ブラック・ヒーター VS ダリア=サリエル
『
昨日掴み、そして整理された情報の中からかろうじてブラックは対戦相手――ダリアの情報を思い出すことが出来た。
「範囲空間内での世界の改変か、飲み込まれたら大変だが打てない手が無いわけじゃない」
誰かに言うわけでもなく呟く。
空間内であるのなら、自分が空間内から隔離されていれば良いのだ。なにも妖力は時の流れを変えるだけではないのだから。
動かすものは時間、存在するのは空間、互いに影響を及ぼしながらも干渉しない一対の原則。両方制してこそ、真の力を発揮するのだ。
時を止められたとしても、空間を掌握されても、ブラックが勝てるのはそれが規則なのである。
◇
第二試合の開始、その合図が今ここに出された。
「先に言っておくが、戦いに話は必要ない。今使える力で全力で向かわせて貰う、それだけだ」
「ほう、貴殿は膝を交えることにも袂を分かつか。昨日の試合も俯瞰されて貰ったが、食えない男よの」
「……人の見方など個人の思考に過ぎない。対等に持ち合わせる意思がある限り、お前が俺をどう見ようとそれは個人の自由だ。無論、その体が偽物であろうともな」
「すでに、掌握済み、か」
答えを返すのには少し迷った。
だが、仕込みをする時間をこの間に作るのは昨日の戦いにおける効率的な面から悪くないと判断した結果に過ぎない。
そしてそれは完了した。
必然、ブラックは攻勢に走る。
右手に七剣フィリアスと、左手に三杖ドルドロス。
いつもの組み合わせであるが、今回はちゃんとした理由からこの装備を武器とした。
勝利条件、疑似肉体の破壊または心臓の破壊。
つまるところ相手の体を直接破壊すれば良いのだ。それを行うには近距離で剣、遠距離で魔法とするのが一番である。
だが爆散魔法などで一撃でけりを付けないのにはこれまた理由があった。
『全ての夜を愛して』と同列に面倒な能力を、対処しづらいもう一つの力を持っているからだ。
だから仕掛ける。
猛烈なうねりをあげた炎が地面から飛び出しては相手を襲う。
また天からは大量の矢が降り注ぐように光が落ちる。
それは執拗なほどにダリアを狙った。外す外さないではなく、全て当てるように調整した。
そして飲み込まれるようにブラックの攻撃は消え去った。
「やはりか」
少しばかり危惧した力、それは『悪食の王』あらゆるものをエネルギーとして飲み込む力である。
こればかりはドルドロスの杖でもエネルギーとしての変化は消せても、力までは消すことは出来ない。つまり現段階で魔法による攻撃は通りづらいというわけだ。
「良き筋だが、甘露」
「……さて、な」
「ふむ、思弁はまだある様子、ならば機あり余からいかせてもらうぞ」
ブラックはドルドロスの杖を消し去るようにしまった。
逆にダリアはどこからか金属によって構成された硝煙の匂い漂う道具を取り出す。
(魔力銃、いや実弾の方の銃か)
しかし考えている暇など無かった。
ガトリング、ミニガンと呼ばれる大きめな武器が猛威を振るう。
弾丸が秒も数えないうちに大量に吐き出される。
轟音、耳を切り裂いてもおかしくないような機械音が鳴り響き、そして聞き慣れない周波を与える。
だが恐るべきはその威力だ。
生身の人間がこの距離で当たれば体に風穴が開くのは必須、地面に当たっても小さなクレーターが次々と出来上がるほどだ。
幸いにも当たったところで運命のパラドックスがあるので問題は無いだろうが、当たりたいとも思えない凶器だ。
即座に出された障壁魔法がブラックを攻撃から防ぐ。
ガラスが割れるような軽快な音を立てながらも、そう簡単には壊れたりなどしない。
けれども相手の攻撃は無限大だった。
撃ちきったその武器をリロードするのかと思いきや、それを捨て新たなものを取り出して撃つのである。
「ほれ、どうした。もっと余を歓喜させんか!」
ズバババババババババババ!
鳴り渡る銃声、漂う硝煙の焦げる匂い。
観客も聞き慣れないものもいるのか、耳を塞ぐものがいたり、鼻をつまむものもいた。
だがその程度でひるむブラックではない。
「ならば撃てば良い、後ろに控えるそのデカ物を」
降り注ぐ訛りの雨の中、ブラックは確かに確認していた。
ひときわ大きな存在を見せびらかす殊更凶悪そうな武器を。
「嘗められたものだな。だが甘えるとしよう」
銃弾は鳴り止まない。
けれどもダリアは示された武器をブラックの言う通りに構えた。
そしてそれは真っ直ぐと孔を向けられながら発射される。
BGM-71 TOW。
その威力故に人ではなく対物兵器として用いられる武器。無論人に向かって放たれれば、人である面影を残せるかは運次第となる。
破壊的なほどの射出音。
そして空を切る音すらも凌駕する進撃。
それはこれまでの試合の中で、明らかに一番巨大な爆発だった。
煙が上がる。土の混じったそれは、視界を奪う上に目に入ればひとたまりも無い。
また爆音のせいか鼓膜も正しく動けているかは誰にも確認できない。
観客は勝敗を決したものだと判断していた。
これだけの大爆発が起これば、人である限り誰一人とて生き残れるものはいないだろうと。
だが、戦場に舞うもの達は違った。
爆発と同時、上がった煙に混じりながらブラックは一気に加速した。
なにせこの時を待っていたのだから。
七剣フィリアスを片手にずっと開きぱなしだった距離を詰めにかかる。
相手も姿が見えなくてもその気配に気がついたのか、再び銃撃を開始する。
しかしこちらもあちらも煙の中、視界が悪い上に先ほどの爆発で耳なんて誰も機能していないはずだ。
銃弾を当てるのは極端に難しくなる。
蛇足を噛ましながら、ブラックは迫ってきた銃弾のみを感覚だけで切り裂いた。
キンッと金属と金属がぶつかる音が響くが、それもたいした音ではない。
最小限だけの動きで剣を振るい、銃弾を真正面から受け止める。
その数、十発ほど。
魔法で加速したブラックにこの程度の距離を詰めるのは、数秒ともかからない手間だった。
煙からダリアの前に咄嗟に現れた彼は、ぶちかましを掛ける攻撃を振るう。
「はあっ!」「ふんぬっ!」
彼女はどこからか現した剣でブラックの斬撃を受け止める。
ギイイン!と剣と剣がぶつかり合う。
だがブラックの剣はただの剣ではない、武器破壊の特性を持つ武器なのだ。
ダリアの出した剣は一撃で斬り落とされ、その刃を半分にした。
だがそれでは済まさない。
ブラックはすぐに二撃目を、ダリアは新たな武器を適当に取り出す。
足を踏み込み、上段振るい。
彼女はそれを当然の如く受け止め、そして一歩下がりながら別の手で新たな武器を取り出す。
武器破壊、取り出し、武器破壊、取り出し、武器破壊、取り出し、武器破壊、取り出し武器破壊、取り出し、武器破壊、取り出し、武器破壊、取り出し。
無限とも思えるその攻防は、あるところで一定の区切りを付けた。
そう、後ろへ下がれないほど壁際に追い込んだのである。
「まさか余の攻撃を利用するとはな」
「言葉も使いようには兵器だ。乗ってくれて楽になった」
「それはどうだか、まだ余の力を抑えきれていないではないか」
「それも今終わる」
ブラックはゼロ距離で魔法を撃ち放とうとする。
ダリアはそれに対しては、当然そちらを発動した。
人とは一度対処できたものは同じ方法で対処しようとする。それは追い詰められているときほど余計に作用するものだ。
だからブラックは仕掛けようとした攻撃をやめ、手を突き伸ばしてダリアのみぞおちの部分に張り手を入れた。
バキリ、何ともいえない感触が自分の手に伝わる。
「なんだとっ!」
ダリアの『悪食の王』は作用しなかった。
それだけでない、脳内に張り込ませていたであろう複数の意識が壊れたのである。
そしてブラックの手には一枚の札が握られていた。
「なんだそれは」
「呪札。魔法使いがそれまで倒せなかった霊や精神体を倒すことに特化した武器だ。また、それらをこの札にしまい込んで使役させることも出来る」
ブラックが放ったこの一手は、この全てのため。ダリアの持つ『全ての夜を愛して』以外の攻撃手段を全て封じるための前撃なのだ。
「この札にはすでに取り込んだ強力な霊が封印されている。エネルギー体でもないこの霊が食物として取り込まれることはない、そしてそれを取り込んだ悪食の王、つまりお前がどうなるかは分かりやすいだろ」
霊が浸食した、つまり強引に霊に取り憑かせたことになる。
また空となった呪札にはダリアの持つ二つ目以上の精神が取り込まれたことになる。
ダリアの力を戦う前に思い出したとき、ブラックは真っ先にこの方法だけを思いついた。そうすれば相手は切り札以外使えなくなり、またブラックも切り札だけの対処考えれば良いのだから。
「そうか、だが黒き若人よ、余の力忘れたわけではあるまいな。ここはもう、すでに余の圏内だ」
半径五メートル、いや密接するほどにブラックはダリアの前にいた。
もちろんそこはブラックが切り抜けなければならない、もう一つの力の範囲内である。
逃げることもなければ、後ずさりすることもなく、黒き魔法使いは黒き世界へと招かれるのであった。
*** *** ***
ダリアは思わず歯噛みした。
口上では余裕を振る舞って入るものの、ここまでの強敵は国王と
そして現在、夜の世界はブラックに対して機能していない。
誘い込んで発動したまでは良かったものの、恐らくこちらの世界の魔法技術とは思えない超常の能力で、夜の世界とブラックを取り巻く空間を断絶している。
故に改変が発動しない。
「全く、此れが効かぬのはアヤツ以来よ」
改変を自らへ施し、能力の呪縛を削除する。
これでダリアは以前のように力を行使することが出来る。
無効化の掛け合い、堂々巡り、だが此方が不利。
「圧倒的な力量、独自の高度な魔術、慧眼、知略……… 実に不利」
敵は強大、恐るべき魔法の嵐はこの目で見るまでもなく凶悪。
一歩でも違えれば、それはすなわち敗北を意味する。
「手札は磨耗し、勝率は極めて低いであろうな」
戦いの行方を想像し、己の敗れる景色を見て――――――笑う。
血色の目は、三日月のように細められた。
「不利だ。ああ、不利……………だが、それだけよ」
殺意をみなぎらせ、ダリアはスタジアムへ帰還した。
『おおっと!? いつの間にか消え失せたサリエル選手が会場へ舞い戻りました!』
『いきなり消えていきなり現れる…… またしても魔法的ななにかでしょうか?』
少し惜しい解説の推理を聞き流しながら、ダリアは観客の熱波を浴びた。
その目は鋭く、ブラックを睨み付けている。
だが口はニタリと、弧を描いたまま歪んでいる。
「仕切り直しといこうか、若人よ」
「………」
能力の呪札が無効化されていることに気がついたのだろう、そちらを一瞥したが、眉のひとつも動かさない。
動揺は、やはりと言うべきか微塵も感じはしない。
想定済み、そう考えて良いだろう。
ダリアは苦笑した後、その両手に二丁の鉛の塊を産み落とした。
鈍い鋼色のフレームに、木製のストックとグリップ。
マガジンをフレーム上部に取り付ける独特のフォルムをしたそれは、先程取り出したミニや対戦車砲とも違うスマートな姿をしていた。
―――――九十六式軽機関銃。
通常、二本のスタンドを立て照準固定をしてから使用する機関銃であるが、そのスタンドは膝を折って収納されている。
両手に対になるように持ってはいるが、とは言え機関銃。
大の大人でも片手で振り回す代物ではないのだ。
◆
片方の機関銃を肩に担ぎ、ダリアは会場の床を踵で打ち鳴らした。
「…ッ!」
ブラックが気配を感じ取り、その場から飛び退いた。
先程までブラックがいた床板が鉛の礫で砕き割られる。
激しい破裂音と機械の駆動音、そして残った硝煙の余韻。
ブラックの正面で対峙していたダリアが、ブラックの背後に回っていたのだ。
「転移系の魔術か」
「ご明察」
ブラックはすぐにその場から駆け出す。
重力魔法で威力を増した弾丸の雨霰がブラックへ襲い掛かる。
先刻と同じ光景。
ブラックは同じようにダリアの懐へ飛び込まんとした。
駆ける、尋常ならざる脚力が岩盤を蹴り抜く。
一瞬で間合いを詰めたブラックの目の前で、ダリアが地面を強く踏みつけた。
「…面倒な」
二人の間を隔てるように高く飛び出したのは、岩の壁。
おそらくは魔法の類い。
七剣フィリアスを両手に持ち、岩壁ごと横凪ぎに振るった。
ただの脆い岩壁はすぐに砕けブラックの進行を許したが、壁を突き抜けた先にダリアは居なかった。
すわ、また転移か。
そう考えたブラックは、咄嗟に後ろを振り返った。
「ほぅ、二度目は食わぬか」
やはりそこには、ダリアの姿。
だが、その手に鉄塊の悪魔は握られてはいない。
ブラックは魔法を構築し、青い光が迸る雷光を撃ち出した。
だが魔法は掻き消え、雷光は消沈した。
どうやら悪食の王に阻まれたようだった。
魔法は無効、ならば物理で。
もう一度七剣フィリアスを両手に構えたとき、ダリアが手を一つ打った。
パンッ、と乾いた音が鳴った瞬間、ブラックは嫌な予感を覚えて防御の構えを取る。
「ぐっ!?」
だが、それは悪手。
砕かれた岩壁に隠れるように設置されていたC4爆弾である。
ブラックを衝撃が襲う。
爆炎に飲まれたブラックの様子に、会場は騒然となる。
だが、黒煙から転がるように飛び出してきたブラックを見て、その騒然さはさらに加速する。
「防御魔法………といった所であろうか?」
「………」
半透明の球に包まれたブラックは、服や肌は煤けているものの傷らしい傷が一切見当たらないのだ。
すぐに剣を担いで飛び出したブラックを前に、ダリアは武器庫から軍刀を一本召喚する。
そして一拍も置かず接敵。
鍔迫り合いになるもすぐに軍刀が破損し、フィリアスの刃が迫る。
だが、あと数ミリと言うところで、またも軍刀が行く手を阻む。
またしても刃は砕け折れるが、即座に次の軍刀を召喚して剣を交える。
壊れては、召喚し。
召喚しては、壊れ。
また壊れては、また召喚する。
ひたすらそれの繰り返しだ。
ガンッ、ギャリッ、と金属音が鳴り響く。
ブラックが脇腹から逆袈裟に切り付ければ、軍刀の反りで受け流し。
フィリアスを受け止めて刃が砕けた瞬間に、次の刀を突き出して牽制する。
受け流し、カウンター、鍔迫り合い。
剣術の応酬が続く中、その光景に変化が訪れた。
ブラックがダリアを軍刀ごと押し込み、大上段から剣を降り下ろす。
「ふんッ」
ダリアはその鋭い斬撃を柄のガードで受け流して、自由になった片手でブラックの七剣フィリアスを持つ手の手首を掴んだ。
そのまま大きく回し蹴りを叩き込む。
防御魔法の障壁に阻まれるが、ブラックと距離を取ることに成功したようだ。
ダリアは地面に鉄の球のようなものを叩き付けると、目と耳を塞いだ。
その鉄塊は瞬時にして破裂して、激しい極光と甲高い音を放った。
防ぎきれなかったブラックは一時聴覚と視覚を奪われる。
「くっ…(なんだこれは… 魔法か何かか?)」
不意打ちが来るだろうと予想して対策していたブラックは、何事もなく光が収まったことに拍子抜けする。
すぐに気配を探り、ダリアがいると思わしき方を睨んだ。
「―――――奇怪なモノを…」
ダリアはそこにいたが、その手に構えたものが異形であった。
鉛色の砲身と、背丈をゆうに越える2mの巨体。
三脚で支えられた細身のフレームは、その鈍重さをなるべくカバーしようとした軽量化の痕跡が見られる。
太い銃口の先端には、四角いフォルムをした衝撃軽減のマズルブレーキ。
遠眼鏡のようなスコープと赤黒いメモリレンズは、さながら悪魔の眼光のようである。
凶悪な姿のそれの名は、シモノフPTRSー1941。
アンチマテリアル………対戦車ライフルの名を冠する殺戮兵器である。
いまその悪魔の紅眼が、ブラックを狙っている。
「さあ床に着け、永眠の時間よ」
「冗談じゃない、やらせるものか」
一息で駆け出す。
放された距離を一瞬で。
一歩目を踏み出そうとした瞬間、シモノフが咆哮した。
―――――ドパァンッ!!!
銃声が聞こえたときには、もう既に眼前に到達していた。
14.5mm×144mmの殺意が、己が命を奪わんと迫る。
これはもはや、奇跡と言えただろう。
神速もかくやという七剣フィリアスの切っ先が、その弾丸を切り捨てた。
赤い火花が頬を掠める。
加速した弾丸の残骸が横を通り抜ける。
すべてを置き去りにして間合いを詰めたブラックは、その刃をダリアの首に添えた。
息を吐いて、つぶやく。
「……俺の、勝ちだ」
―――――――――――途端、万雷の喝采が響いた。
地を奮わす、激戦への賛美歌。
また一戦、ここに死闘が生まれた瞬間だった。
*** *** ***
ダリア=サリエルの後日譚はこちらから!
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