第十五話 思い出 Sideアルフレッド
Sideアルフレッド
「ルボワ、あなた服まで作れるの?」
アルフレッドは手を伸ばす。袖の長さを測っているのは、当家の執事ルボワである。ルボワは服も作れたと思うが、屋敷の者の服は基本的に仕立屋がつくる。だがアルフレッドが他人に触られたくないので、寸法をルボワが現在はかっている最中である。ルボワはアルフレッドの赤子のときの
今日は天気もよく、朝食が終わりお昼前の散歩をしてから、アルフレッドの服を仕立てることにした。
最近、ローズは散歩だけでなく、足腰を鍛えようと様々な体に負荷をかける体操を取り入れてきた。芝生に横になり、両手を大きく開いて肩の筋肉を伸ばす。普段から部屋で、魔導装置の部品をいじっているので、肩はよく痛くなるのだ。体をねじって全身を伸ばす動きは、ローズが肩を押し、体の筋が伸びて痛くなるまで補助をする。
「いた、ローズ!」
「あら、ごめんなさい。体がかたいわ。ケガをしやすくなるから体をやわらかくしておいた方がいいと思う」
「で、でも…ローズが力を入れるから!」
「そう?でも、体重が増えると膝に負担がかかるの。転びやすくなるし」
「だ、大丈夫だよ」
ローズは母親のように語りかける。ローズはアルフレッドを指導している教師のような、時には叱咤する母親のように口うるさい。でも正論ばかりなので、言い返すこともできない。ふて腐れていると、ルボワにも怒られるし、
「最近、アルフレッドの顔色はいいと思う。毎日外に出ているから、肌も少し焼けたみたい。それに顔周りもすっきりして。かっこいいわ」
そう、アルフレッドはこんなふうにローズに褒められるのが嬉しいのだ。本当に男って単純だと思う。自分でもわかってはいるが、かっこいいと言われたら嬉しい。がんばっていることをしっかり見ていてくれるし、やりがいもあるのだ。
今日作ることになっている服も、以前細かった頃に比べて、背も高くなったので全体的に大きなものを作ることになった。間に合わせで来ていた大きな部屋着はダボダボになってきたのだ。特にお腹周りや、足回りは隙間が目立つようになった。
もともとアルフレッドは自分の顔がそれほど好きではなかったが、ローズが整えてくれた髪型も気に入っている。だから自分の顔を鏡でみるのが、苦痛ではなくなった。ローズが褒めてくれるから顔も嫌いではなくなった。最初はお世辞で言っているのかと思ったが、ローズは褒め方も絶妙なのだ。
「アルフレッド、猫背はだめよ。背筋をしゃんとのばした方がかっこよく見えるの」
「別に。意味ないよ、そんなの」
「背筋はとっても大事。どんな顔が整っている人でも、背筋が曲がっているだけで残念だわ。背筋が伸びてればかっこよさ3割増しに見える。自信があるように見えるの。それに息も大きく吸えるようになるから、体も痩せやすくなるし。顔色もよくなるの。もとが悪くないのだからもったいないじゃないの」
「そうかな?」
「ええ、姿絵を初めてみたときは小さな子どもだなと思ったけど。今はかっこいい男の子に見える。あれは随分前に描いてもらったものなのね」
「そ、そうかな」
「ええ、もっとかっこよくなるわ」
今日の朝はそんなことを話していた。ローズに乗せられて、もっと格好も気にしようという気になる。
ルボワはアルフレッドの服の寸法を測り終わり、簡単に服のイメージのデッサンを持ってきた。仕立屋からデザインをいくつかもらってきたようだ。
「アルフレッド様、今回は外出着を数着。また散歩をされることで運動をしやすい服も何着か用意します。来客も考えて服を作りたいと思いますが、色はご要望はありますか?」
服のデザインは流行にうといアルフレッドは、奇抜でなければいいとルボワに任せている。色も今持っているものは、黒い色がほとんどで、地味な色が多い。外に出ることをしなくなってから、明るい色を着ることが出来なくなってしまった。
アルフレッドは少し考えた。そしてローズに視線を向ける。今日、ローズが着ている服は深い色の紅色のドレスである。散歩をしている時は、動きやすい服を着ているが、ローズはハンナのすすめもあって、屋敷にいるときはドレスも着ていることがある。ローズの左目は暗がりに行くと、赤く光る。人によっては、それを怖がる人もいるというが、アルフレッドは輝く宝石に見える。まさに
「派手ではない、赤がいいかな」
「いいですね。……そうですね。この色味などどうでしょう?ダークレッドでしょうか。少し大人っぽいデザインのお洋服も作れますね」
「そ、そうか」
アルフレッドはルボワのすすめる服に頷いて、あとは任せることにした。服のことはよくわからないし、話を振られてもよくわからない。ルボワとローズがデザイン画を見ながら、最終的にどんな服にするか決めている間、アルフレッドは用意されていたテーブルにあるお茶を飲むことにした。
こういう場所は久々であるので、手汗をかいてしまう。部屋の外にでるようになって、少し時間はたったが、自分の身なりを気にするだけでなんだか緊張をしてしまうのだ。それも慣れてくると、緊張する度合いが減ってきた。もともと着飾ることに興味がないので、両親が生きているときは全部任せてしまって、自分で発言をしたことがない。
以前服を作るときは、ルボワと母がほとんど決めていた。ルボワはアルフレッドが生まれる前から、この屋敷にずっと仕えている。家族同然の存在である。ルボワの生い立ちについては、両親からあまり聞いたことがなかった。ルボワはいつも両親のよき相談相手であり、仕事を補佐する秘書であり、家の中を切り盛りする家令であるのだ。
ルボワとローズ、そしてハンナ。そしてアルフレッド。今この部屋にいる人間はアルフレッドにとって害をなさなく、そして居心地がいい空間をくれる。
一人で閉じこもっていたときは、気まぐれに魔導装置を作って、演劇に出てくるスターの写し絵を見て心を慰めていた。でもいつも孤独であったし、寂しさを感じていた。それも全部ローズが家に来てくれてから変わってきた。
アルフレッドは自分の心の変化も感じてきて、新しい発見をする日常が増えてきたことを嬉しく思った。
いつものんでいるお茶も、いつもより温かく腹のなかにじんわりと感じるものがあった。
口に入れる焼き菓子も、とてもおいしくついつい食べてしまう。そんなときは決まって、ルボワとローズにとがめられる。
「アルフレッド様、お夕飯が食べられなくなりますので。ほどほどに」
「そうよ、今日はお野菜がとっても多くとれたみたいだから。それをシンプルに焼いて、旬の野菜の甘みを味わうのが、今の時期の美味しい食べ方と料理長に聞いたの。ちょっと塩をつけたりすると、もっと甘みが感じられるのですって。楽しみだわ」
ほら、作業をしていても二人はアルフレッドに意識を向けている。見守られている。ちょうどいい距離に、アルフレッドは口元が緩むのを自覚した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます