第二十一話 不穏
Side ローズ
ローズの左目の痛みは、強くなってきている。
ただ、アルフレッドが部屋の外に出て人と関わり、日常生活をおくれるようになってきて、見る悪夢の内容も少しずつ変化してきた。ローズは嫁いできた当初よりうなされて起きる頻度はあがってきて、最近では悪夢をみることは毎晩になってきた。でも事態は変化してきているのが、今の希望だ。
もし一人で戦わなければならなかったら、きっとローズは心が疲弊してしまっただろう。だが、ローズは一人で戦っているわけではないことを感じることが多くなってきた。
身の回りのことをやってくれ、ローズが慣れない領地での生活をサポートして、そしてときには女同士でたわいもない会話をすることが癒やされる、メイドのハンナの存在だ。彼女のおかげで、寝起きが最悪な朝も香りたかいハーブティーをいれてくれ、すっきり心地よく目が覚めるように気遣ってくれている。 そして悪夢をみて、体調がすぐれないローズにたいしても特に尋ねることをしなかった。事情を説明したくはなかったローズであったので、
次に屋敷を切り盛りする執事のルボワ。彼のスマートな対応は、慣れない土地での生活であるので、本当はもっと生活が不自由なはずなのだが、全然不自由に感じることがない。快適である。最初はローズを観察しているような雰囲気はあったものの、ローズに対して一定の距離をもってくれ、ローズが何かしたいといえばたいていのことは叶えてくれる。
その中で一番大きな存在。ローズにとって大きな心の支えになっているのは、やはり夫となったアルフレッドの存在だ。最初は部屋に引きこもっていたし、生活もままならない様子だった。だが、彼のひたむきな努力する姿勢に励まされたのは、何よりもローズだった。ただの引きこもりかと思えば、アルフレッドは大きな葛藤を胸に秘め、あがき苦しみ、それでも前を向き一歩でも進もうとする勇気をもつ少年だった。
ローズは知っている。もしどんなに助けようとして、もしたくさんの人が集まっても、結局は立ち直るのはその人自身の強さが問われる。もちろん、時期というものもある。どんなにがんばっても、時期が悪いときは空回りをする。
アルフレッドはそういう意味でも、巡ってくるチャンスをものにして、這い上がるために必死にあがいているのだ。ローズは、悪夢をみて先々訪れる未来を見てしまってはいるが、アルフレッドのがんばりを見ると、絶対にそんな未来にまけてたまるものか!という気持ちになってくる。アルフレッドのがんばりを無駄にしたくない。ローズは気持ちを強く持とうと気を引き締めた。
ローズの見る夢が、また少し変化した。
ずっと見えていた未来は、ドラゴンが襲来して領地を焼く光景。そして子どもやおとなが犠牲になり、領民が反乱を起こすものだ。何もしなかった領主を祭り上げ、処刑台へおくるというものだった。
だが悪夢は、先日の洪水で近隣の領地で被害が出た際、アルフレッドがその地域へ援助金を出したことから変化があった。
ローズは洪水の被害にあった地域の視察をして、アルフレッドが目の届かないところで困っている人の話を聞いて回っていた。そこで医者がいなくて、多くの人が困っていることを聞いた。いつもはいるはずの医者が、たまたま留守にしてしまい、道がふさがれたことにより、帰ってくることができないという話を聞いたのだ。
そこでローズは、領民から屋敷の中にあるという大きな転送装置について聞くことになった。
領主・アルフレッドが住んでいる屋敷には、不思議な装置がたくさんあると領民から聞いた。ローズは屋敷の一部しか出入りが出来ないので、領民から聞いて初めてしったことも多くあった。その装置は、先代が作った物も多く、古い話ではこの領地を治め始めたことからそういった装置があるとも聞き及ぶ。
その中に、医者が不在の今それを解決するための装置があるらしいこと聞く。ルボワに早速問い合わせれば、「ありますよ」と簡単に返事がかえってきた。ただその装置の設計図はあるし、使い方もわかってはいるが、装置のメインの起動はアルフレッドがいなければできないとルボワが言う。
アルフレッドは両親の話はしてくれるが、両親の魔導装置についてはあまり語りたがらない。彼なりに思うことがあるのだろう。
しかしこの問題が積み重なれば、領民の反感は大きくなるのは目に見えていた。ローズはアルフレッドに装置を使うことを提案したのだ。アルフレッドはローズの勢いに押されながらも、装置を使い、領民を転送してくれた。
その結果、領民たちのアルフレッドへの尊敬は大きなものになった。もともとルボワが領地を管理していたので、大きな不満はなかった。だが、やはり領主みずから助けてくれるとなれば、領民の喜びは大きくなるものだ。それからローズの夢は変化し、処刑される夢をみなくなった。
だが、ローズは夢の中でやはり殺される。今度はドラゴンの火に焼かれる夢を見るのだ。
ローズとアルフレッドは領民を守るために、犠牲になる夢をみる。殺される過程は変化したが、結果は変化しない。まだ何か足りないのだ。
ローズは雨の日から屋敷に滞在しているロバートの前では、体調がすぐれないことを隠していた。ローズは学院でも、折り目正しい優等生だった。ドラゴン襲来後、恩師のアサルやチームメイトなどのおかげで日常を取り戻すことができ、傷ついた体を回復できることができた。それから極力、みなに心配かけぬように体調が悪いところも見せたこともあまりなかった。
ロバートはローズが復帰してから学院へきた人であるので、ローズの弱った姿など知らないだろう。だから、会うのが久しい同級生に弱った姿を見せれば心配をかける。ローズは体調がすぐれないときは部屋にいた。
ルボワはそれを察してくれ、ロバートが滞在中に退屈しないよう、様々な提案をしているらしい。その中の一つが、今度の祭りに、アルフレッドとロバートの魔術でのパフォーマンスを見せるという企画だった。アルフレッドが外に出て、人目の多くあるところで大丈夫か心配であるが、アルフレッドも引き受けたという。アルフレッドとロバートはそれぞれの部屋で、どんなパフォーマンスをするか考えているようだ。
ローズは比較的に体調もいいので、テラスへ行き紅茶を飲むことにした。ハンナが果物をもってきてくれた。するとロバートが本を抱えてローズを探しに来た。
「ローズ、いたいた。」
「ロバート。何かあったの?」
ローズは顔をロバートに向けた。ただローズはなんだか違和感があった。今日のロバートは何かが違うような気がする。
「ロバート?」
「ローズ、実は考えたんだ。もし今回の祭りで、アルフレッド様がうまくパフォーマンスができなかったら、とても落ち込むかもしれないって。」
「ええ、落ち込むでしょうね。」
「だからもしアルフレッド様が気乗りしなかったら、やめていいんだよってローズが言ってあげてもいいのかなと思って。」
「え?どういうこと?ロバートは乗り気だったじゃない。」
「いや、アルフレッド様のことを色々聞いてね。ローズがとても不便な思いをしているのじゃないかって不安になってきたんだよ。だからローズさえよければ、僕の国にこないか?君なら一流の魔術士として格別の待遇で迎えることができる。ここで終わるなんてもったいないよ。」
「え、どういうこと?わたしはそんなこと望んでいないわ。」
「そうかい?君の力はとても優れているんだ。力が発揮できるところで生きることこそ、君の幸せではないのかな?」
「………あなた、ロバートじゃないでしょう?」
「まさか、僕はロバートだよ。」
口調はロバートを真似てはいあるが、その言葉はまるで自分の恩師のようだ。そう恩師であり、大魔道士のアサル様。アサル様はひどくローズを心配していた。彼に干渉できる魔術で彼を操作している可能性もある。ローズはここで無理に術を断てば、ロバートの体に悪影響があることを考え、深く追求することはやめた。
「ロバート、お誘いはありがたいけれど。わたしは自分のことは自分で決められるわ。結婚も親が決めたことだけれど、最終的には納得してここへ嫁いできたわ。もし本当に拒否できるなら、逃げ出すことだって考えていた。でも今わたしはここにいる。それが答えよ。」
「残念だ。でもまだ君を諦めていない。もしアルフレッド様がローズにふさわしいと判断できなかったら、ローズにはしかるべき席を用意しておく。」
「勝手に決めないで。」
ロバートはそのままその場を去って行った。明らかにロバートから感じるのは、彼の魔力ではない。この屋敷には魔力を検知する働きがある。並の魔術士なら魔術さえ消されるだろう。それでもここへ干渉できる魔力となると、ローズはアサルしか思いつかなかった。アサル様はローズを見守ってくれている。それは親心なのかもしれない。だが、ローズはここで信頼できる人々に出会い、ここでの暮らしも悪くないと思ってきたのだ。もしここから出て行くときは、自分の意思で決める。他人から指図されたくない。
また天気が悪くなってきたようだ。ローズは屋敷のなかに入ることにした。
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