第十話 才能

 「ローズ様、今日もお疲れ様でございました」


 「ルボワも手伝ってくれるからだわ。アルフレッド様もほんと強情な人で、ルボワの苦労がわかるわ」


 次の日も、ルボワの平和的な解決方法により、アルフレッドを部屋から自発的に出させた。そして部屋の片付けをローズとハンナとルボワで始めた。アルフレッドは最初のときのように、おびえている様子はなく、部屋の物を片付けたくないと部屋の隅で突っ立ってごねていた。しかしローズは容赦なく、片付けを決行することにした。

 そこで、ルボワにホコリがかぶっているものと、最近使った形跡があるものに分けてもらうことにした。そしてアルフレッドには最終的に、捨てるか捨てないかの判断をしてもらうことにする。アルフレッドは、最初は何も捨てたくないと言って、駄々をこねていたが、ローズが捨てなければ、勝手に判断して物を捨てると脅したこともあった。ローズには逆らえないと察すると、全部を捨てられるよりはましだと、ぽつぽつといらないもののなかから、捨てる物を選び始めた。

 ルボワとの仲も一緒に掃除をしていて、打ち解けていたように感じる。ルボワは何か改まって物事を言うときは、ローズを「奥様」呼びをするようだ。もちろんアルフレッドに対してもそうで、明らかに怒っているのが分るのは呼び方だ。「ご主人様」と笑顔で言っている時は、本気で怒っている。最初は他人行儀に、そして打ち解けてからもわざとルボワは奥様呼びしていたが、日増しにアルフレッドを支える仲間意識ができたのか、「ローズ様」とハンナもルボワも呼ぶ。


 そういった時間を過ぎていくうちに、アルフレッドも一緒に掃除をする意識が芽生えた。捨てることに慣れ始めたようだった。数日たてば、ものへの執着が少しましになってきた。最初に比べ、いらないものの基準が明確になってきたようだ。

 今必要な物、これから絶対使うもの、思い出のもので見返したい物。自分の物に関しての優先順位をつけ始め、片付けははかどっていく。そして部屋の掃除も同時にしていき、最初はホコリっぽく、薄暗かった部屋が、見違えるように綺麗になった。

 それからルボワの采配もあって、勉強机やテーブルやソファも新しく新調することにした。今まで使っていた物は、石で出来た物で、高価なものであったが、冷たく部屋が寒々としていた。ルボワが取り寄せた家具は、木でできたものであり、その家具は細かな装飾が施されている。部屋のなかが木のぬくもりで過ごしやすくなった印象になった。

 今までは無造作に本や脱いだままの服が床に投げておいてあった。それらを片付け、くつろぐ空間を作ろうと、大きな織物も床に敷いた。そこにはクッションなどをいくつも置いて、寝転びながら本を読んだり作業をしたりと、見渡しのいい空間になった。

 アルフレッドは見違えた部屋に、目を丸くしていたが、また部屋が汚くなったら、ローズが毎日でも掃除をすると言っているため、綺麗に使うと約束させられた。


 ローズは部屋を片付けていて、不思議な物をいくつか発見した。まずは設計図らしきものが複数あったのだ。それを制作するらしい金属板や、ネジなど接続部に使ういくつもの部品もあった。それらから推測するに、魔導装置を作っているらしいようだった。アルフレッドが考える魔導装置は、ほとんどがおもちゃのような小さいものばかりである。  

 その中で特にアルフレッドが、興味深く作っているのは、女の子の映像が出る四角い装置だった。微力の魔力を流すと、四角い装置から、女の子の姿が出る。そしてその女の子は、踊ったり歌ったりするのである。


 その女の子を、ローズはみたことがあった。


 ローズが魔術学院にいたころ、依頼で警護する任を受け、隣国にある商業地区へ出かけたときのことである。そのときに、その地域ではとある女の子が人気で有名であった。歌って踊れて、そして演劇では主人公を演じ、可愛らしいルックスと天使のような歌声で人々を魅了していた。彼女を、皆が「星のようだ」言い『スター』とアガめ立てていた。彼女は、もともと劇団員であるが、その多くの才能に男性から人気があった。その人気はほかの国でも根強く、彼女の歌うコンサートを人生に一度は行ってみたいという男性もいると聞く。


 どうやらアルフレッドも、その彼女が好きなようだった。


 アルフレッドの部屋には、そのスターの彼女の姿絵が描かれている紙や、彼女が所属している劇団のオリジナルグッズがいくつか置いてあった。ただ彼女の人気がでてきたのは、ここ数年のことなので、ルボワに聞いてみると、ほとんどが取り寄せたものであるようだ。

 確かにアルフレッドからみたら、ローズのような大柄である女性より、小柄で可愛らしく、天使のような女の子の方が好みであるのは納得できる。ローズも最初から自分が、年下の夫に好かれるとは思っていなかったし、納得するしかなかった。


 「部屋が綺麗になったし、アルフレッド様も表情も出てきてよかったわ。明日からは庭を散歩させましょう。外にでていないから、体力が落ちているでしょう」


 「はい、では動きやすいお召し物を用意いたしますので。奥様、本日のデザートです。こちらは領地から献上されましたフレッシュオレンジで作りました甘露煮です。こちらの焼き菓子とともに召し上がって下さい」


 「とても鮮やかな色。いただきます」


 働いたあとのお茶の時間は格別だ。今は中庭を見渡せるテラスでお茶を楽しんでいる。朝からアルフレッドの部屋の掃除をして、お昼ご飯を挟み、そして作業が終わり、今日はお茶の時間にが作ることができた。甘く砂糖で煮たオレンジのコンポートは、酸味の中にある甘みと、すっきりとした後味で、焼き菓子との相性がいい。そしてほのかな酸味を楽しんだあとは、爽やかでありながら香り高い紅茶を口に含む。紅茶もとても質が高いことがわかる。

 この領地は様々なものが豊富である。野菜はいくつもの種類があり、そして畜産も盛んである。工芸品もあり、地方領地でありながらとても文化水準が高いのである。

 人の多さ、そして規模の大きさなら王都が圧倒的ではある。しかし領民の数や、領地の広さからいっても、王都にはひけをとらない繁栄を感じ取った。


 「ここはとてもいい土地だわ。実りもいいし、景色も綺麗。人も優しい」


 「ええ、民は賢く、そして豊潤な土地。まさに理想郷です」


 「ルボワもそう感じるの? 」


 ルボワはローズがお茶を飲んでいるところ、少し離れて言葉をかえした。今日は珍しい。いつもは、アルフレッドの様子を見に行き、家の仕事をしていて忙しそうにしているのだが。


 「ええ、まさにわたしが感じている理想の土地です」


 「でも、領主の仕事はどうしているの?ルボワが全部引き受けているのかしら? 」


 「ええ、大体は。ただ何もしなくとも、この国土を養えるだけの財が10年分ここにはあるから安心ではあるのです」


 「何もしなくても?領民を守り、領民が生きるだけの財産が」


 「ええ、豊かな土地だけではないのは、ローズ様も感じておられるでしょう。ここの領地に眠るものが」


 「そうね、アルフレッド様の部屋にある魔導装置を見れば。わたしの知らない技術があると感じている」


 「先代、そしてアルフレッド様もその才があるようです。この家系は、魔導装置に特化しています。アルフレッド様は、魔力の容量は凡人程度。しかし魔導装置を作る才能は、この世界に並ぶものはいないでしょう」


 「魔力の容量が、能力の大小を決める基準だとすれば、異端の力かもしれない」


 「ええ、だから隠しているところもあります。技術を小出しにしても、わかる技術者にはわかりますから、高く装置が売れるのです」


 「それをわたしに……王家の人間に話してしまっていいのかしら?この世界をかえることかもしれないのに」


 「たとえローズ様が、それを話されても、夢物語と言われるでしょう。どこにも証拠がありませんから」


 「確かに。今の時点では、わたしは何もわからない」


 「そう、その聡明さがあるから、この話をしているのですよ」


 「信頼されているのか、試されているのか。どうなのかしら? 」


 「ローズ様の判断にお任せいたします」


 ローズはお茶をゆっくり飲む。肝心なところは隠されたままのことが多い。ローズには、魔導装置がどの程度発展しているのか、それもわからず、その発展を証明するスベもない。だから結局、ローズには推測することしかできないのである。ただローズは無理に調べる必要もないと思える。この魔導装置は表に出す物ではないとローズは考えた。だったら知らないままであった方がいいこともある。知らなければ、もし万が一自分が何かあったとしても、その秘密を話す危険もないのである。ルボワとアルフレッドを見ていると、魔導装置を悪用するようには思えなかった。だったら今のままで良いこともある。


 「アルフレッド様のご両親のことは、うかがっても大丈夫かしら? 」


 「はい、知っておいて頂いたほうがいいこともあるでしょう。特にローズ様は、アルフレッド様によくしてくださっておりますから」


 「善意の気持ちだけではないけれど、ね」


 「それはお互い様です。アルフレッド様は、ご両親が亡くなり、そのショックで部屋に引きこもることが多くなりました。アルフレッド様は、繊細な方なのです。優しく、そして脆く」


 「繊細で優しいから、できることもある。あの魔導装置は、繊細な作品だと思うわ。真面目で仕事が丁寧ではないと作り上げられない。わたしにはできない事だわ」


 「はい、人間には適性というものがありますから。ローズ様は魔力の容量はすぐれていますし、賢い。非の打ち所がないのでは? 」


 「あら、それは皮肉かしら?わたしにもできないことはたくさんある。細かい作業は得意ではないから、花嫁修業でやるような裁縫はできなくて。よく乳母に怒られたわ」


 「花嫁といったら、妹君のマーガレット様はどこの国の権力者も迎えたかったとうかがっておりましたが」


 「マーガレットはまさに、お姫様のなかのお姫様だった。国で一番といわれる儚げな美貌。ダンスはうまくて、裁縫も上手、出過ぎたところもなく、思慮深い。芸術にも詳しかった。だから、みんな期待していたのよ、マーガレットに。最上級の花嫁として」


 「だが、現実はうまくはいかない」


 「ええ、人間には意思があるもの。たとえ才能があっても、本人の意思と合致していなければ、どんなにほかの人が言っても、本人にはその言葉は響かないの。わたしもそう」


 「ローズ様も魔術学院で、とても期待されていたとうかがいました」


 「わたしの場合は、魔術学院での地位は興味がなかったから、その点はいいの。後悔がないかと言われれば、まったくないと言えば嘘にはなるだろうけれど。」


 「では、ローズ様はこの婚姻を納得されていますか? 」


 ローズはルボワから言われた言葉が胸にぐっとさし込むような痛みがあった。ローズには様々な気持ちが浮かび上がった。ただそれを言うのは、ルボワに向けてではない気がする。ローズはぐっとこらえた。


 「それは、いつかアルフレッド様から問われたら、わたしは答えるわ」


 「失礼いたしました」


 「アルフレッド様も、たぶん引きこもりたくなる原因があるのでしょう。でもわたしたちが議論しても仕方ないわ。本人に聞かないことには」


 「はい。お茶のおかわりはいかがですか? 」


 「いただくわ」


 これ以上の話は意味をなさないと感じ取ったローズは、無言でお茶のおかわりをもらうことにした。ローズだって出来た人間ではない。我慢はしているが、いくつもの感情がくすぶってしまうことがある。しかしローズは、その感情をぶつける相手もいない。その結果、どうしても美味しい物を食べてしまうのだが。ローズのここ最近心配ごとは、体重のことである。明日からアルフレッドと一緒に、散歩をしながらトレーニングをしようと心に決めた。

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