サキっち VS エルエール=バルルード
一回戦の様子は、当然ながら確認していた。
相手は凄まじい技術力で作成された武具を纏う少女である。
乳の無さには共感しか覚えない。
おそらくあの少女も、前の人生ではさぞかし人望の薄い事だったのであろうと合点し、それはそれとして戦いへ向けて準備に取り組んだ。
そして決戦の時。
黒い小犬を小脇に抱えた金髪碧眼の貧乳美少女は、闘技場への入場を直前に控え、呼びつけた道具屋への支払いを済ませていた。
「お嬢さん、本当にこんなものを使うのか?」
「ああそうだ。身に着けられる物は全て持ち込んでよいという決まり事だそうだ。残念ながら左近を身に着ける事は出来んが、それならそれで考えがある」
三成が道具屋から仕入れたのは、バスケットボール程の大きさの何かが包まれた布袋が一つ、それよりもずっと小さい握りこぶし程の大きさの布袋が三つ。
それを腰にぶら下げると、剣を手に闘技場の方向を睨みつける。
「
戦の準備と言えば様々であるが、今回は兵站の確保や兵や武器弾薬の調達や輸送といった類ではない。単純に相手を倒す準備に全力を注げたのであるから、三成にしてみればこれ程簡単に思える事もなかった。
「左近、見ておれよ。関ヶ原のようにはならん、此度は一騎打ちだ」
動かぬ味方に苛立つ事もないであろうし、裏切りに苦しめられる事もない。
「
「そうか、なあに心配いらん。そうじゃ左近、俺が勝ったら肉を食わせてやろう」
「
「なに? たまには違う物が良いのか? 難しい事を言うのう……」
三成は左近の頭を軽く撫で、そっと足元へ置く。
「ここで待っておれ。何を食わせてやるかは勝ってから考える」
「
見送る左近を後方に、三成はついに闘技場へと姿を現した。
二人の少女が視線を交錯する闘技場は、異様な熱気に包まれている。
片や非常識なまでの科学力を持つ天才科学者、であるが貧乳美少女。
片や元は豊臣政権の屋台骨を支えた無双の官僚、であるが貧乳美少女。
その上どちらも金髪で、どちらも貧乳。
どちらがより貧乳であるのかについては、言及せぬほうが良いのかもしれない。
見えぬからこその楽しみもある。
今大会屈指の、貧乳対決。
乳比べで勝負してもいいような、そんな対決である。
試合開始の合図と共に、会場全体が息を飲む。
静まり返った闘技場の中央で、先に口を開いたのは三成であった。
「エリエール=
エルエールの眉がぴくりと上がる。
「エリエールではない、エルエールだ。バルルードという名字もある」
「ほう、子女の分際で姓を名乗るとはな。笑わせる」
三成とて少女の見た目であるわけで、この二人の会話は実に珍妙となる。
「お前こそ『サキっち』とは情けない。自分を『っち』など付けて呼ぶなど、とんだお子様だな」
三成の眉がぴくりと上がる。
「この治部の名を愚弄するとは良い度胸だ」
豊臣政権下にあって如何に人望が薄かったとは言え、己を佐吉と呼ぶのは太閤とその子飼いの一部の人間だけであったし、そんな彼らさえ佐吉という名を馬鹿にするような事はなかった。
「許さぬ、覚悟いたせ小娘」
手にした剣をすらりと抜く。
西洋風の細身の剣。
扱い慣れた日本刀に比べれば幾分頼りなさは残るが、それでも得物と呼べるような物はこれしか持ってない。
エルエールが珍しく笑みを浮かべた。
「そんな軟な金属製の剣で私とやり合うつもりか?」
エルエールにしてみれば、実に滑稽である。
だが三成は三成で、そう言ったエルエールが滑稽に見えた。
「小娘、人を斬った事はあるか」
一歩、また一歩と距離を詰めながら、三成は言葉を続けた。
「俺はある。それこそ数えても数え切れぬ程にな」
三成にしてみれば軽く脅しをかけたつもりであるが、エルエールはその程度で動揺するような軟弱な貧乳ではない。
「残念ながら物理的に斬り殺した事はないが、このビームソードでならば無数に斬った」
貧乳が仕掛けた脅しは、挑発となって貧乳に届く。
だがそれもまた、貧乳の狙いであった。
「言いや良し、命のやり取りを始めよう」
貧乳が剣を構えて腰を落とす。
「いいだろう。後悔するなよ」
貧乳が装備した飛行ユニットが稼働。
どっと貧乳との距離を詰める。
「ええいこれしき!」
対する貧乳とて、事前に情報は得ていた。
貧乳の操るあの怪しげな光の剣には、触れぬ事が肝要であると心得ている。
命のやり取りになれているからこそ、その殺気に反応してどうにかそれを回避した。
そして貧乳は反撃体勢に――
「ええい、乳が無いからと名を愚弄するな! 我は石田治部であるぞ!」
どちらも貧乳では作者も読者も混乱を禁じえないであろうから、ここらで戻す事にする。
エルエールのビームソードを間一髪で回避した三成は、剣を投げ捨てると腰に下げていた大きな袋を手に取った。
「情報は武器である。直接斬りつける事は出来ずとも、相手を倒す武器となるのだ。小娘、よく覚えておけ!」
空中で反転して再び斬りかかろうとするエルエールに、三成はその布袋を投げつけた。
だがエルエールとて猪突猛進の馬鹿ではない。何が入っているか分からないそれに対し、あえて触れるような事はしなかった。
そうではあるのだが、投じられた布袋は固く結ばれてはおらず、ひらりとその中身をさらけ出す。
「なっ!?」
そこから出てきたのは、巨大なスズメバチの巣。
布に包まれて身動きの取れなかったスズメバチは、エルエールの纏う飛行ユニットのエンジン音を完全なる敵と認識した。
そしてエルーエルがスズメバチの巣に気を取られたその一瞬を、三成が見逃す筈もない。
「もう一つだ!」
完全防御を誇るエルエールの飛行ユニット。その身体保護機能はどういう訳か、生命体に対する防御力が著しく乏しい。かと言って三成自身が体術を以て組み伏せるわけにもいかないのだが、三成にはその情報だけで十分であった。
先ほどの物よりも随分と小さい布袋が投げつけられ、それがエルエールを守る高速粒子に当たってはじけた。
だが、その中から飛び出してきた黒い無数の物体がエルエールの身体に付着する。
「くっ、なんだこれは」
スズメバチから逃れようと方向転換したエルエールは、己の首から胸にかけて付着した黒い物質に目を向けた。
その様子に、三成は不敵な笑みを浮かべる。
「
エルエールが如何に冷静沈着な科学者であろうとも、衣服の中に入り込もうとする蛭に心を乱されない筈もない。
だが三成の戦闘力が乏しい事など、エルエールとて十分に理解している。
スズメバチを一掃し、その後で三成を倒す事も考えたのだが、蛭が付着した事でその選択肢は薄い。
そうであるならば、飛行ユニットの性能を考えればスズメバチに追いつかれる事も無いであろうし、ここで一気に勝負を決せば蛭に悩まされる事もない。
「鬱陶しい。あとでハクトに全部取らせないと……全身隈なく調べさせるとしよう」
体中をはい回る蛭の対処を考えながら、一直線に三成へと向かう。
ミサイルやレーザーガンを使いたい衝動にも駆られたが、観客に被害を出せば自分の負けである。
「ここで決める」
ビームソードを呻らせて凄まじい速度で迫りくるエルエールに対し、三成は臆す事なく仁王立ちとなった。
「ああそうだ。これで決まる」
その手には、残る二つの布袋。
一つには毒蜘蛛。
もう一つには猛毒のサソリが仕込まれていた。
*** *** ***
スタジアムの場内で向かい合う二人の少女。エルは相手が普通の人間、しかも少女であることに内心ほっとしていた(本人が少女であることは置いておく)。
「エリエール=某とはその方であるな。済まんが南蛮人の名など覚えようにも覚えられんのだ」
三成の挑戦的な視線がエルを射抜いた。相手がその気ならそれに乗っかってやるのも一興だろう。
「エリエールではない、エルエールだ。バルルードという名字もある」
ついでに言えば南蛮人でもなければ地球人でもないのだが、これもこの際置いておこう。
「ほう、子女の分際で姓を名乗るとはな。笑わせる」
――なるほど。外見は華奢な美少女なれど、中身はどうやら本当にかの武将石田三成公らしい。
「お前こそ『サキっち』とは情けない。自分を『っち』など付けて呼ぶなど、とんだお子様だな」
こんなことを言ってはみるが、エルとて伊達に研究者を生業としているわけではない。明晰な頭脳の持ち主であるという石田三成を存じ上げていることはもちろん、手合わせできることにわくわくすらしていた。
「この治部の名を愚弄するとは良い度胸だ。許さぬ、覚悟いたせ小娘」
三成はそう言って抜刀し、構えてエルを睨んだ。もちろん、外見は少女ゆえにあまり怖くはない。
――冷静沈着と聞いたものだが、意外に短気なのだろうか。
そんなことを考えながら、エルも得物を手に展開する。三成のそれは日本刀ではなく、聖剣エクスカリバーにも似た西洋の剣であった。
「そんな軟な金属製の剣で私とやり合うつもりか?」
実際、刀でやり合う分にはビームソードであれ日本刀であれ変わらないのであるが、あることないことを口にして敵を煽る。
「小娘、人を斬った事はあるか」
先に動いたのは三成だった。少しずつ、じりじりとその間合いを詰めていく。
「俺はある。それこそ数えても数え切れぬ程にな」
三成はエルに揺さぶりをかけたつもりであろうが、エルはそれに惑うようなタマではない。
「残念ながら物理的に斬り殺した事はないが、このビームソードでならば無数に斬った」
エルは研究者である前に軍人――処刑も戦場も幾度となく経験している。
「言いや良し、命のやり取りを始めよう」
三成が剣を構えて腰を落としたのを合図とし、エルも飛行ユニットを使って相手の懐に飛び込んだ。
しかし、三成も侮るべからず。事前に得ていた情報から動きを読み、すんででエルの剣撃を避ける。
エルはそのまま宙で一回転し、続けて攻撃をしかける。
その時である。三成はおもむろに剣を投げ捨てたかと思うと、腰に下げていた大きな袋を投げつけた。
エルは警戒し、突っ込むような真似はしなかったものの、その袋を結ぶ紐が解け、その中身が転がり出てくる。
そこからは巨大な巣と共に無数のスズメバチが飛び出してきた。大きさからしてオオスズメバチだろうか。
それまで布に包まれ、身動きの取れなかったスズメバチは、エルエールの纏う飛行ユニットの音で攻撃モードと化した。
ハチにエルが怯んだその一瞬、三成は更にもう一つの袋をエルに投げつけた。
中から出てきてエルに大量に張り付いたのは、無数のヒルであった。
――しかし、エルは「いやだぁ気持ち悪ぅい」などと喚くことはせず、涼しい顔でビームソードを構えなおしていた。
「鬱陶しい。あとでハクトに全部取らせないと……全身隈なく調べさせるとしよう」
体中をはい回るヒルの対処を考えながら、飛行ユニットを使用してスズメバチと距離をとると同時に三成との間合いを一気に詰める。
「ここで決める」
エルはそのまま高速でビームソードを横一文字に奮った。
――エルはそこで決着を付けたつもりだったのだが、剣は三成の胴体を分断することなく跳ね返った。
「……これは」
「鉄板だ。単純だが隙を生むには充分であろう?」
そして、三成はその手に残る二つの布袋を動きの止まったエルに浴びせる。
中身は――毒蜘蛛とサソリ。
「……甘い」
エルも攻撃を弾かれてただぼーっと立っていたわけではなく、反撃を見越して見抜かれにくいように剣を構えていた。
剣は刹那にして5往復し、サソリの尾を切り落とした。
だが、サソリの本体と蜘蛛は切り刻まれることなくエルの身体へと引っ付いていた。
「小娘よ、そなたでも無数の虫を切り落とすことはできんかったようであるな」
「……何か勘違いしているようだが、私は切り損ねたわけではない」
「何をたわけた……」
エルは無造作に肩にいた蜘蛛を掴むと手のひらに乗せ、三成の眼前に差し出した。
「毒蜘蛛とはいったものだが、実際に蜘蛛の毒で死んだ者など数えるほどもいない。世界一強い毒を持つタランチュラでさえ、な。まあ三成殿は昔のお人であるからして、知る由もないだろうが」
エルは相変わらず無表情であるが、ハクトにだけはそれが蔑みの目であることが分かった。
「まあ暇潰しはこれくらいにして……剣を拾うがいい。私とて無防備な少女をなぶり殺したりはしない」
エルは挑発の上、飛行ユニット及び保護機能の電源を落とした。
「き、貴様っ! 叩き切ってくれるわ!」
三成は激昂し、歯をギリギリと食いしばると剣の柄を勢いよく掴んだ。
「さあ来い」
「覚悟っっ!」
三成は慣れぬ細剣を怒りに任せて奮った。ガバガバな動きに、エルは欠伸をしながら片手で受け流す。
そして、ちょっと腕を返すと、グリップが噛み合っていない三成の剣はその手を抜け、後方に飛んでしまった。
「もうそろそろいいだろう。覚悟を決めろ、み・つ・な・り・ど・の」
「くっ……万事休すか」
敵に首を取られるくらいなら自害するのが武士であるが、三成はこの場に短剣を持ち合わせていない。
死を悟って三成は瞼を閉じた。
「一瞬で終わる」
エルはゆっくりビームソードを高く掲げ、三成の首もとに振り下ろし――たのだが、その切っ先は10cm手前でピタリと止まった。
「あっ……がっ……!?」
エルが短く悲鳴を上げ、左胸を押さえたかと思うと、膝をガクガクと震わせ、そのまま地面に崩れ落ちた。
そして四つん這いになり、左胸を押さえながら目からは涙をこぼし、悲鳴を上げる口からは唾液が漏れていた。
「……! これはまたとない好機!」
三成は俊敏な動きで再び剣を広い上げると、悶えるエル目掛けて振り下ろした。
エルもそれを受け止めようとしたものの、身体が言うことを利かず、三成の剣はエルの腹部を貫いた。
「ぐ……がはぁっ」
エルは横倒しになり、口から大量の血を吐き出した。纏っている白衣はみるみる赤く染まっていく。
観客席からは悲鳴も聞こえてくる。
「は……やぐぅ……とどめを……」
エルは苦悶の表情を浮かべ、痙攣する目と血塗れの口で楽にしてくれと三成に訴える。
「……御免」
三成も頷くと、刺さった剣を引き抜き、エルの首を真一文字に切り裂いた。頭部を失ったエルの身体は動きをとめ、血色を失った。
「勝った……のか?」
夢中だった三成はエルの遺体を見て、改めて自らの勝利に気付いた。
「やったぞ! エルエール=某の首、討ち取ったり!」
三成がエルの首を掲げると、観客席からは悲鳴と歓声とブーイングが重なって聞こえた。
――しかし、ここで疑問になるのは何故突然エルが倒れたのか……。
三成が白衣をめくってエルの左胸を覗き込むと、そこには貧乳の先端をハサミでしっかりと挟んでいる尾のないサソリだけが節足をわたわたと動かしているのみであった――。
*** *** ***
エルエール=バルルードの後日譚はこちらから!
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