第二十八話 相対
Side ローズ
手に力を集中させる。久々に使う手袋。昔、高名な魔術士が献上したものだという国宝。同じものは存在しないと言われる、術式を編み込んだ繊細な手袋。いくら魔術容量が大きいといっても、ローズだって限界はある。しかし今は限界などいっている場合ではない。今本気にならなくて、いつ本気になるのだと自分の気持ちを奮い立たせる。
そして『火』『稲妻』『両手』『混ぜる』『突き刺す』といった術式を織り交ぜた魔術を唱えた。これは屋敷の図書館で見つけた魔術だ。今までの魔術より数段難しい分、破壊力が抜群だ。力をため込んで右手に火、左手に稲妻を宿す。そしてそれぞれの力を正面に集め、魔術を発動させた。
大きな轟音とともに、魔術は走って行く。
「お願い……!!!」
ローズは祈る気持ちで魔力を増幅させた。これでだめだったら、打つ手がない。
火と稲妻が交差する魔術は、黒いドラゴンめがけて一気に駆け巡った。しかし一匹の緑のドラゴンがそれを阻んだ。一匹の緑ドラゴンが、口から炎を出す。しかしローズの力が勝っている。すると4匹のドラゴンが一斉に炎をはき出した。
力は
ドラゴン4匹とローズ。お互いの力が反発しあい、力がはじけ飛んだ。
ローズは耐えた。小さいとは言え、4匹のドラゴンとやり合うことができた。それくらいの力が自分にはあった。ローズは小さく笑った。だが、もう力がでない。これ以上は、策が思いつかない。奥歯をぎりっと噛みしめ、己の無力さを嘆くしかなかった。目の前にいる大切な人を守れない。また自分は、みんなを助けられず、傷つけしまうのかと悪夢がよみがえる。
「誰か。助けて…。」
ローズは小さくつぶやいた。今まで魔術学院にいたとき、自分さえがんばればいいと思っていた。だがか一人で禁術を研究し、誰にも頼らなかった。自分は強くなったというおごりもあったかもしれない。が、ドラゴンを前に、誰だって太刀打ちできない。
悠然と黒のドラゴンは、ローズを見つける。
黒のドラゴンは、あくまで理知的であり、言葉を発することはない種族のドラゴンであるが、ローズを見定めている節があった。
緑のドラゴンも、先ほどの攻撃で力を使ったのか次の手は出してこない。
ローズは魔力の回復を待った。だが魔力は尽きかけて、どうにか空を飛んでいるのが精一杯である。
できたら…もう少し時間を稼ぐことができたら。
「ローズ!!!弱気になっている場合ではないわ!!!」
死の恐怖、それが突如としてわいてきた。もし過去にドラゴンに会ったことがなかったら、死の恐怖を感じずに済んだかも知れない。圧倒的に負け、傷をおった過去の記憶が恐怖を告げる。
自分はドラゴンの前では、圧倒的に無力の存在であることだけはわかる。相手にとって自分は小さなムシと同じ。簡単に踏みつぶすことができる。だからあえて攻撃せず、楽しんでいるのだ。じわじわと追い込んでいる。だからこそのこの余裕。ローズは、なけなしの勇気を振り絞った。
「これが……最後かもね。」
ローズは長い詠唱を始めた。ロバートが唱えたものと同じもの。
記憶をたどる限り、一度は成功した王家の守護として存在するといわれるドラゴンの始祖の召還。もし召喚できたら、勝ち目は出てくるかも知れない。
目を閉じて指先に集中する。発する呪文のひとつひとつに緊張が走っているのがわかる。間違えたら、即死が見えるてくるだろう。相手に余裕があるなら、それをつけ込みことこそが今できるたった唯一の勝機だ。
指先が熱くなってくる。頭が沸騰しそうになる。体が熱くなる。
全身の血流が熱く、蒸気をまとうような熱さが駆け抜ける。ローズは詠唱を唱えた。
「母なる、始祖。龍の
最後の一言を唱えたとき、パンと魔力が弾けた。そして手の先に集まった魔力がかき消えた。
ローズは思わず涙があふれた。そう、失敗したのだ。魔力が足りていない。
アルフレッドが言っていたことを思い出した。魔術はあくまで召喚するためのものに過ぎないと。だから魔力さえあれば、どんなものでも召喚できる。ローズは詠唱は完璧だった。だが、魔力が圧倒的に足りていなかった。以前に禁術を発動したとき、マグマに飲み込まれるような渦を体に感じた。それを感じていない。つまり失敗だ。
「………、つ……っ。」
ローズはそれでも折れることはできない。ただなぜだか、涙がとまらない。
悔しさと絶望と、不安と怒りと。いろんな気持ちがまざる。でもローズは王女。守るべきものがある。 領主の妻であり、この地を守るために自分はいる。
黒いドラゴンは、ローズの攻撃がないと見定めて見限ったように背を向けた。
そして緑のドラゴンが集まってきて4匹で炎を繰り出そうとする。
もうだめだ、と思った。
ローズは目を閉じた。
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