千古星児 VS 毒梨林檎
「大変長らくお待たせいたしました。只今より、第八試合を開始いたします。選手の方は、所定の位置についてください」
アナウンスがそう告げると、会場全体が震えるような歓声に包まれた。
この日最後の試合であるにも関わらず、その熱狂は衰えることを知らない。
そしてその熱狂の中心に立つのは、探偵と悪の科学者。正義とともに生きる者と、正義に背を向けて生きる者。対照的な二人は、静かに試合開始を待っていた。
そんな中、千古が唐突に口を開いた。
「昨日の試合、見させて貰ったよ。実にいい試合だった」
「それはどうも」
向かい合ったその瞬間に互いの本質を察したのか、二人はその態度まで対照的だ。
「圧倒的な実力差をひっくり返したその頭脳……是非とも悪うの組織 ち に欲しいよ。ちょうど、うちの作戦参謀が助手を欲しがっていてね」
正義の味方を前にした千古はいかにも嬉しそうに、林檎を勧誘しようとする。
「お断りします。探偵として、悪事に手を貸すことはできません」
しかし、彼女はあくまで毅然として、その誘いに乗ることは決してない。
「フフフ、それでいい。『悪』からすれば、その方が改造する甲斐がある」
「……ここまで会話が成り立たない人も初めてです」
「お褒めにあずかり光栄だ」
「褒めたつもりはないんですけどね」
「関係ないさ……さあ、そろそろ始まるよ。覚悟は出来たかい?」
試合開始はすぐ目の前に迫っていた。千古はゴーグルを手に取り、この日初めて、彼女に問いかけた。林檎は不敵に笑い、これに答える。
「悪を前にして引き下がれるなら、探偵なんてやってませんよ」
「ならば示して見せろ、君の『正義』を! コンディション、オールグリーン……」
「お望み通り、打ち砕いて見せますよ……」
「改造怪人アブドクター、起動!」
「貴方の『悪』を!」
一日目と同様に、二人の声が重なるのを合図にして試合が始まった。
白衣の青年がノイズに包まれ、機械仕掛けの科学者へと変身すると、即座に自分の頭髪を引き抜き、頭上に高く掲げた。
「超極悪奥義……”イヴィル・アポカリプス”!」
その叫びと同時に、太陽が出現したかのような熱と光が上空へと放たれた。あまりの眩しさに、その場に居たものは全員目を覆った。
会場が元の明るさに戻った時、ドームの天井には大穴が開き、夕日に赤く染まった空が顔を覗かせていた。変化していたのは、その一点だけだった。
「……随分大がかりなハッタリですね」
林檎がダメージを受けた様子はない。彼女はすぐさま、先ほどの行動に攻撃の意思がなかったことを見抜いた。
「今のがハッタリだったと、どうして言える?」
だが、アブドクターも簡単には首を縦に振らない。
「私を改造すると言ってたのに、あんな大技を使ったら、改造する前に私が木端微塵になっちゃうじゃないですか」
怪人の問いに答える形で、彼女の口から、推理が紡ぎ出される。
「成る程、それも確かにそうだ……だが、目くらましのつもりだったとしたら?」
「それもあり得ません。私が目を覆っていた間、貴方は何もしなかった。あの技、実は制御するだけで手一杯なんでしょう?」
アブドクターは反論するも、あっさりと論破される。
「……結局、何が言いたい?」
「つまり……貴方の狙いは、大技を警戒させて、私の行動を予測しやすくすることにあった、というのが私の推理ですが、いかがですか?」
紡ぎ出された推理の糸が、一つの結論に繋がった。アブドクターは思わず喜びの声を上げた。
「お見事だ! やはりその頭脳、世界を手にする武器となる! だが、君に頭脳戦や心理戦の類で勝負を仕掛けるのは、いささか分が悪いようだね……だから、正攻法で行かせてもらう!」
そう言うと、アブドクターは強く地面を踏みしめ、林檎を目掛けて走りだした。
林檎の頭脳を手に入れたい。改造して、悪のしもべに仕立て上げたい。ゴーグルの奥で、『悪』の欲望が燃え上がった。
*** *** ***
「正攻法なんて通用すると思ってるんですか! 」
全速力で走り出したモノを前に捕え、探偵は全力を使いそのモノの方にずれ、ナイフを構える。
闘牛のように躱されると思っていた相手は自分の前に来るという事に対応できず、そのまま構えられたナイフに突っ込む。という算段を探偵は立てていたのだが。
しかし、相手の方は前よりも前で用意周到に立ち止まり、
「甘ーい! 」
と声をあげ、その左腕……いつの間にか生やしていた不気味な触手をこちらへ伸ばしてきた。
左腕の動きに合わせて、しなやかに鞭のように動く触手は、見当違いに前方にナイフを構える探偵にクリーンヒット。
彼女の体は3m程吹き飛ばされ、地面に着地した。左腕で受け身は取ったが、しかし。
「痛あああああああい! 腕がぁ!」
「フハハ! どうやら、当たり所が悪かったらしいな? 」
左腕を抑え、のたうち回る探偵。普段痛みと無縁な生活を送っている彼女には、異次元な程の痛みであるらしい。
「完璧な推理をぺちゃくちゃと長ったらしく喋るのは、負けフラグだと習わなかったのかい?」
アブドクターはそんな言葉を発しながら、うずくまる探偵の方に近づいた。
「さて」
彼は探偵服の首襟をつかみ、彼女を持ち上げた。冷酷な言葉に反応するように、息苦しさと恐怖が、彼女を包む。
「オペを開始する」
その言葉が発せられると同時に探偵の全身に、奇怪なノイズが走り始めた。
まるで住み慣れた家が打ち壊された時のような、安息も、希望も無い暗い喪失感、そして罪悪感に似た違和感が、全身に迸った。
「……ほう?」
しかし、探偵は笑っていた。
諦めからくる終わりの笑顔でもない。極度の緊張状態が生んだ狂気でもない。
確実に裏があるであろう笑みが、そこにあった。
「笑う事が出来るのか」
「できますよ」
彼女の姿を見て、アブドクターは何かを感じ取ろうとしていた。彼女の余裕は何なのか、考えて、対策を講じなければならない。
探偵は邪な笑みを隠さなかった。なるべくの動揺を誘うように、なるべく不気味に、なるべく何かを考えているように演じた。
「あなたは……あなたは、「悪」なんです。それも、並みの狂気でも、茶らけたかぶれでもない」
探偵は長い言葉を発した。襟首を捕まれ、言いようもない違和感に蝕まれ、苦しそうに、しかし、楽しげに発した。
ノイズはいまだ全身にあり、左腕や胴体等からは腐食したような怪物の体が、目をのぞかせていた。
「今まで、幾度となく「悪」を見てきましたが、そのどれもが狂気に飲まれているか、道を違えた善人でした」
「そのだれもかもがすべてあるものの対処に困っていました。あるものは奥底に封じ込めて、あるものはそれが見えずに後からそれに蝕まれ続けることになってしまいました」
探偵は淡々と語り続ける。改造をしながらも、片耳でそれを聞くアブドクターには、何かの気迫が感じられた。
「……何が言いたい?」
「あなたがなぜそうなったのかを考えました。今ある、「能力」を使って」
そういって、探偵はまだ無事な方の腕を使い、3本の指を立てて見せた。
「あなたがそうなったのは子供のころに見た、圧倒的な悪への憧れですよね?」
ノイズは先程挙げた右腕までをも飲み込んだ。アブドクターが改造を開始してから、短く見積もっても40秒は経っていた。
「そうでなければ、あなたは今ここにいないはずです。私のあずかり知らぬどこかにいて、息苦しくも平凡な毎日を送っているでしょう」
その言葉を聞いて、まもなく改造を終えようとしているアブドクターは、遂にしびれを切らし、言葉を放った。
「……つまり、何が言いたいのだ!? さっきからおとなしく話を聞いてやれば、解ったような口ぶりで人についてべらべらと! 私はかぶれでも、狂気などでもない! ましてや罪悪感に囚われる哀れな善人などでもない!」
その言葉に、探偵はほとんど間をおかず、大きな声で答えた。
「ですから! 私の言いたいことはたった一つだけなのです!」
「貴方が憧れた悪の姿というのは、その程度の物なのですか!あなたが目指したのは、そんな 希望も浪漫もない、ただ信念だけの絶対悪なのですか!」
その言葉を言い終わった瞬間、探偵の体は一瞬宙に浮き、地面に落下した。
襟首から手は離され、改造は終わった。
探偵の体で原形をとどめている部分は、顔の片側と右腕、そして頭だけであった。
「えっと……?」
探偵は驚き、アブドクターの顔を見た。
……アブドクターの眼には、涙が流れていた。
「なるほどな……そうか、そうか……私の求めていた物は、そこに……」
彼は入退場口の方へと、俯きながら歩いて行った。
「ははは……まさかこのような大会で、自分を見つめなおすことになろうとは、な。探偵という奴はどうしてこうも……」
そして、門の手前で、彼はこちらを振り向き、こういった。
「馬ッ鹿なんだろうなぁ!」
……彼の手には、大きなロケットランチャーのようなものが握られていた。
「……薄々感づいてましたよ! 畜生! ワンチャンあるかなって思ったのに!」
「吹き飛べ!光収集型ロケットランチャー用意!」
ロケットランチャーと呼ばれた機械に、光が集まる。
「仕方がない。あなたの「悪」は打ち砕けませんでしたがせめて……」
「発射!」
「悪と正義の違い位は見せてあげます!」
機械からまばゆい光が放たれる。
光は一直線に探偵の方へと向かい。着弾、爆発した。
「……ほう、使いこなすのが早いな」
「色々と犠牲になりましたがね」
彼女の今の体である触手の先が、数本焼けていた。爆発を何とか切り抜けた形である。勿論痛覚もあるが、今は気にしている場合ではないのだろう。
「だが、二発目は……」
そうアブドクターが言おうとしたとき、観客席の方から、キーンという大きい金属音がした。
「うん……? 何だ?」
そして。
「観客席に影響を及ぼしたため、千古星児選手失格! よって勝者、毒梨林檎選手!」
というアナウンスが流れた。
一瞬状況を理解できなかった観客たちが、大きな拍手と喝采を始めた。
「何……? 私が観客席に影響を及ぼしただと? どういうことだ!」
「ふっふっふ。つまりですね」
状況を読み込めないアブドクターが、観客に声を荒げる。それに、探偵が答える。
「あそこに落ちたのは、先をとがらせた細い鉄の棒です。私の左腕の中に入れておいた物です。ですから、左腕から落ちた時は限りなく痛かったですね、うん」
「左腕の中に……改造に対する対策か」
「はい。アレはあなたの改造によって落下し、それを手に取ってブスリ。というのが当初の算段だったのですが……急遽運だめしな方法をとることになりました」
そう言った後、探偵はアブドクターに近づき、小声で言った。
「ロケットランチャーの爆風によって観客席に棒が落下したように見せかけました。本当は私が直接投げただけなんですが……」
探偵は沸き立つ観客を一瞥してから言った。
「ま、ぶつぶつと独り言を言う、試合に遅れて来る悪役さんが、やったようにしか見えないでしょうね。まさか正義の探偵がそんな事するわけないですし」
彼女は、小さく笑った。
「……なるほどな。悪と正義の違いは」
「たった二つだけ。考え方と、信用です」
そして、2人の視界がクロに染まった。
*** *** ***
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