政略結婚で仮面夫婦の予定だったが、破滅フラグを回避するため鬼嫁になります

杜咲凜

第一話 突然のしらせ


 「手紙?ありがとう」



 授業が終わって、後ろから声をかけられた。差し出されたのは、白い封筒だ。

 急な用事がない限り、この時間に直接手紙を渡されることはない。大体は部屋のドアの下にさし込んであるか、夕方になると寮生で当番になっている人がまとめて持ってくるのだ。でも今回は、緊急性の高い手紙であるようだ。


 封をしてある手紙の刻印は、国王からであった。赤いロウで封がされてある。すぐさま人が少ない場所へ移ると、誰も近くにいないことを確認して手紙を受け取った女生徒は手紙の封を切った。



 「……お祖父様からだわ」


 中にあったのは直筆で文字を書いた便せんが数枚。広げると一度だけ流し読む。

 さらっと読んだ文面から、にわかに信じられない事が書いてあった。

 目を引いたのは「結婚をする」といった内容だったが、それは誰のことだ?と手紙をもう一度最初から読み返す。



 「第二王女ローズ、16代領主アルフレッドに嫁ぐことを命ず」


 

 目に引っかかったのは、その一文だった。現実味がなくあえて一文を声に出して読み返す。

 そうしたら初めて現実が頭の中で理解できた。


 「嫁ぐって、わたし?!!! 」


 それから事態は急変する。



*****



 「君のような優秀な人材がいなくなるのは、実に惜しい」


 「もったいないお言葉です。わたくしは一介の魔術師に過ぎません。それにもかかわらず、アサル様には大変お世話になりましたのに、何の恩もお返しできないこと…………大変申し訳なく思います」


 金髪の少女はコウベを垂れた。彼女は気品あふれる風貌で、その向かう視線の先は、白髪の長髪の老人へ向けられる。アサルと呼ばれたその老人は、厳格であるたたずまいには似合わず、向ける視線は穏やかだった。


 「堅苦しい挨拶は不要である。ローズ、そなたの力は地方領主の花嫁になるだけでは…………社会の大きな損失であると考えている」


 「アサル様。夫となる人物が理解あれば、また戻ってくる機会もあるでしょう。その前にわたくしを気に入らなく、帰ってくる可能性もありますわ」


 「ハハハ、王族であるローズを断る領主がいるものか。まあ、よい。何かあったらここが受け皿となろう。身元引受人は、わしがなる」


 「力強いお言葉に感謝いたします。アサル様が困ったときに、これからはすぐに駆けつけることができません。ですが、遠い土地からアサル様の活躍を楽しみにしております。」


 「ローズ、達者タッシャで過ごしなさい」


 ローズは顔を上がると、今生の別れを告げるかのように言葉を絞り出す。微かに目頭には涙がたまり、ぐっとそれを耐え、奥歯をかみしめる。アサルはローズにとって、魔術の師であり、この学院へ来てからhは親同然にローズを可愛がってくれた。両親よりも大きな恩義を感じているローズは、別れ際に無様な姿はさらしたくはなかった。気丈に振る舞う。 

 

 彼女の気性の激しさは、その風貌から見ることができる。彼女の名前は、真っ赤なバラが似合うだろう。豊満な胸と、長い手足、そして上背がある。色は白く、長く豊かな金髪を高い位置で結い上げている。肌の色は桃色が入った白い色であり、ほんのり赤みが差すのと際立つ。目の色は、双眸とも淡い青色であるが、暗闇になれば、左の目の虹彩コウサイが赤く灯る不思議な現象が起こる。


 ローズは広い間をした。


 手紙を受け取ってから学院は大騒ぎだった。ローズが国王から嫁ぐことを決められたことは、すぐに学院全体に広まった。ローズは周囲に状況説明もそこそこに、学院から出る準備を始めることになった。気がつけば期日は決められ、心の準備もなく時間に流された。だが、大恩師に挨拶をすることになれば、自分がここを去る実感がわいてくる。


 ローズは長く住まいとした寮から退出し、実家に戻ることになる。彼女が今属しているのは、魔術学院。ローズはここで、10年の歳月を過ごした。

 ローズはほんの少し前であったなら、この学院で生涯過ごすことを疑いもしなかった。


 魔術学院がある学園都市から少し離れた王都に、ローズの実家がある。というより、王城が実家なのである。ローズは王家の生まれで、現在19歳である。9歳まで王城で過ごした。実家には長い休みで帰ることもあるが、王城で過ごした年月よりも、この魔術学院で過ごした年月の方が長い。実家よりも愛着がある場所である。

 

 第二王女であるローズには、兄、姉、妹の三人兄弟がいる。


 ローズは、生まれつき魔術の容量が膨大で、出生後すぐに魔術師の適格があることが知らされた。この世界では魔術の容量が大きければ、大きいほど、優秀な魔術師として期待される。王家も長い年月を紡いできた系譜において、優秀な魔術師を何度も輩出してきた。ローズの魔術容量はその中でも優れた資質をもち、百年に一度の逸材とまで言われた。王族としての役目よりも、魔術の才能を望まれ、本人の希望もあって王家を離れた。魔術学院で自分の力量を発揮し、魔術で人を助け、国に貢献し、一生を終える覚悟もついてきた矢先の出来事であった。


 王家には国王夫妻、そしてローズの両親である王太子夫妻がいる。そして両親の跡継ぎとして兄夫婦がいる。兄は小さい頃から婚約者だった親戚の女性と結婚し、跡継ぎもでき、現在は4世代の血統が存在する。王国は安泰である。さらに姉も国王の親戚筋の有力な貴族の家に嫁ぎ、子どもが5人もいる。

 その一方ローズの妹には、不思議な婚姻の約束があった。妹が16歳になったら、ある地方領主の息子と結婚をせよというお告げが神殿からあったのだ。


 神殿と魔術学院の関係は深い。神殿と魔術学院は、互いに不可侵の間柄であるが、その関係性は古くからあり、王家の歴史よりも長いものであった。


 神殿の祈りは、魔術の総量を増やすと考えられているからである。人々の祈りが強ければ、その力が大きくなると考えられ、人の力を増幅し、そして神殿や魔術学院の権威を増していったのである。王家はその双方の大きな勢力には逆らうことは出来ず、当然神殿のお告げは無視できない。


 妹は継承権からは遠くなるので問題ないという判断から、まだうまれて間もないとある領主の息子と婚姻の約束をかわした。相手は妹より2つ年下の赤ん坊であった。


 しかし妹には小さい頃から、親戚筋で騎士の家系である幼なじみがいた。彼女と幼なじみは相思相愛のなかで、その婚姻の約束などなければ、家柄も釣り合い、さらにその幼なじみが誠実で優秀であったため両親は喜んで婚姻を認めただろう。だが決められた婚姻の約束があるのでは、彼らの婚姻など叶わない。


 だが今年16才になった妹は突然結婚してしまった。つまりは、強硬手段をとった。平たく言えば授かり婚、またの名をできちゃった結婚をしたのである。


 ローズはその知らせを聞いたときは、「おー、やってしまったか!」と妹ながら、若く未熟な判断ではあるが、その覚悟と心意気には感心してしまった。ましてあの堅物で真面目な幼なじみの騎士を、どう説得したのだろうか、とも思った。


 そうはいっても、それからの騒動に巻き込まれたのはローズだ。両親もまさか王家の王女が、望んでできちゃった結婚してしまい、婚姻を破綻させるなど考えてはいなかった。王都ではそのスキャンダルで持ちきりになっていたそうだが、魔術に身を捧げているローズの耳にはその話題はさほど入ってこなかった。

 そして少し時間がたつと、手紙がローズに届く。

 そう、嫁ぐこと国王から命じられたのである。


手紙にはローズが妹のかわりに、領主に嫁げということが記されていた。


 その手紙には、神殿の長である司祭と、学院の長である理事長の承諾があったと記されていた。ローズは何も言葉を発する機会もないまま、嫁ぐことが決定事項になり、それがシラせとしてきたのだった。

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