第十三話 想起 Sideアルフレッド
Sideアルフレッド
アルフレッドは泣いて、自分の気持ちを爆発させた。しばらくその場所にいた。横にはローズも同じく涙をしているようだったが、アルフレッドみたく声をあげていることはなかった。アルフレッドは、恥も外聞もなく、今はただ泣いていた。しばらくすると我に返り恥ずかしくなったが、ローズにはいいところを一つも見せていないことに気がつく。
そもそもずっと部屋に引きこもっていたし、初対面のときは、ローズに馬乗りになってしまうし、髪は洗ってもらうし、髪は切ってもらう。そして少し庭を歩いただけで、息を乱し、あげくの果てには、情けなく泣く姿を見せた。だが、ローズはアルフレッドを軽蔑し、蔑むことも、かわいそうと同情することもなかった。ただあるがままに、まっすぐにアルフレッドに声をかけ、接してくれる。それがとても心地よかった。
ローズから渡された、汗をふくタオルで涙をぬぐっていて、ちらりと横にいるローズを盗み見た。ローズはもう泣いていることはないようで、目元はわずかに赤みがあったが、中庭を眺めていた。ローズはアルフレッドの視線に気づいて、視線のする方へ顔を向けていた。真っ直ぐ見られると、恥ずかしくなるアルフレッド。ローズは近くで見ると、とても美しい。最初に見たときよりも、毎日美しくなっていくように見える。たぶん、これはアルフレッドの気持ちの変化もあるのだろう。
「アルフレッド様、もう少し歩きましょうか」
「ローズ」
アルフレッドはローズに声をかけた。
「はい、なんでしょう」
「敬語じゃなくていい、名前も様はつけなくていい。」
アルフレッドは、ローズが敬語になったり、丁寧語になったり、少し話しにくそうだったのを気がついていた。ローズは初対面でため口になったが、次に会ったときは、夫に対する敬意も含めて、丁寧な言葉に戻していた。しかし、アルフレッドはローズに丁寧に扱われるほどたいした夫でもなければ、たいした人間でもない。
それに、今は家族のような温かさが心地よく、気軽に接してほしかった。
「気がついていましたか。じゃあ、敬語もなしにして。アルフレッド、ありがとう。」
アルフレッドの細かな気遣いにローズはにっこりと微笑んだ。美女が微笑むと、凶器にも匹敵する。自分の心臓に悪い。キラキラとまばゆい光を帯びたような、その微笑みに、恥ずかしさは増して、目をそらすアルフレッド。ローズはその様子をただの挙動不審の人としか思わないようで、気にすることはなく言葉を続ける。
「明日から、少しずつ歩く距離を長くしましょう。わたし市場で一緒に買い物をしたいの。アルフレッドは市場に行ったことある?」
「昔はある。母様が父様にご飯を作ることもあったから、材料を見にいったよ。母様のスープはとても美味しかった」
「お母様のお料理!いいわね、わたしの母は全然お料理はしないから。少しうらやましい」
「ローズのお母さんは、皇太子妃だから仕方ないよ」
「まあ、王族ジョークみたいな話よね。王族で料理をする人は少ないもの。」
「ローズは、いろんなことができてすごいと思う」
「魔術学院ではいろんなことを学ぶから。わたしスープ得意よ?アルフレッドの好きな味があったら今度作ってみようかな?」
「うん」
ベンチから立ち上がり、また少し歩き出す。アルフレッドも立ち上がり、また足を踏み出す。
「今日は、冷たいスープを作ると料理長が行っていたわ。あと、近くの庭でなかなかとれない貴重な鳥の肉がとれたらしいの。この季節は身が引き締まっていて、脂ものっていて、とっても美味しいとルボワも言っていたわ。夕食が楽しみね」
「うん」
ローズが美味しいというと、食事が美味しく感じる気がする。両親がいなくなってから、食事はずっと一人で食べていた。だからいつのまにか、美味しいと思う食事がなくなってしまった。でもローズとご飯を食べると、食べ物が美味しい物であることを思い出す。自分が何を好きで、何が嫌いだったかを思い出してきた。自分がどんな人間で、どんな性格であったかすら忘れそうになっていた。ローズと話して、時間を一緒に過ごしていると、自分が生きているということを思い出す。
「ぼくは鶏肉が好きで、特に父が鳥を脂で揚げたものが好きだった。前に、家族で旅行へ行ったとき、食べたんだ。とっても美味しくて、帰ってきたら父が真似をして作ってくれた。少し味は違う物だったけれど、美味しかった」
「とっても美味しそう。」
「美味しかった。旅行先で、演劇をみたり、音楽会へ行ったり。夢のような時間だった」
「アルフレッドの部屋にあった、魔導装置に女の子がうつっていたでしょう?それって演劇に出ている人気のスターだったわよね」
「ローズも知っているの?」
「ええ、一度遠征があって見たことがあるの。演劇好きな友人に連れられて見に行ったわ」
「ぼくの父も母も、演劇が好きだった。音楽も好きだった。父も母も政略結婚だったけど、趣味が同じで、一緒に研究したり、料理をしたり、旅行したり。ぼくのあこがれだったんだ」
「素敵なご夫婦ね。」
「もう一度、演劇をみて、スターを見たい。もしよかったら、ローズも一緒に行かない?」
「ええ、喜んで。いつか一緒に旅行へ行けたらいいわ。それを目標に、体力つけたらいいわね」
「うん」
ローズはアルフレッドをやる気にさせる言葉をよく知っている。アルフレッドは、自分が生きた屍だと思っていた日常が、少しずつ変化しているのを感じている。明日も生きていいかもしれない、一週間後も生きてもいいかもしれない。
明日のことを考えるのが苦痛であった日々が、明るくなってきた。体調もよくなってきたし、体力もつけている。
ローズに連れられながら、中庭をもう二回ほど歩いてから、屋敷に入って休むことにした。
その日は、散歩中に話題になった通り、鶏肉のソテーだった。ハーブがきいていて、香りもよく味わい深い。そして肉がしまっていて、そして脂がのっていてうまみもあった。ローズと一緒に会食をしながら、あっと言う間に時間は過ぎてしまった。
体も動かし、きちんと汗を湯で流し、就寝することになった。その日は体の疲れもあって、早々に熟睡してしまった。久々に深く眠れた気がした。
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