毒梨林檎 VS リッカ・イフナ
夕火の刻を一時間ぐらい過ぎたころ、丁度、闘技場の周りは橙色に染まっていた。
天井に張られたガラスから神秘的な光が差し込むスタジアム。そんな神秘的な風景とはまったくもって似つかわしくもない悲鳴を上げる探偵がいた。
「う~ん、後を見ても先を見ても勝てる気がしない……」
彼女の名前は
「せめて、このナイフに毒とか塗ってあったり、複数個あったりしたら行けるかもしれないんですけどねぇ……」
と、彼女は愚痴を漏らした。おそらく、それがあっても無理なのだが。
「……やろうか?」
と、愚痴に答えるのは彼女の対戦相手であるリッカ・イフナ。試合前の暇な時間に、少しだけナイフを創造している。
複数のナイフが地面にじゃらじゃらと落ちる。
「うーん、遠慮しておきます」
「そうか……なんか残念だな」
ナイフがまた地面に落ちる。
「願いっていう物は叶うまでの努力が楽しいのです。それがいきなり叶うとなると、少し抵抗感が湧きます」
「何かわかる気がするな、称号もそうだ」
「解るのでしたらご降参の程を……」
「断る」
「ですよねー……」
説得が通じなかった探偵は、落胆した顔を浮かべた。そして、同時に思考に力を入れた。
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「対戦相手」の「信条」のヒント
・相手は何かにこだわっている
・それは概念的なものだ
・だから三つもいらないっての
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ヒントを元に少し考え、合点する。
「……どうやら、貴女は称号にこだわっているらしいですね」
「否定はしない」
「やめたほうがいいですよ、そういうの」
「……事情も知らない小娘が」
「今までいろいろな事情を見てきたんでね」
「だとしたら余計なお世話だ、今の俺はその【事情】のために生きている」
「それを否定されるのが怖いと」
「それを否定できるほどの物をお前は持っていないよ」
静かなムードが漂う中央とは対照的に、周りの観客達は歓声やら怒号を飛ばす。
「さて」
燃え尽きそうな熱気はまもなく最後の最高潮を迎え、審判は試合開始の合図である旗を準備した。
「生憎、雑魚には興味がないんでね、さっさと行かせてもらう」
「だいたいわかるんですよ、貴女は恐らく歪んだ正義感を持っている」
「俺のナイフに刺されたならば、どっちを齧っても死ぬだろうな」
「探偵として、間違いは否定しなければならない、正さなければならない」
「お前に俺は否定できない、そして歪ませられない」
「私がそれだけの物を持っていないなら……」
「さあ、「毒有り林檎」よ、お前は……」
「新たに見つけてやりますよ!」
「
二人の重なる声は、試合開始の旗が上がると同時に発せられた。会場の歓声は燃え尽きず盛り上がる。
そうして、今日最後の試合が始まった。
「試し切りだ!」
彼がそう言うと、先程からこぼれていたナイフとは違い、赤い石が輝くナイフが生み出された。
そして、彼がそれを右手に手にしたかと思うと、次の一瞬には相手の目の前にいた。
「えっ」
「遅い」
彼は左手に持ったナイフを振り上げた。
……しかし、その左手には手応えという物が行っていないようだった。
「人間の肉はこんなに柔らかかったものかな?」
「
彼女はふさがった手の反対側で、目の前の存在を切った。
……これまたしかし、手応えは無かったらしい。
「……人間の肉って空でしたっけ?」
いつの間にやら移動して、少し遠くから彼が言う。
「戦闘の素人に刺されるほど経験という物は要らないものではない」
「しかし、用がない物は要らないものだ」
彼の上空には、新しく作り上げた物、用意していた物から多種多様なナイフが浮かんでいた。
「これは……もしかしてピンチ?」
後ずさりする探偵。しかし体が壁に当たる。
「死ね、ダークナイフストライク乱舞!」
全てのナイフが、一気に探偵に襲い掛かる。
砂埃は晴れ、大技の後のスタジアムが見えてきた。
「……致命傷を避け、毒ナイフも避ける。しぶとい奴だ」
避けられた多くのナイフは、全てが後ろの壁に刺さり、動けなくなっていた。
「だが、それでは動けないだろう?」
探偵の体には複数のナイフが突き刺さり、血が流れ出ていた。
「両手両足が死んでいないんです、まだまだですよ」
ぐったりと壁によりかかる彼女は、そんな言葉を言った。
「……お前を殺す前に一つ確認させてもらいたいことがある」
「……なんでしょう?」
「さっきなんて言った?
「
探偵はかすかに微笑んだ。
「……ダークナイフストライク!」
彼の手に握られたナイフに、黒き魔法がかかる。
*** *** ***
俺の闇魔法のかかったナイフは一直線に対戦相手である「毒有り林檎」に向かう
ことはなく、地面に落ちた。
…え?
な・ぜ・に?
「なぜだ…一体何をした?」
「やっとですか…死ぬかと思いましたよ。」
どういうことだ。
魔法か?
俺の「全魔法耐性」はナイフにはかからない、故に魔法を使われてる可能性はある。
しかし、さっきまでハッキリ言って素人のナイフで向かってきた奴が俺のナイフを地面へと落とすほどの魔法を使うのはおかしい。
「このトリックの説明は?」
「トリック?強いて言えば貴女の精神的な乱れとでも言いましょうか。」
精神的な乱れ?
貴女…この言葉に意味があるのか?
だが少し精神が乱れたところで、俺がナイフの操作をミスすることはない。
しかし、このままではあいつのペースだ。
早々にけりをつけよう。
「リミッター解除!ダークナイフストライク乱舞!」
俺の最強の技だ。
幾千、幾万のナイフをリミッター解除により一秒足らずで出現させ、闇魔法をかけて相手に総攻撃する。
単純だが、幾千幾万のナイフを避けるのは不可能だし、全てを弾くことも不可能。
一つ一つが普通の人を百人殺せるほどの威力。
これで決まり、そう思ったのだが、また地面に落ちた。
いや、違う。
地面に吸い寄せられた
「種明かしが欲しい」
「さすがにバレましたか…電磁石です」
電磁石?
「電磁石?」
「はい、詳しい説明は省きますが称号のことしか頭にない貴女に分かりやすいように言いますと、このフィールドは鉄で、それにエナメル線や銅線でコイルと鉄のここを巻きつける、といった方が分かりやすいでしょうか。もちろん、ここにはエナメル線だのコイルだのは用意できないので、元々あるものを少し改造したりして代用品にして、電流を流すと電磁石になります」
やばい、なにいってるんだ。
そんな俺の考えを知ってか探偵はため息をつく。
「んー、さらっと説明しますとこのフィールドが磁石になってるってだけです」
あ、分かりやすい。
最初からそう言えと思うんだが。
しかし、色々とおかしいので質問しよう。
「いつこのトリックを仕掛けた?」
「それは対戦相手公表されてからですね。時間に余裕はあったので、なんとか間に合いました。ナイフ使いということは知ってたので。もちろん、自在に作り出すことも。」
なんでばれた。
「にしては発動するの遅くない?」
「不具合があったので修正してました。」
なぬ。
不具合ってなんだ詳しく言えよ。
一体何をしくじったのか気になるとこではあるがさらに気になることがある。
「随分強気だな…」
「やっぱりばれてしまいますか…。感情は出やすいタイプでして。」
不思議だ。
相手もナイフを使えないということだ。
どうして強気なのだろうか。
「貴女、ナイフもなしの泥試合やりたいですか?」
「そんなことするぐらいなら降参してや…る…。」
しまった。
そういうことか。
「貴女は無様な試合をするくらいなら降参する。その事はヒントなら読み取れじゃなくて試合中に感じ取れました。」
…。
強い。
もちろん、ただの戦いでなら素人だ。
しかし弱点を探して把握し、それをもとに自分の勝ち筋を考え導きだす。
これは簡単そうかもしれないが実に難しい。
考えてみろ、殺し合いしてる途中相手の弱点とか呑気に探せるか?
勝ち筋を考えるか?
普通は考えない、ただごり押し同士で試合をする。
俺だってそうだ。
しかし、この名探偵は違う。
そこが、俺の敗因だ。
「皮肉なことですね、自分の称号のために、勝ちという称号を得られないのですから。」
「ああ。俺は父をなくした。称号だけのクズに。称号のせいで。父は称号によって殺された。それを今度は守るためでもある」
「守る?」
名探偵が会ってから初めてタメ口で声を発した。
「ふざけるないでください。ただ称号のことのみを考えて他のことを考えない。いつまでも亡き父の死にしがみつく。そんなあなたが一体何を守るんですか!?最初、私に「歪ませられない」とか言ってましたけどなんなんですか本当に!あなたが歪んでるんですよ!そもそも、その称号だけのクズにあなたが今なろうとしているんですよ!?いい加減にしてください。」
「…。」
確かにそうだ。
この名探偵の言う通りだ。
改めて考える。
しかし…
「駄目だ、俺は称号は捨てられない」
「…何故ですか?」
「俺は今、分かった。俺は称号は捨てられない。だって、それが俺の生きる目標であり、ロマンだ。」
俺は珍しく、本音が出てしまった。
「そうですか…それはもういいですけど限度を持ってくださいよ?称号しかないクズにはならないでくださいよ?夢見る冒険漫画かなんかの主人公と地位だけ貴族は違いますからね」
「ああ、善処する。それじゃ、降参。」
そう宣言すると、目の前が真っ暗になって意識を失っていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ガガガガガ…。
ゴリゴリゴリゴリ…。
*** *** ***
リッカ・イフナの後日譚はこちらから!
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