第十一話  転機   Sideアルフレッド



 side アルフレッド





 目が覚めると一日が始まってしまうことを自覚する。そして絶望的な気分におちいる。これはもはや日課である。


 アルフレッドは14歳になるが、もう妻がいる。妻といっても、政略結婚であり、お互いに意思などなかった。生まれたときに神殿からの神託で、王族との婚姻が決まり、地方領主である両親は反対する力はなかった。アルフレッド自身、婚姻は生まれてから決まっていたことなので、不思議に思うこともなかった。もし、その神託がなければ、自分が結婚など望むのもおこがましいとも思っていた。アルフレッドは極端に自己評価が低い少年だった。


 誰しも、もっとよくなりたい。そういうような向上心はあるだろう。自分を否定するのも、向上心があることでもある。ただその思いが強すぎると毒にもなる。自分がこうありたいという理想像と、実物が一致しなく、その落差に自信を失うのである。その落差に落ち込み、経験が積み重なることがなければ、確実にコンプレックスが増してしまう。いつも満足な結果が得られない状態が長く続くと、それは負の経験になり、自己評価が低くなる。アルフレッドは、理想がとても高かった。


 アルフレッドの理想主義は、親の姿を見ていたからということがあった。アルフレッドの両親は、とても優れた技術者であった。父は代々、膨大な知識をもつ家系で、魔道装置に特化した技術をもっていた。 この世界では、魔導装置はあくまで魔法を使うための補助の存在でしかない。しかも、魔導装置を使う人間とは魔力が微力である者ことである。魔術を安定して使うための補助器具としての認識しかもたれない。


 ただアルフレッドの両親は、補助器具だったはずの魔導装置を夢の道具にかえてしまう方法を発見してしまった。誰もが望むだけの魔力を使うことができ、魔術を安定的にするだけでなく、微力の魔術から効率的にその力を取り出し、濃度の高い魔術を構築できるようになった。つまり今まで何倍も必要な魔力が、凡人でも扱えるようになったということだ。


 この世界は魔力の容量が大きい人が優れているという基準がある。魔術が使えても、生まれながらの魔力容量が小さければ、大きな魔術を使うことができない。しかし、魔道装置を使えば、魔術を使う人の魔力容量は大きな差はなくなる可能性が出てきた。


 しかし、その装置も完成をすることはなかった。両親は地方視察の途中、落石が馬車に直撃し事故死してしまったのである。アルフレッドにとって、肉親の死は大きな心の傷を負うことになった。アルフレッドはもともと社交的ではなく、自己評価も低かったので、部屋に引きこもりがちになった。

 そこに追い打ちをかけたのは、親戚の存在だった。アルフレッドには唯一、父の弟にあたる叔父がいた。彼は両親がいなくなったのを知ると、時折屋敷に訪れ、金の無心をするようになった。そしてアルフレッドを罵るのだった。



 「俺がこの家を継ぐはずだったのに。こんな落ちこぼれが跡継ぎだなんて兄も報われない」


 両親が聞いたら激怒するだろうことを、叔父は好き勝手に吹聴フイチョウして帰って行く。

 アルフレッドはさらに引きこもるようになった。アルフレッドは両親の作っていた装置についても、理解できていない点も多く、自分は落ちこぼれであると思っていた。


 魔力容量も凡人、そして顔も平凡。根暗で地味、自分の良いところを探すことは、自分にとって一番の難しいことだった。




 あるとき、執事のルボワが叔父を対応してから、叔父は屋敷にくることはなくなった。

 だが、そのときにはアルフレッドは部屋の外に出ることができなくなっていた。


 さすがに数日に一度は、体を清潔に保つようルボワに指示される。気力がわかなくなり、ただ出されたご飯を食べ、自分が作ったおもちゃのような魔道装置をいじり、本を読み、そして寝て、食べての繰り返しだった。アルフレッドは自分自身のことを生きた屍だと思っていた。

 特にやりたいこともないし、特に生きたいとも思わなかった。日が暮れて、夜になり、目をつぶったら人生が終わっていたらいいのにと思っていた。


 だが、日はのぼり、目が覚めると、また一日が始まる。だから目が覚めた瞬間がひどく辛かった。






 「アルフレッド様……、アルフレッド様」


 誰かが呼んでいる。アルフレッドは少し昔のことを思い出していた。


 「アルフレッド様、起きていますか?お食事のお時間です」


 「ルボワか」


 「はい、ルボワです。ローズ様ではなくて残念でしょうが。ローズ様はもう朝食をお食べになり、書物を読んでおられます。アルフレッド様の訓練の為だそうで」



 アルフレッドは最近、気になる人ができた。婚姻を結んだ5つ年上の妻のことである。彼女は王族であり、この婚姻などなければ、一生自分には縁がないだろう人であろう。もともとは妹のマーガレット王女が婚約者であったが、ほかに好きな人がいたらしく婚姻は破棄になった。その代わりに嫁いできたのが、マーガレット王女の姉のローズ王女である。



 「べ、別に残念じゃない……」


 ツンデレ満載な自分の言葉に、羞恥を感じながらも、アルフレッドは自分のために奮闘してくれるらしいローズを思った。


 アルフレッド自身も感じているのだが、自分はチョロいのだ。美人で、しかも魅力的な女性が、自分のことを思って奮闘してくれたら嬉しいと思う。少なからず、アルフレッドはローズが好ましい人に感じられた。最初は背も大きく、その大柄な体つきに驚いてしまったが、よく見れば、手足は細く、男性とは違うしなやかな体つき。女性などしばらく近くに接近したこともなかったので、最初はまともに視界にいれることさえできなかった。自分みたいな根暗で、引きこもりなんか馬鹿にするに違いないという猜疑心サイギシンも生まれた。


 しかしローズは、それほど清潔でない自分に触れても、髪を洗ってくれた。初対面でありながら、まともに挨拶もせず、そして無様に震えるだけの自分をサゲスまなかった。

 

 チョロいアルフレッドは、ローズへの好感度が上がっていくのが感じられた。


 初対面のあと、部屋を片付けてくれたローズ。自分にとってはゴミのようなものも、手放したくない。それを勝手に捨てることなく、一つずつ必要か聞きながら整理していく。数日いるだけで、アルフレッドはローズのことが気になる存在になってしまった。だが、何かが急激に変わるということはない。自分からは話しかけられないし、まともに視線を合わせることもできない。まして、世間的に女性をエスコートするようなことは出来ないし、女性を喜ばせる言葉なんかわからない。



「………」



 自己否定を続けていると気分が参ってくる。形式上、ローズは結婚してくれたが、自分なんか相手にしてくれる訳がないと思ってきた。

 

 今日の朝食は、好物のとき卵と燻製した肉を焼いたもの。そして付け合わせは穀物パンであるが、味を感じなくなってきた。引きこもりたい。



 「アルフレッド様、もう朝食はよろしいですか?横にならないでください。これから着替えてから、お散歩していただきます。ローズ様と中庭で一緒にいかがですか?」


 「外、出たくない」


 「そう言わず。着替えて太陽の光を浴びるのもいいでしょう。シーツをお換えしますから、ベッドから離れて下さい。物には触りません。お部屋の掃除もローズ様から指示されておりますので」


 「ローズが?」


 「ええ、お召しものもローズ様から選ぶようにと。昨日は寝間着のようなものでしたから、今日は少しお出かけ用のものを出しましょう。サイズがかわったと思いますから、新しいお洋服を用意しましたので」


 「………」




 ローズが色々考えてくれるのは嬉しいが、外にでるのには抵抗がある。億劫であり、面倒くさい気持ちもある。そんな気持ちをあからさまに顔にだしたが、ルボワは気にしていないようだ。今までは主の気配を察して、下がってくれたのだが、ルボワは完全にローズ側についたようで、アルフレッドの気持ちを察して行動することを控えているようだ。




 「さあさあ、お着替え下さい」


 

 服を脱ぐのも面倒くさいのだが、ルボワが追い立てるように服をはぎ取っていく。逆らうのもめんどうなので、ルボワに任せて着替えることにした。そして髪を整えると、温かいタオルを持ってきたルボワは、アルフレッドに手渡す。



 「ローズ様が、顔を洗わないようだったらということで、蒸しタオルを用意するようにと。顔を拭いて下さい。あと奥様とお会いになられますから、歯を磨いて下さい」



 気が利くローズ。蒸しタオルを顔にあてると、いっきに目がさえるようになる。そしてルボワの指示の通り、簡単に首筋なども拭く。くんくんと自分のにおいがないか、確認してみる。そして歯ブラシをする。朝からこんなに行動的になるのは久々だ。


 最近は同じ時間を起こされ、同じ時間に朝ご飯を食べさせられる。最初は体がなじまなく、眠気に負けて、朝ご飯を食べながらうたた寝をしていた。しかし朝に決まった時間に起き出すと、夜決まった時間に眠くなるのだ。そうするとルボワがさっさと灯りを消してしまうので、夜遅くまで起きていられなくなった。体が健康的なサイクルになってきているのがわかる。朝起きて、夜寝るというスタイルが作られているのが感じられる。そうすると、必然的に昼間に活動しようとする気持ちがわいてきて、日の光を見るだけでうんざりした気持ちが、少しずつヤワらいできた。

 


 「さあ、ローズ様を迎えに参りましょう」



 着替えをしたアルフレッドを待ちかねたように、ルボワは部屋のドアを開けて、図書室へ続く廊下へ向かうように促した。




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