ブラック・ヒーター VS ラス・グース
「さあ始まりました、カクヨム杯最強キャラ決定トーナメント一日目、第二試合。注目の選手の登場です!」
元気の良いアナウンスが空気を響かせて伝わり、それはブラックの耳まではっきりと伝わってきた。
実際戦いなんてどうでも良い。彼はそう思っていた。
なぜならこのトーナメントなどただのエルティナのお遊びに過ぎないのだから。
「だが戦うとなった以上、相手しなければならないのは同じか」
独り言を呟く。
それは感情のこもらない、ひたすら興味のなさそうな声だった。
光の見えるステージに一歩、彼は足を進み出した。
◇
白黒対決。そのようなキャッチコピーが事前に出来上がっただけあり、この試合は注目度がとても高くなっていた。
黒色そのものの格好であるブラックに相対するは、白いローブを羽織った少年。身長差からしてみても正反対の姿形である。
「あなたがブラックさんですね、ここ数日の噂は聞いています」
「戦闘するのに言葉など要らない」
実に丁寧な少年だ。
しかしブラックは挨拶すら拒否をし、冷徹に対応を図る。聞きたいこともなければ相手にすら興味ないからだ。
それに話をするからこそ致命的な隙が生まれる、そう考えるが所以でもあろう。
「さあ試合開始です!」
思ったより会話が弾まなかったからか、実況席は開始のゴングを鳴らした。いや、予定時刻になったからだろう。
その始まった刹那。
「
呟くようにブラックが言った瞬間、その世界は作り出された。
ここにいる数千、いや数万もの観客、そしてラスの思考、感情、記憶など全てが情報として入り込んできた。
その中には無論視覚も含まれているので、様々な角度から見た自分やラスから見えた自分の姿なども脳内に連続シャッターのような感じで映り出されてくる。
さすがにこれだけのひとの情報量が一度に流れ込んでくると、普通の人なら頭がはじけ飛ぶだろう。多分ショック死に至る。
だが、鬼神すら埋め込めたブラックの器はそれに余裕で堪えて見せた。
(暗黒空間、攻撃を閉じ込める術式、構造組織円陣型特殊方式術定、容量制限存在、現在使用に向けて準備中。他錬金術、省略、情報として整理しインプット。焦る様子なし、冷静な判断且つ無駄の少ない行動を指定している。精神的状況普通、再生能力なし、人間関係、姉がいる模様)
置いて数秒、ブラックはこの場にいる全員の情報を把握完了した。
(面白い能力を持っている。暗黒空間は厄介だが、突破できないことはないな。杖から放った魔法で打ち消すか、ひたすら魔法を放って反撃される前に容量をいっぱいにしてしまえば良い)
たとえ反撃されても運命のパラドックスが働いてくれるだろう。
だがそれでも早速全力でかからなければならないのは論を展開するほどでもない。
ブラックはそう信じて武器をたくさん取り出し、攻撃を始めた。
魔導書9冊、大魔書4つ、魔石2つ、魔玉2つ、小杖1本、細かに攻撃が行えるこれらの武器はブラックの周囲をぐるぐる回り出す。
そして円陣1つは地面に模様を展開していき、いざというときのための強力な攻撃を放つ準備とし、敵の攻撃を防ぐ守盾と反射鏡は念のためを考え、厚くブラックをガードした。
プラス、ドルドロスの杖を持っておく。
そして、
闘技場に炎が舞い地面を焼き尽くし、
切断された空気が刃となって切り裂きに掛かり、
まばゆいばかりの光が殲滅をもたらし、
対する闇が見えぬ角度から打ち破りに掛かり、
音よりも早く雷撃が空間を振動させ、
凍てつく吹雪が焼き尽くす大地の上を走り出した。
これを地獄と言わずなんと表現すれば良いだろうか。
たくさんの観客の声援さえも打ち消す轟音は、もはや鼓膜さえも砕かんとしている。
だが観客にとって不思議な出来事は起きた。
ブラックの放った数え切れないほどの魔法が次々と消えていくのだ。
それはまるで別空間に吸い込まれるよう。
実際には暗黒空間に消えていっているのだが、遠目からだと魔法が激しすぎて実際の状況がほとんど分からないだろう。
(一つ目の暗黒空間は容量一杯、今度は次のやつに)
恐るべきはブラックの魔法を出す速さだろうか、それとも暗黒空間が彼の攻撃を飲み込む速度だろうか。
どちらもひるむこともなければ、疲れる気配さえも見せない。
初っぱなから緊迫した雰囲気に包まれる会場は、その目を疑うような光景に呆気をとられ、そして熱狂する。
(これで二つ目)
だがブラックの思惑通り、そうなるとは限らないものだった。
不意に力の気配を感じ、咄嗟に手に持つ杖で障壁魔法を展開する。
それと同時、見覚えのあるたくさんの魔法がブラックめがけてやってきた。
それは嵐のように流れ込み、雨のように降り注いでくる。
言わずもがな、ブラックの放った魔法であった。
つまり暗黒空間に飲み込まれたブラックの攻撃が、攻撃として返されてきたのだ!
避ける時間は無いし、その範囲もない。
すでに展開していた防御魔法と障壁魔法が、攻撃を受け強大な爆発音を響かせ、彼の体に当たるのを防いでいく。
しかしそれでも自分の攻撃をそう簡単に凌ぎれるものでもない。
これらの魔法にはすぐにひびが入り、その次の攻撃を受けたところで砕け散るのだ。
ブラックは即座に次の防御魔法と障壁魔法を作り出し、反撃の猛攻を耐え凌ぐ。
ギリギリ、もの凄いギリギリのタイミングだ。
(安易な発想では簡単に倒させてはくれないか、それにしてもここまで威力を上げて返せるとは侮れたもんじゃないな)
ブラックは杖を前に出し、構えた。
押し寄せる波は、力で押し返せば良い。
定義魔法、竜破砲。
極太い光のレーザーが天に向かって放たれる。
直線上に伸びる光の柱は、強く、激しく、そして目にするのも嫌になるくらいまぶしかった。
また、ドルドロスの杖から放たれた攻撃は、自分の何かしら効果がおり混ざった魔法など相手にならない。
それは暗黒空間から返された攻撃もろとも消し飛ばし、天井を軽く吹き飛ばした。
だが、ブラックの本当の目的はこれではない。
念のため、準備を続けてきた足下に描かれた円陣。
現代使われる魔法武器の中で唯一定型を持たず、魔法式ではなく魔術式を使い、発動する古き魔法。
しかしその威力から現在もなお使われ続ける過去の遺産。
その魔法を発動させるためだった。
空いた天井からいつの間にか降り始めていた、正確にはブラックが降らしていた雨が入り込み、闘技場を湿らせていく。
そして、
「天より降り落ちる鳴動、シィスティア・エレクス・ギアス・ファライディル」
円陣が発動した。
強烈な光と、破滅をならす轟音が届いたのは同時。
闘技場より直上から降り落とされた天地を揺らす雷は、天井に開けられた穴を通り、その場に強くたたきつけた。
地面が揺れる、空気が揺れる。
破壊という衝動が天より切り裂き、地面に潜る。
的は小さい。故にほとんどの威力は包み込むだけとなり、地面に広がりを見せ、輝きと音を立てていく。
そして不可思議なほどに染められた金色のフィールドは、もはやそれらが電気であることすらも忘れられるほど魅了する。
そんな綺麗な一面は、雨によって虹色が追加され、更に助長されるのだった。
属性の究極魔法でないにしろ、円陣魔法はどれも威力が高い。故に観客を傷つけてしまう恐れがあり、諸刃の剣ではある。
だが、その威力の調整すら出来なくて魔法使いの最高権力者だとは名乗ることは出来ない。
相手を殺さなくてもいい、気絶させるか暗黒空間の容量を全てこの攻撃で埋めてしまえば勝ち目はものすごく高くなる。
それでも立ち上がっていたのなら、もう後は杖で暗黒空間を消すか、妖力を使って倒すしかないだろう。
ブラックは金色の世界で、一人色を強く残していた。
*** *** ***
「ラス選手、ご乱心か? ブラック選手ではなく、何もない空間を撃ち始めた!」
天より降り落ちる鳴動、シィスティア・エレクス・ギアス・ファライディル発動直後、実況者はラスの奇行に注目する。
すると、実況者の隣の席に座る解説者が、かけている眼鏡を持ち上げた。
「ラス選手が持っているのは、幻水短銃の槌で召喚した短銃ですな。おそらく暗黒空間の弱点克服が目的でしょう」
実況者が首を傾げた数秒後、強烈な光と破滅をならす轟音が闘技場に響く。半壊状態になった闘技場を、砂ぼこりが舞う。
「やったか?」
身を乗り出して死闘を見守っている名もなき観戦客の一人が呟く。その声を隣で聞いていたラスの姉のルス・グースは首を横に振った。
「いや、違うのです」
それが晴れた瞬間、観戦客たちは熱狂した。闘技場の上には無傷のラス・グースが立っていたのだ。
ラスは銃口をブラック・ヒーターに向けながら彼の魔法を称賛する。
「一秒の時差が命取りですね。まさか威力があれほどとは、素晴らしい円陣魔法です。ルスお姉様が絶対的能力を使っていたら、闘技場、イヤ、この世界が吹っ飛んでいたところです」
そう言いながら、ラスは観客席を見渡し、席に座る姉の姿を瞳に捉えた。
観戦客たちは、ラスはブラック・ヒーターを撃つつもりだと思った。しかし、予想は裏切られてしまう。
ブラック・ヒーターの周囲に突如として十個の暗黒空間が出現して、同時に放たれた雷撃が襲う。
また強烈な光と破滅をならす轟音が闘技場に響いた。それに加えて、闘技場は外見と留めないほど崩れていく。
作戦通りだとラス・グースは思う。
全ての策略は戦闘開始から始まっていた。まず、必要最低限な暗黒空間を配置。全身を四つの暗黒空間で包み込み、ブラックの周囲六か所に同じ暗闇を仕掛ける。
残りの十個の暗黒空間は高威力の技を警戒して最初から配置しなかった。
だが、目の前で屋根を吹っ飛ばす現象を見せられ、錬金術師は身震いする。
おそらく、限界の二十個の暗黒空間で自分を守らないと、雷を防ぎきれない。そう思ったラスは、咄嗟に幻水短銃の槌を叩いた。
暗黒空間の弱点。その暗黒空間が一度も攻撃を飲み込んでいないと、動かすことはできない。
ブラック・ヒーターは一つずつ攻撃を暗黒空間に当てていた。即ち、まだブラック・ヒーターの周りには、攻撃を一度も受けていない暗黒空間が配置してある。
あまり動かしたくないが、今は防御が最優先。守らなければ、次の一手が使えないのだから。
二十階級魔法、シィスティア・エレクス・ギアス・ファライディル。あの凄まじい雷撃を飲み込むために、ラスは結果的に暗黒空間を二十個全て費やしてしまった。
これ以上暗黒空間で攻撃を飲み込むことはできない。一見ピンチのように見えるが、ラスは先を見据えている。
飲み込まれた二十階級魔法の内、半分を吸収して火力を上げ、半分の十個の暗黒空間を同時放出させることで、究極魔法と同じ威力の雷撃を敵に当てる。
解説者は憶測を混ぜたラスの作戦の全容に言及した後で、解説席で腕を組む。観客席から聞こえて来た作戦の全容を聞いたラスは、思わず首を縦に動かす。解説者の言及した作戦はラスの考えた物と同じ。一瞬で作戦を見抜くとは解説者は一流だと錬金術師は思った。
「しかし、なぜラス選手は二十個同時に暗黒空間を放出しなかったのでしょうか? そうすれば、こんな面倒臭いことしなくて済んだのに」
実況者が率直な疑問を口にした後、解説者は右手の人差し指を振る。
「二十個同時に放出させた場合、ラス選手はゼロになった暗黒空間を二十個抱えることになります。もしも一撃で倒せなかった場合、最初から暗黒空間の配置を考える必要が出てきます。その隙を狙われ攻撃を当てられたらアウト。一方、攻撃を飲み込んだ暗黒空間を何個か所持していたら、反撃する手段を残すことができるため、有利に戦闘をすることができます。要するに保険ですよ」
砂ぼこりが晴れるまで、ラスは一歩も動かず、容量がゼロになり使えるようになった十個の暗黒空間を念のため配置しようと、具体的な位置を考える。
その最中、ブラック・ヒーターが動いた。奇襲を受けてから再び現れたブラック・ヒーターの周りに、光る輪が二つ漂い始める。当然のように、ブラック・ヒーターは傷一つ負っていない。
究極魔法の威力を再現した奇襲を受けても無傷とは、ラス・グースは舌を巻く。
「やりますね。一応言っておきますと、こちらはもう一度あなたの雷魔法と同じ威力の攻撃が可能です」
「どうでもいい」
そう呟いたブラックは、続けて唱える。
「妖力、流動操作」
次の瞬間、ブラック・ヒーター以外の時間が停止した。厳密にいえば時間がゆっくりと流れているだけ。
1秒が何分にも感じられる空間で、ブラック・ヒーターは七剣フィリアスを構える。そして、一歩も動けないラス・グースに刃を振り下ろした。
だが、その衝撃は飲み込まれてしまう。ラスの目の前に設置された暗黒空間によって。
そこに集中攻撃を仕掛け、暗黒空間の容量が限界を突破。盾を失った錬金術師は、目の前に現れた敵に白いローブごと斬られた。
ラスは反撃できず、そのまま闘技場の上に仰向けに倒れた。
流動操作が解除され、時間が動き始める。その時、観戦客たちは驚きの声を出す。気が付いたらラス・グースが闘技場の上で倒れているのだから。
ラス・グースは動かない。ブラック・ヒーターは暗黒空間を配置する暇を与えないために、流動操作で時間の流れを変え、正面突破してきた。一応、自分の目の前に暗黒空間を配置してみたが、その盾は申し訳程度にしかならない。
「ラス・グース選手、戦闘不能。よってブラック・ヒーター選手の勝利!」
審判の発表を聞いたラスは、そのまま瞳を閉じた。ブラック・ヒーターを応援する観戦客の喜ぶ声が闘技場に響く中、敗れた錬金術師はひっそりと姿を消す。
*** *** ***
ラス・グースの後日譚はこちらから!
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