【キリシマ・エンカ】(いずくかける)

【俺より強い奴に会いに行く】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054883896030


 これは、キリシマ・エンカがその名を世界に轟かせる以前の物語。


 生まれ育った島国を離れ、世界最大の都市、グラミーを訪れたサムライ、『キリシマ・エンカ』。彼が海を渡った唯一つの目的は、更なる強者との出会いである。


 幼少期から祖父の指導を受けていたキリシマは、受け継いだ類稀な戦闘センスを余すことなく伸展させ、成人する年齢に達した時には、すでに達人と呼ばれる領域に達していた。

 祖父の他界の際。受け取った形見である刀に、世界一の剣豪を誓ったキリシマは、実践こそが更なる境地への細道であると考え、強者を求めて故郷を後にしたのである。

 だが、世界の名だたる悪党が集うグラミーでも、キリシマの刀に適う相手はほんの一握りであった。どうやら、キリシマはこの世界で強くなり過ぎたのである。



「ああ、糞。腹ぁ減ったなあ……」


 夏。太陽が照り付けるグラミーの大通りをキリシマは歩く。

 故郷である島国なら、山に入れば恵みを頂戴できる。だが、ここはグラミー、最先端都市だ。辺りには高層ビルが立ち並び、緑と言ったら街路樹が点々と植えられている程度。唯一食べられそうなのは生ごみを漁る鴉くらいのものだが、その黒い鳥にはどうも食欲がそそられない。


 キリシマはグラミーに移住してから、刀の腕を活かし、用心棒として細々と口にノリをしてきた。目的である強者探しにはうってつけであり、おまけに護衛料も手に入る。キリシマにとっては、まさに願ってもない職業ではあったが、この街に来たばかりのキリシマは用心棒としては、ほぼほぼ無名である。


 用心棒は名で仕事を取る。

 主に雇い主は裏社会に生きる者であるわけだが、まさか大々的に求人広告を張り出すわけにもいかない。よって、用心棒を必要とする人間は、その腕前を轟かせた人間に自ら声をかけ、契約に至るというのが主な接触方法であった。

 自分を売り込みに訪れたところで、素性もわからぬ人間を、ましてや自分の命を預けるに足るかもわからぬ人間に大金を払う馬鹿はいないだろう。故に、キリシマは圧倒的金欠生活に追い込まれていたのである。


「駄目だ。もう立てねえ……」


 仕事が見つからず、ロクに食事を取っていなかったキリシマは、空腹から歩道にぱったりと倒れこんでしまった。追い打ちをかけるかの様に、腹の虫が催促の音を上げる。

 街を行きかう人々は、そんなキリシマに「邪魔だ」と言わんばかりに冷たい視線を向け、通り過ぎていく。グラミーに住まう者は、一部の富裕層を除いては、生活にも、金にも、そして時間にさえも余裕がない。路上に人が倒れていたとしても、それに気を留めぬのも無理からぬ話であった。

 だが、そんな中、一人の少女がキリシマを見下ろしたまま声をかける。


「おい、おまえ」


 キリシマはぐったりとしたまま動かない。まさか、自分に声がかけられているとは、夢にも思わなかったのである。


「なんだ。死んでるのか?」


 「ぐぅぅう~」っと、キリシマの腹の虫はその質問に答えた。

 その音を耳にし、少女はキリシマが空腹で倒れていた事を察する。手に持っていたぬいぐるみのチャックを開け、中身を取り出した。


「生きてるなら返事くらいしろ。ほら」


 少女が手にしたのは、銀紙に包まれた食べかけのチョコレートだった。

 キリシマはそのチョコレートの匂いに反応し、本能的にガバっと身を起こすと、少女からチョコレートを取り上げ、一心不乱にかじりついた。

 チョコレートは腹を満たすとまではいかなかったが、空っぽだった胃袋に物を投下した事により、キリシマは多少の英気を取り戻す。


「助かったぜ嬢ちゃん。マジで死ぬとこだった……」

「嬢ちゃんだなんて子ども扱いするな。私の名前はシンシア。シンシア・ポリフォニーだ」


 キリシマの目に入った少女は、ストレートの金髪を揺らしながらシンシアと名乗った。その外見から年は十歳前後に見え、ウサギの様なぬいぐるみを大事そうに持っている。

 胡坐をかいたまま、命の恩人へキリシマも名乗り返す。


「シンシア。いい名前だな。俺の名前はキリシマ・エンカ。改めて礼を言うぜ。そうだ。何かお礼をしなくちゃなあ!」


 キリシマはワフクの懐をまさぐる。当然ながら、そこに金なんてものは入っていない。出てきたのは空っぽの財布と、街頭で貰った宣伝用のティッシュのみであった。


「……ほ、ほら! よかったらこれやるよ! 鼻が噛みたくなったら使えよ!」


 唯一の持ち物と言ってもいいティッシュをシンシアに手渡そうとするが、シンシアは軽蔑するような眼差しで受け取る事を拒否した。


「いらない」

「え、えっと……、それじゃあ……」


 どうやらシンシアはティッシュを必要としていなかった様だ。

 慌ててキリシマは自身の全身に手をやるが何も出てこない。と、そこでキリシマはある事を閃いてシンシアに提案する。


「そうだ! それじゃあ金の代わりに今日一日だけ嬢ちゃ——、シンシアの用心棒になってやるよ! なあ? それがいいだろ!?」

「……おまえ。ボディガードなのか?」


 シンシアはチラ、と目に入った刀を見た。キリシマの腰に掲げられていたのは、大分使い込まれていそうな古い刀である。


「ああ! 腕は保証するぜ。俺が!」

「ボディガードなんかいらない。それに、腕が良かったら道端に倒れてなんかいないだろ」

「そ、それは! たまたま仕事が見つからなかっただけで……」


 いきなり使い捨てのティッシュを差し出してきた男は、シンシアの目にはどう見ても強そうには見えない。

 疑惑の念を払えないシンシアに痛いところをつかれ、ロクに言い返せずにキリシマは口ごもる。


「倒れるくらいなら、用心棒なんかじゃなくてまともな仕事を探せ。じゃあな」

「ま、待てよ! まだ礼が——」


 立ち去ろうとしたシンシアを呼び止めようとして、キリシマはシンシアの持っていたぬいぐるみを掴んだ。

 すると、空いていたチャックから一枚の紙がひらりと地に落ちる。


「礼なんかいらない。離せよ。もう行くんだから」

「嬢ちゃ……シンシア。……これ、なんだ?」


 キリシマは落ちた紙を拾い上げ、それに書かれていた文字を目にする。『エントリーカード』と書かれた小さな紙には、名前を記入する欄が設けられていた。


「それ、パパがふざけて作った申込書。欲しけりゃおまえにやるよ」

「申し込み? 一体何の申込書なんだ?」

「喧嘩の大会だって。おまえの可愛さならだれも攻撃できなくて優勝する、ってパパは言ってたんだけど……。私、そんなのいらない。そんなの出ない」


 喧嘩の大会と聞いて、キリシマの胸は思わず高鳴る。


「大会って事は……、これに優勝したら賞金が出るんだよな!?」

「知らない。出るんじゃない? どうでもいいよ、そんな事」


 キリシマはそのエントリーカードを握りしめて立ち上がる。


「これ、本当に貰っていいんだな!?」

「いいけど。……参加するの?」

「ああ、必ず優勝してチョコレート代を稼いでくるぜ。楽しみに待ってな!」


 キリシマは、まだ見ぬ強敵を求めて大会への参加を決意した。

 その大会でキリシマが出会うのは、人智を超えた強者たちであった。

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