第十七話 贈り物 Sideアルフレッド
Sideアルフレッド
ルボワとアルフレッドは、数日間ある計画をたてていた。先日、ローズがアルフレッドに手料理を作ってくれたので、今度はアルフレッドからローズに何かできないかと考えたのだ。ルボワの提案もあり、魔導装置を作ることにしたが、いい案が思い浮かばないまま数日がたってしまった。
それまでに、朝起きて庭を歩く日課は続いている。ローズも本気を出し始めたらしく、もっと腕や足を延ばす運動や、足を鍛えるためジャンプをしたりして、体をひねる運動などいろんな方法を取り入れてきた。そのほとんどはローズが魔術学院で、基礎体力を維持するものであったらしく、ローズはアルフレッドの何倍も動いていても、息を乱すこともなかった。
さらにローズは体術などもアルフレッドに教えてくれる。同時に剣を使った剣術の基礎も始めた。アルフレッドはそういったことは、ほとんどしたことがなかったので、毎日が初めてのことだった。同時にローズはいろんなことを経験し、王女でありながら、努力をしてきたことを知ることになった。ローズを知れば知るほど、アルフレッドはこんな自分に嫁いできてしまったローズが不憫で申し訳なくなった。
もともと嫁ぐ予定だったローズの妹のマーガレットも、とても美しく、品があり、どの権力者も彼女を手に入れたいと思うような女性であったようだ。アルフレッドはマーガレットに対しての印象は特に何もなかった。かえってこんな地方領主で、頭もとくによくなく、かっこいいわけでもなく、平凡である自分なんかに嫁いでくるなんてかわいそうだなと思った。でも、アルフレッドもお嫁さんになる人とせっかく縁があるのだから、険悪な関係になるより、通常の夫婦とはいかなくても、仲がいい友人くらいにはなれたらと思っていた。
しかし、自分が部屋に引きこもるようになれば、婚約者などどうでもよくなっていた。自分の生活を邪魔しないで、自分と距離をもってくれれば、あとは婚姻を結ぶということだけ。それ以降は、結婚する女性は自由。かっこよく、楽しませてくれる愛人でも作ってくれたらいいし、愛人の子どもができたら、ルボワが育てるだろう。アルフレッドは、そこまで心が堕ちていった。
だが、ローズと過ごしていくうちに、そんな暗い考えは忘れていった。彼女といる時間は居心地がよく、そして彼女に愛人を作ってはほしくはないなと思うようになった。ローズが自分をどう思っているかはわからない。ただ、仲がいい男友達くらいには思ってほしい。それ以上望みはしない。
「アルフレッド、ぼーっとしたらダメ。けがをするわ」
「あ、ごめん。」
「もうあと100回素振りをしたら休憩にしましょう」
ローズはだんだんスパルタになってきている。比較的軽い木刀で素振りをしているものの、慣れていないアルフレッドはそれだけで疲れてしまう。ローズはもっと重たい鉄の剣を軽々と振っているが、全然息が乱れていない。魔力もかなり強いとは思っていたが、剣術も相当な腕前だと思われる。優秀な魔術士というより、魔法剣士といったほうがいいだろう。
「……98、99、100。お疲れ様、明日は筋肉痛ね。」
「はあ、疲れた。もう腕が痛い。」
言われるまま剣の素振りをした後、やっと今日の運動は終わりである。
昼食を食べた後、少し休憩をしてからルボワの授業が図書館で行われる。
最近、アルフレッドは勉強を再開した。ずいぶん長くさぼっていたが、ローズにこの地域のことを知ってもらうために勉強会が始まったのだが、いつの間にかアルフレッドも勉強をすることになってしまっていた。止めるとは言い出せない雰囲気だったので、流されて勉強をしているのだ。おかげで、両親が亡くなってからの領地の状況、そして財政のこと、政治のこと。他国の政情のことなど知ることができた。またローズ自身海外の情勢などは詳しいので、アルフレッドに様々なことを教えてくれる。ローズも勉強熱心なので、アルフレッドに領地について質問してくる。お互いに教えあい、学びあい、いい刺激になっている。
勉強を図書館でし始めて少し時間がたった。ルボワが本の説明を切り上げた。
「さて、少し頭を休めましょうか。ハンナがお茶とお菓子を持ってきてくれています」
「はあ、甘い物は嬉しいわ」
ルボワがいったん勉強を休めて、ハンナがお茶を用意してくれた。頭を使うと甘いお菓子が食べたくなるのだ。アルフレッドも体の力を抜いて、勉強の手を休める。
「そういえば、最近アルフレッドは夕食を食べてしまったら部屋に戻ってしまうけれど。何かあったの?」
「え?」
急にローズがアルフレッドに声をかけてきた。確かに最近夕食が終わるとローズと会話も少なく、すぐに部屋に戻ってしまうのだ。もちろんローズを避けているわけではなく、彼女にプレゼントをするための魔導装置を作っているからだ。だが、なんて言い訳をすればいいのだろうか。いい言葉が見当たらない。
「ローズ様、アルフレッド様は最近お勉強をがんばられておりまして。夕食後も自発的にお勉強をされているのです」
何か言葉を発しようと試行錯誤していたが、そんな主の察してかルボワが助け船を出してくれた。助かった。
「あら、アルフレッドすごいじゃない!わたしも負けていられないわ。まだ全然領地のことを把握できていないし。実際に視察をしてみないことにはわからないことも多いし」
「ローズ様は勉強熱心ですね。」
ルボワとローズが話をしているのを聞きながら、アルフレッドはまた考えていた。一応作る物は作成しているが、それをどう言って渡せばいいのかそれを悩んでいる。
「ローズ、えーと。今度時間がある?」
「え、今度?」
アルフレッドはどうにかローズと話す時間を作ろうとした。そこで話を振ってみたが、先が思いつかなかった。そして優秀なルボワがことを察してくれて、先を促してくれた。
「アルフレッド様、あと数日で街ではお祭りがあるようですよ。それにお出かけしてみたらどうでしょう。」
「え、お祭り!」
「アルフレッド様も小さい時はお忍びで参られたのですよ。人混みが大変なようでしたら、祭りを楽しめる席を用意いたしますから。ゆったりと祭りの様子を見ながら、お食事ができるレストランがありますよ。」
「素敵ね。アルフレッドは大丈夫そう?」
「僕は、大丈夫。ルボワ手配を頼むよ。」
「はい、かしこまりました。」
ルボワには毎回助けられる。そうやってどうにかローズにプレゼントを渡す機会が作ることができそうだ。アルフレッドは祭りの日に向けて、夜も少し無理をして魔導装置を作ることにした。そうして祭り当日までにはどうにか完成させることができた。
街のお祭り当日。この季節は、収穫祭がおこなわれ、一年の実りを感謝する祭りである。領地の産物が集められ、領民は一日ずっとお酒を飲んだり、食事をしたり、歌ったりと大盛りあがりである。そして夜には、火薬を使った閃光が夜空にあげられ、民衆はそれを見るのだ。
いつものように朝の運動を終わったあと、早めに昼食を食べ、勉強会もしたあと早めに今日は切り上げる。ルボワが手配してくれたレストランへ行く支度をすることになったからだ。
アルフレッドは、新調したダークレッドの外出着を着て屋敷のエントランスでローズを待った。そしてハンナに連れられて、ローズが支度をしてきた。
アルフレッドは目を見張った。今日もローズは美しい。いや、今日はさらに美しい。綺麗にメイクアップされていて、耳飾りや首飾りをして、まばゆい光が彼女を照らしている。そして彼女にぴったりの紅のドレス。まるでアルフレッドと対になったようなドレス。アルフレッドはそれだけで、いいようもない感情があふれそうになった。そして彼女の美しさに胸がドキドキと高鳴るのを感じた。
「アルフレッド、お待たせ」
「うん」
ここで紳士だったら、彼女に賛辞の言葉を述べるだろう。でもアルフレッドはそんな恥ずかしいことが言えなかった。彼女を見ているだけで、心臓が飛び出そうなのだ。視線を合わせるのもとても緊張する。 やはり彼女のオーラは高貴なものである。ルボワが用意した馬車に乗り込み、レストランへ向かうことになる。
街はにぎやかであり、外にはたくさんの人が出ている。お酒を飲んだりしても、この日は特別である。 日頃の疲れをねぎらい、今年の収穫に感謝をする。子どもも大人も、お年寄りも無礼講である。
そうして到着したレストランはこの街では、高さがある建物だ。街を見下ろしながら、食事ができる。バルコニーに席を用意してあるらしく、ローズとアルフレッドは通された。ハンナとルボワも傍の席で待機しているようだ。そして街なみを見ながら食事をする。ローズはその華やかな街の様子にとても興味があるらしく、楽しそうに会話をしている。しかしアルフレッドといえば、彼女に渡すプレゼントのことで頭がいっぱいだった。
「ローズ」
「なに、アルフレッド?」
改めてアルフレッドはローズに話しかけた。ローズはとても美しい横顔であり、アルフレッドに気がつくと顔を向けてきた。アルフレッドは顔を赤らめる。
「実は、作った物があって。これ。ローズに」
「作った物?」
アルフレッドは箱に入ったものをローズに渡した。ローズは何かと首を傾げながら、アルフレッドに手渡された箱を空ける。中に入っていたのはブローチだった。赤い宝石の入ったものだ。
「これ、とっても綺麗ね。」
「実は、これブローチの中に装置が埋め込んであって。つけているだけで、受けた魔力を弱体化するものだから。お守り代わりにどうかなって」
「魔導装置が!ブローチにしか見えないわ」
「この宝石が装置の一部だから。この石が魔力を分解してローズの魔力に変換してくれる。だからもし魔力を受けても衝撃は少なくなる。ただそんなに性能がいいわけではないから、お守り程度だけど。」
「ありがとう。アルフレッドが作ってくれて、気持ちが嬉しい。」
ローズは今着ているドレスの胸元に、そのブローチをつけた。
アルフレッドは気絶しそうな恥ずかしさと、プレゼントを渡せた安心感で、そのあとのことはよく覚えていなかった。でもローズがずっと笑っていてくれたことは、アルフレッドにとっても嬉しい一日であった。
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