第十二話 涙 Sideアルフレッド
Sideアルフレッド
「ローズ様、アルフレッド様がいらっしゃいました」
「アルフレッド、おはよう」
図書室で本を読んでいたらしい、ローズ。ローズの姿は、初めて出会ったときは艶やかなドレスだったが、次の日からは質素な普段着になった。もともと着飾るのがそれほど好きではないみたいで、図書室でも作業をしながら本を読むには、ドレスでは裾が邪魔だと言っていたそうだ。だが、アルフレッドはどちらでもよかった。綺麗にメイクをして、セクシーなドレスを着ていても魅力的であるが、素の姿で普段着を着ているローズもまた違った美しさであるからだ。一緒にいて落ち着くのは、後者だ。心の中では彼女を褒めることができるのに、口に出してローズに気の利いたことなど言えない。アルフレッドはただ立ちすくむだけだ。
「おはよう」
挨拶だけは返すが、何も言えないでいるとローズは本を本棚に戻す。それからメイドのハンナがローズの後ろに控えて、ローズと一緒に中庭へ行くことになった。
「アルフレッド様、今朝は朝食を食べました?」
「食べた」
「いいですね。これから少し歩くので、お腹が減ってしまっては動けなくなってしまいます。水分補給もしっかりして。今日はお天気になりそうだから」
ローズはアルフレッドとともに歩いて、何気ない会話をする。アルフレッドはローズが会話の主導権をとってくれるので、基本的に答えるだけでいい。ローズは賢い人であるのか、話題が尽きると話を振ってくれる。さりげなく、そして話が弾むようにしてくれる。アルフレッドとしても、女性だから話を振らなくてはいけないなど、極度の緊張を強いられなくて済むので気が楽だった。もし、話が途切れても、ローズは自由であり、外の風景を眺めて楽しそうであり、いつも自然体だ。アルフレッドに期待をしていることはないようで、いつも楽しそうにしていて、食事をしているときも、美味しそうに食事をとる。
アルフレッドはそんな彼女との時間が、温かく感じるときがある。
「ローズ様、これをお使いください」
メイドのハンナが、玄関へ来ると日傘をローズに渡した。白い日傘である。これは昔、母様が使っていたものだ。それをローズはしらないだろうが、今のローズの格好、そして散歩をすること。これらは昔、両親がいて、穏やかな時間を過ごしていたときの光景を思い出させる。母も夜会など以外では、着飾ることはそれほどなかった。父と一緒に魔導装置の研究をしていたので、作業をするために普段着で過ごすことが多かったのだ。
アルフレッドは日傘を差す、ローズを見た。
ローズは日差しが強くなっている空を眺めながら、少しだけ伸びをした。さらさらと下ろしている髪の毛が、風になびく。
その様子を見ていたことに気がついたローズは、アルフレッドに視線を向けて何かあるのかと首を傾げた。アルフレッドは恥ずかしくなり、視線を外す。
そのままローズとアルフレッドは、中庭を二人で歩いて行った。ただアルフレッドは、久々の外だったので、日差しでも体が疲れ切ってしまった。そもそも着替えをして、部屋から出たので精一杯だったのだ。ダラダラと額から汗が落ちてくる。それを見計らって、ローズはタオルを差し出した。ルボワから渡されたのだろう。アルフレッドはタオルを受け取る。
「ありがとう。」
「どういたしまして。少しベンチに座りましょうか」
中庭は、ルボワが屋敷で一番気にかけている場所である。特にバラの手入れを気にかけているらしいルボワは、お気に入りの庭師がいて、その庭師一家を雇っている。中庭はにはたくさんのバラが咲いている。赤いバラ、そしてピンクのバラ、黄色のバラ、青いバラ、白いバラもある。
ローズは中庭中央にある、噴水の近くにあるベンチに腰をおろした。アルフレッドも疲れてしまったので、やっとの思い出ベンチにたどり着く。そして汗を拭く。
「久々の外は、結構体に堪えるでしょう?」
「こんなに体力が落ちていると思わなかった」
「部屋のなかにいるとどうしても、動かなくなる。でも、朝起きて、夜寝るのを繰り返していると、体も慣れてくるかな」
「そう」
さーっと風が頬を通り過ぎていく。緑のにおいがする。アルフレッドはタオルで汗をぬぐうが、これほど汗をかいたのもどのくらいぶりだろう。最初はべたべたした汗だったのだが、今は汗をかきすぎたのか、サラサラした汗だ。なんだか心地がいい。最初はまぶしくて、視界にさし込むような光も、今は慣れてきて、風が気持ちよく感じられるようになった。今までは外が怖いものだと思っていたが、今日はそれほど怖くない。
「少し休んだら、また屋敷にもどりましょう。そしてゆっくりお茶を飲んで」
「わかった」
ルボワから聞いたローズの話だと、訓練と言っていたから、厳しいことをやらされるのかと思っていた。しかしそんなことはなく、ただ散歩をするだけだった。ただ散歩をするだけだが、行動をしてみるとしんどいことがわかった。外に出ないだけで、こんなにも極端に体力が落ちることを思い知った。
「ローズは、部屋に閉じこもっていたって言っていたけれど」
アルフレッドは、どうにもローズのフォローが的確で、自分に心地よかったのが不思議だった。もちろん相性もあるのかもしれないが、それだけではなかった。ローズは知っている。引きこもることがどんなことなのかを。
「ええ、わたしも外に出るのが怖くなってしまった時期があるので。わたしが王都でなんと呼ばれているか知っています?」
「ローズ王女は……、第二王女はたいそうな優秀な人であると。本人の目の前に言いづらいけど、ドラゴンを倒す大女で。怖い人だと聞いたことがある、かな。」
「噂なんて尾ひれがつくから。ええ、まあまあそんなところでしょう。優秀かはわからないけれど、大女とか馬鹿力とかね。ドラゴンを素手で倒したなんていう噂も聞いたことが。」
「それは、さすがに物理的に無理だと思うけど。ドラゴンキラーとか
アルフレッドはローズと話をすることに慣れてきたのか、言葉が多くなってきた。最初は言葉も発することが難しいようで、言葉がつまったり、表情がこわばったりしていた。しかし外に出て、ローズと一緒にいる時間になれてくると、昔に戻った気がする。自分が普通に話して、普通に暮らしていた日々を思い出す。遠くなってしまった、普通の日々。
「ドラゴンを倒したのは事実。左目も赤く光るでしょう?だから
「禁術、ぼくも禁術は詳しくないから理解できない点もあるけれど。後遺症があるっていうのは初めて聞いた」
「はい、わたしもそうでした。禁術の発動した条件も、偶然のものですから。代償であるのかさえわからなくて。」
「そもそも禁術ってものが、存在するのかもぼくはわからない」
「え、それはどういうこと?」
アルフレッドは考え込んでしまう。いろんな術式が頭に浮かび上がる。
アルフレッドは膨大な術式が頭に入っている。図書室にあるものはほとんど頭に入っているが、ローズには見せていない書庫も多くあり、そのなかの本も読み込んでいる。アルフレッドの両親が残した知識の宝庫。
「魔術というものが、禁術みたいなところがあるから。」
「この世界の人はほとんど魔力をもつでしょう?持たない人からすれば、確かに禁術みたいなものですけれど」
「そう、この世界ではってこと。ローズ、火を出してみて。」
「ここで?」
「ここは、庭だから屋敷の結界に触れることはないから。判定が甘くなるはず」
「やはり、屋敷には結界が。」
ローズは術式を空に描きながら,火を呼び起こす詠唱を行う。
そして手の上に火の玉を浮かばせ、アルフレッドに向き直る。それをアルフレッドは観察しながら、術式を巡らせる。
「さすがはローズだ。いくつかの術式を同時に発動している。ぼくには絶対できない芸当だ」
「そう、なのですか?」
「ローズは無意識かもしれないけれど、ローズが今使っている魔術は、火の玉を宙に浮かせる。それは単に火を出すだけの魔力では足りない。魔術容量の凡人がやったら、火の玉の維持だけで魔力が枯渇する」
「わかりません。わたしは、魔術書にあった通りの詠唱を唱えているだけです」
「魔術には術式があり、ある一定の法則がある。術式によって、魔力の消費の大小が変化する。魔術は術式を介して、物質の召喚をしていることに過ぎないから」
「どういうことでしょうか?」
「魔力を使って、その対価として詠唱通りのものを召喚しているということ。今、ローズが唱えた魔術には、『火』『発生』と、『宙に浮かぶ』、『形状を維持する』といったいくつかの術式が入っていた。」
「え……」
「うん、あまり知られてないことだから。ぼくもうまく説明できないけれど。術式さえ正しければ、その術に見合った魔力さえあれば、何でもできるはず。そう考えると禁術という考え方が、難しくなる」
「でも、確かに禁術はあると。いくつもの書を見ました。」
「魔力を膨大に消費して、術式としては成り立つけど、発動はできないものも多くあると思う。だからローズの発動した使った禁術の術式さえみれば、ある程度どんな術がわかると思う」
「ごめんなさい、わたし記憶がない。」
久々に頭をフル回転してアルフレッドは話した。こうして楽しいという感情をもったのはどれだけ久しいだろう。こんな話をしても、ほとんどの人はアルフレッドの頭がおかしいと言うだけだ。通じるのは、アルフレッドの両親だけだった。こうやって両親の研究室で、魔術書を見ながら、両親といろんな話をした。両親はいつも楽しそうにアルフレッドの話を聞いてくれ、くだらない話も真剣に聞いてくれた。否定をしなかった。だからアルフレッドは両親のような立派な技術者になりたい、と思っていた。この熱い気持ちはなんだろう。
「後遺症?」
「ええ、実は術を使ってからのしばらくは気を失っていて。目が覚めても、日常の生活をおくるには体がいうことがきかなくなってしまったの。違和感がひどくて、だるいしで。外にでるにも、学院の人達が協力をしてくれて、どうにか元の生活に戻れました」
「それほど?」
「ええ、体のダメージも大きかったのもあるけれど。心のダメージも大きくて。ドラゴンの襲来でチームメイトが大きな傷をおったのを見てしまったから」
「チームの人は?」
「学院を辞めていった人もいて、今でも体が不自由な人もいます」
「そっか……」
ドラゴンを倒し、ドラゴンキラーと呼ばれるローズでさえ、大きなダメージを受けて回復までに多大な時間を要したということだ。どんなに強い人でさえ、ショックなことがあれば、立ち直れないし、人の見えないところで傷つく。だがその中でも必死に立ち上がっていくことを、アルフレッドは彼女を目の前に感じることができた。
「ぼくなんか、全然だめだ」
「そんなことない。アルフレッド様は才能があり、聡明です。わたしこそ、噂だけ。たまたま魔力容量が大きいだけだし、ドラゴンだって偶然倒せた。本当に強い人だったら、誰も傷つかず助けることができたかもしれないのに」
「それは違う、ローズは一生懸命やった。普通の人だったらドラゴン前で何もできない。怖くて…」
「でも、アルフレッド様のような知識があって。もっと、もっと力があれば!」
「ぼくだって、ローズのように魔力があれば。父様や母様たちを助けられたかもしれないのに!!!」
お互い感情が爆発しそうになり、泣きそうになる。ローズだっていつもは冷静で、正しいことを言っているように思えるのに、本当は迷うことも、嘆いて、苦しいこともあるのだと思った。
アルフレッドは、感情に蓋をしていた後悔がどっと押し寄せてきた。あのとき、ああしていれば、こうしていれば。そういったどうにもならない感情が、自分を深く責め立てる。そしてローズとアルフレッドは、互いに涙した。どうにもならない過去を悔いて、責めて。自分を否定する。
しかしそれを共有できる人がいて、初めて泣くことができた。アルフレッドは、両親の死後、初めて両親を思って泣くことができた。感情が止まったままだったように、泣き出すと、感情がいっきに押し寄せる。自分は悲しかったと、苦しかったと言うことができる。こうやって深い部分にあった感情を出すことを、アルフレッドはローズから教わった。
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