勝った方が負けるという事だ。
「ええ、自信は無いですが、それで行きましょう。よろしくお願いします」
冷ややかな緊張が、会場を包む。そして、嫌に機械的な音が聞こえ、
「大変お待たせいたしました。四時二十分。既定の時刻になったため、試合を開始します。……また、お二人の会話をくみ取って、今回は特別ルールで行います。そのため、試合毎トトカルチョは無しという事に……」
とのアナウンス。それを聞いた人相の悪い一部の観客達からは、「ふざけんな!」という歓声混じりの怒号が飛んだ。そして、
「試合、開始!」
審判の声と共に、観客の騒音が最高潮になり、試合が始まった。
「それでは、出題します。題して、「フルーツバスケット」」
「まず、事件は一つの館。その広間から始まります」
「広間には、客人のAさん、Bさん、Cさん、Dさん、医者のFさん、探偵のGさんの六人がいます。全員のんびりしてますね」
「ちょっと多くてわかりづらいな、減らせないか?」
「減らしますよ、これから」
彼女は嫌にニヤついた笑みを浮かべると、話をつづけた。
「さて、そんななかにこの館のメイドであるEさんが食事を運んでくる。全員はテーブルにつき、Eさんが持ってきた食事を食べた」
「そして、なんという事だろう。客人の一人である、Dさんが、突然苦しみだした。皆が駆け寄って声をかける中、Dさんは息絶えてしまった。医者であるFさんがが検死したところ、毒殺だった」
「メイドが犯人だな!」
「まあ、そうなりますよね。さて、それを受けた六人は疑いの目をメイドであるEさんに向けます。ですがまあ、すぐに全員に向きます。毒を入れるチャンスがあるだとか、毒を所持できるだとか。ちなみに、Eさんのほかには、Aさん、Gさんが毒を入れるチャンスがありました」
「さて、そんな疑心暗鬼の惨状に耐えきれなくなった三人……Aさん、Bさん、Cさんが席を立ち、自室へ向かいました。「俺は犯人と一緒にいられるか! 自室へ戻らせてもらう!」っていう風に」
「あ、この三人死んだな」
「はい、お察しの通りなんですが、まあそれは後ほど。取りあえず、残された三人はこの後ずっと広間にいることになります。……が、まあ、不自然ですね。三人で人生ゲームでもしてたことにしましょうか」
「人生の終わりを見た後に人生ゲームをやるのか……」
「確かに、言われてみれば不謹慎ですね……。取りあえず、事件に関係のない話は置いておいて。大体20分後ぐらいの事です。メイドであるEさんがAさんに、コーヒーを運びに行きました」
「しかし、Eさんがいくら扉をたたいても、Aさんの部屋から反応は無し、Dさんの事もあり、EさんはFさんとGさんに応援を要請。Gさんがドアを蹴破りました。すると……」
「中にはAさんが倒れていました。Eさんが悲鳴を上げ、Fさんが駆け寄ります。Aさんは既に息絶えており、死因は毒でした」
「さて、ここで勘のいいFさんがあることに気が付きます」
と、出題者が言うと、それに反応するように、回答者、対戦相手が言葉を出した。
「……悲鳴を上げたのにBさんとCさんが来ていない事?」
「お、するどい。その通りです。疑問に思ったFさんは腰が抜けているGさんではなくEさんにCさんの様子を確認するように指示。FさんはBさんの様子を確認しに行きました」
「それぞれの部屋の前に立ち、呼びかけてみても反応は無く、鍵が掛かっていました。そのため、ドアを蹴破り、中へ侵入しました。すると……」
「BさんとCさんが頭から血を流して倒れていたそうです。Gさんもこの後二人の死体を確認し、殴打の跡が確認できました。Fさんの検死によると、二人とも死因は撲殺であったそうです」
「さて、三人はこの事件が所謂「密室殺人」であることに気付き、各部屋の探索を始めました。大体の密室殺人は現場に何か重要な証拠品があるものです」
「そして、三人による懸命な捜索の結果……Aさんの現場からは「メロン」と「ピアノ線」。Bさんの現場からは「イチゴ」と「アルコールランプ」。Cさんの現場からは「バールのようなもの」と「ぶどう」が見つかりました」
「大分色とりどりでおいしそうな事件だなー……あれだ、林檎が入っていないあたり、やっぱそういうの気にするんですね貴方」
「やっぱり事件に自分の名前を使うのはちょっとね。……さて、ここでGさんがあることに気付く。そういえば、私達が食べた食事の中にはおいしい「桃のタルト」があったではないか! おそらく、Dさんはそれに入れられた毒によって殺されたのだ! ってね」
「それは各人にそれぞれ切り取られて配られました?」
「いいえ、桃のタルトは大皿に乗せられていて、そこから各々切り取って食べる方式のデザートでした。もちろんすべてがそうという訳でなく、各人にそれぞれ与えられた料理もありましたがね」
彼女は、その言葉を言い終わると、周囲を確認した。大体言い終わるのに十分ほどだっただろうか。おそらく、考えるのに十分な時間はあるだろう。
「さて、こんなところです。一体、四人を殺した犯人は誰なのか。三人のなかに犯人はいます。当ててみてください」
*** *** ***
平和だ。この人もきっと何か事情があって今この場にいるのだろう。可哀想に。だけどこの試合、負けなきゃならない。相手も負けたいはず、問題を解けば俺が負けられる。こういうのは苦手なんだよなぁ。やってみるしかない。前の試合よりは何倍もましだ! トラウマも残らないだろうし、思い出そうとすると目の奥が痛むなんてこともない!
とりあえず
「最初からもう一度全部言ってください!」
~~~
「一体、四人を殺した犯人は誰なのか。三人のなかに犯人はいます。当ててみてください」
そもそも、耳で聞いただけじゃすぐに問題の内容を忘れて詰む。だから、 地面に問題をメモして整理する。地面に文字をつづり、整理し、まとめていく。
「メロンとかいちごとかこの辺は無視でいいや」
こっそりと相手の顔色をうかがうが、表情に変化は見られない。徹底してるのか、それとも全く見当違いなのか。メロンとかイチゴとかの前に周りを無視すべきだったか。集中集中!
密室殺人事件……。字面だけ聞くとなんかすごそうだけど密室じゃないか、密室は関係ないのどちらだ……多分。
密室じゃない理由が考えられない。部屋に隠し通路があった、みたいなのはないから密室は無視しよう。もしも部屋に隠し通路があった場合は、それは問題が悪いい。よくよく考えてみると、問題を出したほうは答えのない問題も出せるから圧倒的に有利だな。そんなことはないと信じたい。
密室が関係ない場合、犯人は第一発見者のFとEである説が濃厚。だけど、死因が撲死なのがよくわからん。密室で撲死は無理だ。流石にAとBが自ら頭を壁にぶつけた、みたいなことはないとしてさ。
撲死なぁ。撲死、ぼ~くし~、撲死ぃ。意味がわからん。何が死因は撲死だよ藪医者が! ……医者のFが嘘をついてるのか? まあそれなら全部納得がいくし、嘘じゃない場合は考えるのめんどくさいからそれでいこう!
あ”あ”あ”ぁ実況観客うるさい! 集中させてくれよ後ちょっとなんだから!
医者が犯人の場合毒は……種類が違うのか? 即効性、遅効性?
まあいいや! 毒の種類が違ったと仮定したとして、毒をもれたのはAEGの三人。うちはAは死んだから違う。……で、Eが第一発見者だ。死体の傷もEがつけたとするなら……毒をもったのはE、Cを殴ったのはE、間違った検視の結果を教えたのはF!
「終わったあ! 終わりました!」
「解けたんですか?」
「多分……」
これで合っているはずだ! ほかの答えなんて考えていないから知らん!
「では、答えをどうぞ」
「えぇ、犯人は、EとFです! 主犯はE! 共犯はF!」
頼む! これで合っていてくれ!
歓声と実況がうるさい。
「この答えは、合っているのでしょうか!? さあ、犯人は誰でしょう!?」
実況される側になって分かった。実教がうざい。こっちは必死で解いたのに、それを見て楽しんでる。楽しめるようにしてる。メディアって恐ろしいなぁ。
「正解です。おめでとうございます」
「よかったぁ」
正解だった。答えがあってた。この瞬間、俺はこの試合の勝敗を決める権利を手に入れた。やっと、この時が来たか。この悪夢がやっと終わる。終わらせられる。
「俺の負けです」
会場が静まり返る。あのうるさかった実況も、歓声もなくなる。静かな時間が終わる前に、試合を終わらせる。
「俺は負けます。降参ではなく、勝利を辞退したということで。それでは、ありがとうございました」
無言でその場から立ち去る。気まずい。視線が自分に集まているのを感じる。突如飛んできた生卵に驚きつつ、急いで退場用のゲートをくぐった。
*** *** ***
人間の触覚の後日譚はこちらから!
https://kakuyomu.jp/works/1177354054883900152
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