第三話 帰還と出発


 「おじいさま、おばあさま。ご無沙汰しておりました」


 「ローズ、長旅ご苦労であった」




 ローズは一週間前に学院から王都へ向かった。一人での移動なら魔術を使えばもっと時間が短縮できる。ただ今回はオオヤケの儀式である。王都から使者が迎えにきて、学院の理事長、そして神殿からも立会人が訪れ、ローズの王都への帰還を見守る。ローズの輿入れは、もう始まったのである。学院から出た瞬間、ローズは王族でありながら、領主の花嫁として扱われるのである。


 迎えが来て、久しぶりに着る豪華なドレス。フリルが胸元やスカートを彩り、所々に惜しみなく刺繍やビーズが飾られてある。いつもは移動が楽なように、髪の毛も一つに高く結ぶだけだった。今は長い髪も編み上げられ、貴婦人の様相に変化していく。もう学院で学ぶ魔術士としてのローズはそこにはいなく、第二王女であるローズになった。

 早朝にドレスアップしてから、別れの挨拶を済ませた。学院の入り口には馬車が用意されている。使者に馬車へ通され、学院理事、そして神殿の使者に挨拶をして、最後に大魔術士で恩師であるアサル様に視線を向けた。そしてアサル様には視線で一礼のみかわすと、視線をまっすぐ進行方向へ向けた。同級生や先輩、後輩たちも見送ってくれ、馬車が見えなくなるまで、手を振ってくれた。


 学院から城までの道のりは順調であり、特に困ったことはなかった。王都についたときは、大通りに面してパレードのように人が集まっていた。久々の王女の帰還と、第二王女の婚姻のしらせを聞いて国民が城壁から並んで馬車を迎えてくれた。長い列に囲まれながら、ローズが乗った馬車は城へ入った。そして通された広間には、両親、祖父母、兄、姉たちみながそろっていた。儀式としての公式な面会はこのあとに控えていて、ローズが着替えをしてから対面の儀が改めて行われる。

 馬車を降りて通された広間では、家族としての時間がもうけられた。国王である祖父は相変わらず元気そうであり、祖母も相変わらず肝っ玉母さんのたたずまいだ。両親は相変わらずバカップルであり、年甲斐もなくイチャイチャしている。兄もしばらく見ていないうちに、生え際が寂しくなり始めていた。姉も遠路はるばる王都に駆けつけてくれたようで、年齢を重ねていく妙齢の女性の美しさが出ていた。

 そのなかで、この騒動の発端である妹だけは広間にはいなかった。



 「マーガレットは、現在謹慎の身である」



 妹の姿を探したローズに、祖父は言葉をかけてきた。マーガレットは身重であり、容態が安定していなく、王都ではマーガレットのスキャンダルで大騒ぎになっていた。体のことを考えて、外の声を耳にしないほうがよいと判断したようだ。また妹の婚姻相手である騎士も、自宅で謹慎処分を受けているとのことだ。

 身内としては仕方ない判断だ。妹の一方的な婚姻の決裂は、神殿、魔術学院、そして貴族。すべての人を巻き込んでしまったのだ。王族としての品位を汚したと嘆くものもいるという。マーガレットも覚悟していたとはいえ、現に姉を巻き込んでしまったこの騒動。時間をかけて、幼なじみとともに信頼を回復しなければならない。


 信頼は築くことはとても時間がかかるのに、信頼が壊れるのはあっという間である。しかしアヤマちをおかしてしまったら、どう対応するか?そしてどう受け止めるのか。その行いによって、のちのちの周りの心証もかわってくるのである。

 まだ若いマーガレット。ローズも、心の奥では文句を言ってやりたい気持ちもある。状況は受け入れてはいるが、マーガレットの行動は正しいとは言えない。ほかの方法があったのではないか?もっと周囲と話しあう余地はなかったのだろうか、と思うことはあるのだ。


 しかし原因を追及するのも、ローズ自身を苦しめることになる。幼いころから強制的な婚姻約束を結ばされ、好きな人との結婚を諦めなければならないマーガレットの乙女心。好きな人が目の前にいても、思いを遂げることができないジレンマ。それらを近くでみて、助けようとしなかったのは、ローズを含めて周囲の責任もあるからである。彼女をそこまで追い込んで、見て見ぬ振りをした自分の行いが、回り回って自分に降りかかってきたと、結局は自分を責めることになるのだ。つまり、マーガレットひとりに責任を押しつけた代償、それが今回のこと。

 そう考えると、この身代わりの婚姻が、暗く悲惨なものになるに違いなかった。誰かを責め、誰かを恨むこと。そんなことで時間を無為に過ごすよりは、少しでも自分にとってよりよい時間を送りたいとローズは考えたのだ。


 あくまで今の段階の気持ちは前向きではある。

 

 これも夫となる人物に会って、話して、一緒にいても大丈夫そうだと思ったら、前向きな気持ちも続くであろう。もし、初対面で相手が生理的に無理と思ってしまったら、ローズは逃げようと思った。顔の醜悪ではなく、なんとなくフィーリングで無理というものが人間にはあるのだ。ローズは整っている顔ではあるが、ローズが夫に求めているのは、顔が整っているかどうかよりは、一緒にいて落ち着けるかが一番である。長い時間一緒にいるのだから、お互いにとって居心地がよければいいと思っている。


 姿絵を見れば、まだ少年の域を脱したばかりの様相である我が婚約者。背は聞くかぎりは、ローズより随分小さいとのことだ。髪の毛の色は黒く、瞳の色も黒く、肌は色白。その姿は、神秘的ではあるが、少し不健康そうな印象であった。


 嫁ぎ先は、広大な敷地に、食物がたくさんとれ、乳製品も多く、加工肉製品も多様にあるそうだ。ローズは、学院生活で自炊をすることが当たり前だったので、王族にもかかわらず、身の回りのことは一通りできる。田舎暮らしを楽しむには、まずは美味しい食材、そして美味しい料理。のどかな風景。一緒に美味しくご飯が食べられる相手がいたら、もっといいだろうなと思っている。


 それも夫の出方次第ですべてが決まるのだが、考えるのはここまでにしよう。




 「マーガレットは、芯の強い子です。ちゃんと反省し、しっかりした母親になれるでしょう。わたしは近くで見守ることはできないですが、きっとみんなで乗り越えていけると思っていますわ」


 「ほっほっほ、ローズは昔から肝が据わっておるな。いい目をしている、さすが我が孫である」



 国王である祖父が愉快そうに笑みを浮かべる。一通り、みんなへ挨拶をすると着替えを済ませ、帰還の儀を改めて大広間で執り行う。すべての儀式が滞りなく行われ、ローズは数日間、周囲へ挨拶を済ませ、婚姻の儀式に向けての準備など慌ただしく時が過ぎていった。マーガレットとは顔を合わす時間もないまま、時間が過ぎていき、気がつけば嫁ぎ先へ出向く期日となってしまった。


 ローズは、妹と話す機会がないことを特に気にしてはいなかった。それはマーガレットから、いくつもの手紙をもらっていたからだ。城に到着してから、ローズはマーガレットと密に手紙を交換していた。マーガレットは深く反省し、それでも後悔はしていないこと。これからの自分の行動で、自分のした行為への償いの気持ちを周囲へ示していくという覚悟があった。

 ローズも不満は言いつつも、お互い王族としての責務を全うすることが、今までもこれからも求められているのは理解できることを伝えた。ともにがんばろう、と手紙を綴った。


 ローズが遠方の領地へ赴く日が来た。ローズは王都の外の森で、領地からみた使者に引き渡される。引き渡しの際、荷物などすべてを渡し、そのまま領地へ行く。

 嫁ぎ先の地方領主は、自分たちで政治を行っている。いわゆる自治区であるので、あくまで小さな国としての位置づけである。ローズは引き渡されたら、よほどの事情がない限り、王都へは来ることはないだろう。


 朝から出発の儀など、細かい儀式を済ませてから、準備をすすめた。嫁入り道具としていくつか持たされるものはあるが、ローズが選んだものではない。これはすべて決まった儀式である。ローズは決められた通りに、進むだけでいいのだ。祖父母、両親に別れをすませてからローズは馬車に乗る。そして領地と王都の中継地まで、一行は大所帯の馬車の列で花嫁を送るのだった。






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