第十六話 手料理 Sideアルフレッド
Sideアルフレッド
アルフレッドは昨夜から、今日の昼食が楽しみでならなかった。昨夜昼食をローズと食べていたときに、話の流れで手料理の話になった。アルフレッドの両親は、貴族であっても旅をよくすることもあって、両親とも料理が趣味であった。治める領地がいろんな産物が収穫できるのだが、それに見合った調味料を探しに、両親は旅に出たこともあった。
そういう意味で両親は、好きなことをとことん追求する。技術者としての資質を感じられるエピソードである。両親の話をしていると、ローズはとても楽しそうにしてくれる。笑顔でアルフレッドのつたない話を聞いてくれる。
「僕が野菜嫌いだっていうので、母様はよくいろんなお菓子を作ってくれた」
「へえ、どんなお菓子だったの?」
昼食を食べ終わり、ゆっくりお茶を飲みながら話をする。この時間もアルフレッドにとっては安らぐ時間であった。
「嫌いな野菜を細かく刻んで、すりつぶして。ケーキを作ってくれた。野菜の味がまったくしなかったし。お菓子は好きだから」
「細かい工夫だわ。じゃあ、野菜嫌いはもうなおったの?」
「苦手なものはあるけれど、食べられないほどではなくなったかな。」
「そう、じゃあ明日の昼食を作ろうかなと思っているのだけれど。アルフレッドは何か食べたいものあるかしら?」
「え、ローズが?!」
「ええ、美味しいご飯を食べていて不満はないのだけれど。こんな素晴らしい材料があるなら、色々作ってみたくて。まずはスープとかになるけれど」
「ローズ、前にスープは得意って言っていた」
「ええ、そうなの。遠征のときは、特にスープは美味しくて。ほかにもたくさんではないけれど、作れるものがあるわ」
「食べてみたい!」
「じゃあ、メニューを料理長と考えないと」
クスクスと笑って、楽しそうにしているローズを見ながら、アルフレッドも嬉しくなった。ローズの手料理。まさか王女であるローズが、手料理を自分からしたいというなんて驚いた。
貴族にとって料理は、やる必要がないことである。使用人がいるし、料理を仕事としている人から仕事を奪ってしまうからである。そのため、男性も女性も料理を自らする貴族は少ない。
アルフレッドの両親たちはとても変わっていたのだと思う。何でも自分たちでやってみたりして、いつも新しい発見を求めていた。好奇心の塊の両親であった。
不慮の事故で亡くなってしまったのも、アルフレッドが魔導装置を設計し、どうしても部品でほしい貴重な石があったのだ。両親は領地の視察ついでに、その石の買い付けをしてくるといっていた。よって、いつもの順路を遠回りした。そして事故にあった。アルフレッドは自分のせいで両親が死んだと思っている。だが、きっとローズもルボワもそんなことを言ったら、否定するに違いない。
アルフレッドは自分が両親にとって誇れるような人間にならなければならない、といった強迫観念をもってしまった。さらに自分の心を代弁するような叔父が、両親の亡くなったあと屋敷に来るようになった。叔父の言っている言葉は、アルフレッドの思っていたことそのままだった。だから、相手の言葉に飲み込まれるようになってしまった。
ルボワは叔父を怒っていたが、アルフレッドは自分自身が弱いからだとわかっていた。自信がもてないのも、自分に力がないのも、自分の努力が足りなく、自分がすべて悪いと思っていた。だが、ローズと出会ってそんな自分でも生きていこうと思えるようになった。ローズが部屋から連れ出してくれた。ローズの行動は、確かに驚いたものだった。でも自分でもどうにかしなくてはならないと、ずっと思っていた。しかし切っ掛けがなかった。一人で外にでる勇気もなかった。アルフレッドはローズを言い訳に使って、外に出る口実を作ったに過ぎないのだ。ローズが時折、しんどそうに顔をゆがめている時がある。アルフレッドは、ローズが苦しんでいないかと心配になる時がある。ローズは何か隠していることがあるのかもしれない。
アルフレッドは自分に余裕が出てくると、ローズを観察できるようになった。彼女が今何を考えているのか、表情や視線を見れば通じることもある。ローズは大柄でおおざっぱなような仕草をするが、とても優しく、人を思う心は繊細であるようだ。だからアルフレッドが思うよりも、ローズは何かを抱えているのかもしれない。
だが、アルフレッドはそれを問いかける勇気もなかった。自分にはローズの苦しみを分かち合えるほどの能力などはないし、解決できる能力もない。だから何もできない。
ならばいっそ、傍にいて、ローズがくれるものをありがたく
多くは望まない、ただ自分の傍にいてくれる人がありがたい。
「アルフレッド様、どうかしました?」
ルボワが心配そうに話しかけてくる。昨晩のことを思い出したついでに、考え事をしてぼーっとしてしまったようだ。アルフレッドは首を横に振る。
「特に何も」
「そうですか。まだお疲れになることもあるでしょうから、無理はなさらずに。もうそろそろ、昼食ができるようですから。お席についてくださいませ」
「わかった」
ルボワに促されて、食事をするため部屋を移動する。いつも食事をする場所は決まっている。大きなテーブルに、ローズとアルフレッドが二人で顔を合わせて食べている。
テーブルセットはもう用意されていて、いつもの席にアルフレッドは腰をおろす。そしてローズがキッチンから出てきた。
「さあ、頂きましょう」
ルボワとハンナがいつもの通り給仕をしてくれることになり、ローズと二人で席につく。
「お飲み物はいかがいたしますか?」
ルボワがローズに話しかける。
食前に飲み物をもらいながら、まず出されたのはスープだった。
アルフレッドは目を丸くした。
「これ、面白い色だね。」
「ええ、豆のスープなのだけれど。とっても綺麗な緑色でしょう?」
ローズが作ったというスープを飲む。
口に入れると、ほのかな甘みと爽やかな味がした。
「おいしい。」
「そうよかった。」
ローズいわく、いろんな野菜をすりつぶしたそうだ。メインの食材は収穫されたばかりの豆だそうだ。 だが豆の味よりは、牛のミルクが入っているのか甘みが入っていて、苦さなどまったくなかった。優しい味だ。
「野菜が得意ではないって聞いたから、野菜をすりつぶせばいいかなと思って。今回はこのスープにしたの。」
「今まで食べたことがない味だけれど、これならどんな野菜が入っても、わからない。」
「パンにも合う味だから。さあ、今日はハンナと見つけた新しいパン屋さんから買ってきたの。このスープに合いそうなおすすめのパンを付け合わせにしたわ。」
温めてあるパンを出され、それは生地が黄色みのある甘いにおいがした。パンは甘くないものがほとんどであるが、これはとっても食べやすいパンだ。
「いいにおいがする」
「ええ、最近甘いパンも始めたそうで。この辺りで採れる樹液を使って焼いたパンなのだって。とてもいい香りがするのよ」
幸せの味がするような気がする、とアルフレッドは思った。ローズが嬉しそうにパンをほおばっているし、アルフレッドは甘いものが好物だからだ。しばらく黙々と食べていると、サラダが運ばれてくる。朝に採れたばかりの、菜っ葉である。鮮やかな色合いと、一緒に添えてある実がみずみずしい。どれもローズがこの辺りの農家の人と交流し、美味しいと評判のものを見繕ってきたのだという。新鮮な野菜は、とにかく甘くて野菜の濃い味がする。
「さあ、次はメインディッシュ。アルフレッドが教えてくれた、鳥を油で揚げた物にしたのよ。昨晩から鶏肉を薬草と調味料を混ぜて一緒に漬け込んで寝かしておいたの。味がついていて美味しいと思うわ」
「昨日から?」
「ええ、その方が美味しいから」
にっこりと嬉しそうに笑うローズは、いつもは綺麗な人なのにかわいい人だと思えてくる。アルフレッドはなぜか、どきどきしてしまうのだが、女性と話すのも久しぶりだからと自分に言い訳をする。それに綺麗な人を目の前にすれば、誰だって緊張するし、まして王女様なのだから高貴な雰囲気がいるだけで伝わってくるのだ。いろいろな言い訳を言いながら、落ち着かせるようと肉を口に運ぶ。
「ん!おいひい……」
「どう?」
一口かぶりついた瞬間、スパイスの香りと薬草の豊かな風味がした。そして食欲をそそるまったりとした脂が、舌の先でとろけるようだ。
アルフレッドは夢中で食べた。皿の上にある野菜も食べてしまい、ぺろっと平らげてしまった。
「はあ……、すごくおいしかった」
「そう?昔食べたものと同じだったかしら?」
「わからない。もっと肉は固くて、パサパサしていたと思うよ。」
「そう、ジャンキーなものほど癖になる味だから。ぜひわたしも食べてみたい」
「でも、今まで食べた鶏肉料理で一番好きな味だよ。これ」
「ふふ、ありがとう」
うまい賛美の言葉が見つからない。ローズがわざわざ作ってくれた料理なのだから、何か気の利いたことが言えないのだろうかと自分をしかりつけたい。
食後のデザートとお茶をルボワが用意してくれて、その日はいつもの通り時間が過ぎていった。アルフレッドは何かローズにお返しができないか考えたが、何もいい案が浮かばない。
夜に設計図を眺めていると、ルボワがローズに何かを作ってあげたらと提案してきた。自分の作品でローズを喜ばせるなんておこがましいと思ったが、何かを買ってあげるよりも、そのほうが喜ぶでしょうとルボワの助言もあった。アルフレッドはローズに何かプレゼントするものを作れないか、その日から考えた。
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