第二十話  再起   Sideアルフレッド  

 Sideアルフレッド





 天気がよかったかと思えば、また雨が降る。不安定な天気が続き、領地内でも河川の氾濫や土砂崩れなどの報告があったようだ。ルボワは朝からそういった地域での被害の報告を受けている。ルボワから受けた話を聞けば、自分の領地はそれほど大きな被害はなかったが、隣の領地では大きな支援が必要らしい。 アルフレッドは、ルボワからの報告に対して答えを告げる。いつものように隣近所の領地への支援金は惜しまずと言う。アルフレッドは父だったらどうしたかと考え、ルボワには先代のときと同じようするようにという。


 アルフレッド自身は何もしていないと思っている。しかし先代こそ尊敬する技術者であり、領主であった。父と同じようにしていれば、それほど大きな問題は起きないのである。しかし、ローズのことは別だ。父から引き継いでいないもの、それはアルフレッドにとってはローズという存在である。まして、父が存命していたときの婚約者ではなく、急きょ代役として嫁いできたという、とてもかわいそうなローズ。


 そしてもっとかわいそうなことに、アルフレッドに思いを寄せられてしまう。アルフレッドは自責の念がひどかった。




 「ローズ様、やはりアルフレッド様の許可がなくては…」


 「そんなことはいいわ。今はアルフレッドに言いたいことがあるの」




 部屋にこもっていたアルフレッドをずっと様子を窺っていたらしいローズ。今日はなぜか、部屋の扉の前にいる。もう我慢ならずに、連れ出しにきたのだろうか。アルフレッドは嬉しくもあるが、出たいとも思わなかった。自分の情けない姿を見せたくなかった。




 「ルボワ、お願い」


 「……かしこまりました」




 今日のローズは強引だった。もうアルフレッドに愛想をつかして、出て行くというのかもしれない。別れを告げにきたのだろうか。すぐ弱音を吐いて、すぐ引きこもる自分なんかに愛想をつかして当たり前である。アルフレッドは毛布にもぐった。




 「アルフレッド!体調はいかが?ご飯を食べていないと聞いたけれど」



 ローズが部屋の中に入ってきた。毛布にもぐったままなので気配を感じる程度であるが。



 「こんな天気が続いていたら、体調もわるくなるわね。まあいいわ。晴れたらまた散歩をしましょう。今日はお願いがあって。至急だからアルフレッドに許可をもらいたかったの」




 アルフレッドを叱りにきたのではないのだろうか。アルフレッドはもぞもぞと毛布から顔を出した。久しぶりに見たローズは、作業着を着ていた。どうやら付近で被害がでた家の手伝いを指揮していたという。アルフレッドのかわりに被害状況を確認してきたようだ。




 「付近の家で出産を控えている女性が何人かいて。ちょうどお医者様が留守なのよ。だから女性達をそのまま隣国の病院へ転送した方がいいと思って。複数人いるから、かなり大がかりの魔力が必要なの。そうしたら、屋敷に大がかりな転送装置があると聞いて。アルフレッドにそれを使っていいか許可をもらいにきたの。」



 「転送装置……?しばらく使ってないから、整備が必要だとは思うけれど。ローズの魔力なら、同時に10人くらいは転送できると思う」


 「まあ、そんなに!?」


 「普通に転送魔術を使ったら一人ずつだけど、10人転送しても、魔力はは尽きないと思う。並の魔術士なら一日10人が限度だろうけど」


 「まあ!じゃあ、体調がすぐれないお年寄りの方も転送できるわ。アルフレッド、転送装置の整備をしておいて!」


 「ちょ、僕は引きこもっているのだけれど」


 「あら、そうなの?じゃあ今から起きて着替えてね。朝ご飯はルボワに頼んだらすぐ用意してくれるわよ。あと顔も洗ってね。部屋も明るくして。ごちゃごちゃ言わないでさっさと動いてね。」


 「え、え……」


 「さあ、忙しくなるわ。なぜ引きこもってるかわからないけれど。考えても解決できないことは考えないの。それも解決方法よ。」


 「でも、僕は…」


 「いいから、ほら!これに着替えてね」




 ローズはルボワが用意していた着替えを置いていくと、外で待っている仕事をしに出て行ってしまった。アルフレッドはぽかーんと渡された服を見る。一応心配はしてくれていたようだが、ローズはイキイキとしている。緊急事態になればなるほど、彼女は冴え渡るようだ。自己嫌悪で悩むのがばかばかしいくらいに、あっけない。また引きこもるかどうか考えていると、ローズと入れ替わりに誰か入ってきた。


 ロバートだった。アルフレッドは身構えた。




 「やあ、引きこもりのアルフレッドくん」


 「……。」




 ローズがいないため、友好的な態度はなく、少し皮肉めいた言葉でロバートは近づく。彼はこんな顔もできるのか。




 「ローズはずっと君を心配していたよ。でも、君は弱くていくじなしだ。そんなのでは、ローズを任せておくのがとても心配でならないね。僕が彼女を連れ帰ってもいいかと思ってきたよ。僕は自国に、婚約者がいるけれどローズは魔術士としても優秀だ。僕の片腕としても期待できる。こんなところで能力も、すべてを無駄にするなんて損失だ。」


 「ローズがそれを望むなら仕方ないけれど」


 「ほう、そうやって逃げるのが得意なようだね」


 「違う、ぼくにはそんな資格がないだけだ。彼女が決めるならそれに従う」


 「じゃあ、君はどうしたいんだね。君の目は、そんなことを言っているが、嫉妬しているのを自覚しているかい?小さな坊やかと思ったら、しっかり男の目をしている」


 「ぼくはローズにふさわしい男でない」


 「では手放すか?」


 「それは……」



 アルフレッドはロバートの言葉につまった。とても矛盾した気持ちが抱えているのがわかった。ローズが好きな気持ちがあるけれど、それを伝えることができない。それは自分に自信がないからである。



 「ぼくは、ローズにふさわしい人間になりたい。」


 「ほう、そういう気持ちはあるのか。じゃあ腕試しをしてみるかい?僕と魔術で戦ってみないか?君がどこまで本気が出せるか、ローズに見てもらえばいい」


 「え…」

 

 「もっと厳しく君に挑戦をしようかと思ったが、あまりにも子どもだな。小さな野ウサギのように震えて、睨み付けないでおくれよ」



 アルフレッドをからかうようにロバートは方をすくめる。手助けをしたいのか、発破をかけているんかよくわからない。ロバートは何がしたいんだろう。



 「君の実力がよくわかなくてね。そうこの屋敷のように、不思議なことが多すぎる。ここはいろんな力が干渉しあっているのに、バランスがとれている。異能の力が君を見守っている。だから興味があるんだよ、君がどんな力を秘めているのかが」


 「ぼくは何の力もない」


 「それは僕が判断するよ。さあ、魔導装置というものを準備しなくては。ローズに叱られるよ」


 「……」



 ロバートの言っている意味が全然わからなかった。自分には何の力もない。


 アルフレッドはとにかくローズに指示されたことだけはやろうと、もそもそとベッドから這い上がり、着替えをした。久しぶりに顔を洗ってみたが、動けば意外に体は動くものだ。ローズと外にでる訓練をしてから、体が軽く、自分が思ったよりも体力がついている。だから少し怠けても、少し動けばもとのように体が動く。


 アルフレッドはルボワに命じて、長らく封印していた扉の一つを解放した。

 屋敷の端にある部屋であり、大きな部屋である。そこには転送装置がある。アルフレッドはルボワに手伝ってもらって、装置を隅々までメンテナンスをしてから、試運転をすることになる。父もこうやって領地の人々が困ると、魔力が少ない領民の移動を手伝ったりしていた。何年もいじっていないので、忘れているかと思ったが、置いてある資料をみれば、案外理解できることが多い。自分にはできないと思っていたことが、実際してみればできることがわかった。自分でできないと思い込んでいたこともあるのかもしれない。


 そうしてローズから伝達があったとおり、出産を控えた人々を転送する準備を整えれば、夕刻までにローズとロバートとルボワの力を借りて転送を完了することができた。

 あとは帰還する際に、転送装置の座標軸を合わせたりと、いくつか試運転を行ったりする。それらも問題なく装置は動き、とにかく目下の目的は果たせた。


 

 領民達は無事に病院へたどりつき、適切な対応をしてもらう。それを祝い、ある程度街が落ち着いたら、簡単な祭りを行うことがローズから聞かされた。そしてそのメインイベントとして、ロバートとアルフレッドがパフォーマンスとして魔術対決をみせるという話をされた。


 いつのまにか、ロバートとアルフレッドが祭りの見せ場として演目登録されていることを知った。ロバートもローズも楽しそうであり、ルボワも頷いていた。誰も反対するものはいなく、領民は祭りの用意をしなくてはと沸き立つ。アルフレッドはとにかく状況に流れるしかないと諦めの境地になった。


 ローズが嫁いできて、楽しいことが続く。一度はまた引きこもりかけたが、勢いで外に出てしまったら、なかなか中に引きこもることを許してはくれない。そんな不思議なローズの力に、どんなときもなぜか嫌な気分にはならないアルフレッドだった。





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