第二十九話 召還

 Side ローズ




「ローズ…、ローズ!!!!」



 しばらく待っても、ローズに襲いかかる炎はこなかった。そのかわりに聞こえるのは、聞き覚えのある声。名前を呼ばれていても現実の気配がしなくて、ローズは現実を確かめようと目を開けた。

 あるいはここは天国かもしれない。目の前にいたのはローズの夫だった。黒い髪、そして白い肌。彼が傍にいる。


 

 「ごめん、遅くなって。ルボワと魔導装置の発動に時間がかかってしまって。」


 「アルフレッド!」


 「ドラゴン、僕は初めて見るよ。とっても恐ろしいね。ぼく一人だったら逃げ出している。」


 「だめよ、帰ってちょうだい。」


 「泣かないで。」




 ローズは大粒の涙を流した。一人で戦って苦しかった。誰にも頼れないと思っていた。だが、今は年下の夫が傍にいることが何よりも心強い。状況は何も変わっていないけれど、光を感じてしまう。

 アルフレッドは慌ててポケットからハンカチーフを取り出し、ローズに差し出した。




 「ぼくはローズに何度も勇気をもらった。だから少しでもお返ししたい。」


 「そんなこと言っている場合じゃ…、でもどうやってドラゴンの炎から守ってくれたの?」


 「これだよ。」




 アルフレッドは透明なガラスのような球体を差し出した。そのなかは渦のように魔力が凝縮されている。さきほど放った魔力も吸引されたのか、強い魔力を維持したまま熱を発している。





 「ぼくの得意な魔導装置は変換機能。魔力の質を変えることができる。でもこれだけじゃ攻撃ができないのが難点なんだ。」


 「ええ。」


 「だからこの魔力の受け皿が必要なんだ。ぼくがこの魔力を吸収しても、少ししか取り込めない。ローズならこの魔力を取り込むことができる。」


 「これが…?」


「魔力の質を変化していけば、魔力の濃度も変化する。攻撃を受ければ受けるほど、吸収する魔導装置の中の魔力濃度が高くなる。その分その力を使えるのは、魔力を使えるだけの術者の魔力の器次第になる。だからぼくの魔導装置は開発するだけでは未完成だった。でも、ローズがいれば完成する。」


「どうすればいい?」


「ローズの瞳、それはドラゴンの力を感じる。ローズはもう召喚しているのかもしれないよ。ドラゴンを。」


「え……」

 

「ドラゴンを初めてみて、はっきりとわかった。ローズ、もう一度ドラゴンを召喚する詠唱をして。ぼくが術式を操作して、召喚エネルギーをいじってみる。そうしたらローズの左目に存在するドラゴンを呼び出せるかもしれない。」


「よくわからないけれど、やってみるわ。」


 ローズは詠唱を始めた。隣にアルフレッドがいるだけで心強い。

 さっき一人で禁術を発動させようと、詠唱したときとは全然違う。

 言葉ひとつひとつが軽い。発動させるのに必死だった自分、でも発動することが怖かった自分。だが今は違う。軽やかに、歌を口ずさむように詠唱が進む。集中力が研ぎ澄まされる。これは完全に完成された魔術だと思った。そして最後の言葉を口にする。


 


「母なる、始祖。龍の源、ここに召喚することを命ず。」




 左目がぼっと火が出るような熱がやどった。アルフレッドはローズの右手に手を重ね、持っていた魔導装置をローズに持たせた。そしてアルフレッドが術式を唱え始める。

 すると球体に渦巻いていた力がローズの体の中に入っていく。その力はローズの体の奥の部分に浸透していき、そして素早く手の先へ力が注がれていく。左目の感覚はもうない。ローズは目の前が真っ赤な炎に染まるように、視界が赤くなるのを感じた。でも痛みはない。

 今までは左目が熱くなると痛みがあった。今はただ熱い。おびただしい魔力を魔導装置から感じ、自分を媒体にして魔術が発動しているのがわかる。


 炎の渦がローズたちを巻き込んだかと思えば、ふっと大きな影が見えた。


 赤いドラゴン。赤い瞳。ローズの左目はもう熱はなかった。




 「召喚……、できた。」


 「うん、成功した。」




 ローズたちはまだ禁術が発動した実感がなかった。しかし、目の前にいる緑のドラゴンたちが明らかにおびえている。赤いドラゴンの大きさは黒いドラゴンの数倍ある。




 

 『やっと、召喚できたね。』



 ローズは頭の中に声がこだまするのがわかった。アルフレッドにも聞こえたみたいだ。ローズとアルフレッドは顔を見合わせる。誰が話しているのだろうか。すると赤いドラゴンがこっちを見ろと言わんばかりに、翼を動かした。



 『ひよっこども。まあ、人間の分際でここまでの力をつくり出したのはあっぱれだ。さすがはわたしが見込んだ王女だね。その旦那も…まあまあ及第点かね。』


 「あなたが話しているの?」




 ローズは赤いドラゴンを見つめた。

 ドラゴンが言葉を発する事例は聞いたことがない。だが、このドラゴンならありえるかもしれない。ドラゴンのなかでも伝説に近い存在である、ドラゴンの始祖。



 『さあ、あまり時間はないよ。あの黒いドラゴンはずっと探していたんだ。ドラゴンにもはみ出し者ってのが必ずいるんだ。人間界に干渉してはいけない、その掟をやぶる馬鹿がね。』




 赤いドラゴンは大きなうなり声を上げた。

 黒いドラゴンはまっすぐ赤いドラゴンを見上げた。黒いドラゴンは威嚇するように鳴き声をあげる。大きな声が耳に響く。




 『さあ、お前達は下がっていなさい。下にアノ森の精もいるだろう?あいつは相変わらず食えないやつなんだか、精霊にしては情がある変なやつだよ。』


 「「森の、精?」」


 『いいから、お行き!』




 ローズとアルフレッド達は赤いドラゴンに息を吹きかけられた。ぽーんと飛ばされてしまう。ローズたちは目の前の状況がまだよくわからない。だが、圧倒的な不利な状況が好転しつつあるのを感じた。ローズとアルフレッドは地上に降りて、民衆の避難の誘導へ向かうことにした。



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