第四話 お輿入れ

 


 花嫁を乗せた馬車は王都から、郊外にある森へ進んでいった。途中、馬車を止め、馬の休憩をはさみつつ、旅路は快適なものであった。ローズは魔術の演習で、サバイバル術を学び、魔術士としての依頼があれば、諸外国で戦いへ出向いたこともある。人と戦うことは演習くらいであったが、猛獣など大型の生物が出たと聞けば、魔術士が討伐を依頼されることも多々ある。そういう訓練に比べれば、馬車にのり、座っていれば食べ物が出てきて、配膳をしてくれ、また座っているだけだなんて快適である。


 体を動かさないで、食べ物を口にいれるのがほとんどであるので、胃がなんとなく重かった。人に何かを頼む生活に戻ったのだが、10年間染みついた学院での習慣とは恐ろしいもので、人を使う優雅な生活いうものが、なんだか違和感がある。これから嫁ぐ土地も、どんな暮らしになるのか想像ができなく、夫となる人の方針で、暮らしも変化するだろう。


 「はあ、眠くて仕方ないわ」


 魔術学院にいたころは、時間がいくら足りない状態で、徹夜で本を読んだり、頼まれた文献をまとめたりすることも多かった。常に寝不足である。しかし、移動中はやることもなく、久しぶりにぐっすり眠ってしまっていた。自分でもびっくりするくらい寝てしまって、寝てしまえば、常に眠い状態になってしまった。花嫁を引き渡しする儀式を行う森についたら、シャンとするだろうと思うが、今は気を抜くとあくびが出てしまう。

 

 窓の外を見れば、のどかな田園風景が見渡せる。王都を過ぎて城壁をくぐると、建物はいっきにへり、だだっ広い平野が続く。田園風景を抜ければ、道がひたすら続き、森を通り抜けたりしては、また田園風景が広がったりする。同じような風景だ。

 王都は便利なもので、どんなものでもお金を出せばほとんど手に入る。地方へ行けば、何でも手に入るわけではない。ただ、ないものはないと諦めれば、代用品というものを考えるし、なかったらないでどうにか生活は回っていくことも知る。


 生活は慣れてしまえば、不便を感じない。ただ思うのは、温かい食事に、清潔な寝床、安心して住める家があるのは、とても心が安定する。衣服も清潔なものがあれば、特に不便は感じない。華美なドレスも、王宮住まいであり、人に見られる機会が多ければ、必要にはなるだろう。王族としての見栄もある。それはそれで必要なのだ。

 しかし、ローズがこれから求められるものとは何だろうか。ローズはとても暇なので、どうでもいいことを考え始めた。


 地方領主の嫁。夫を補佐したりするとは思うが、地方領主であるので、そうそうオゴソかな儀式があるわけではないだろう。一番自分に都合がいいのは、自分の好きなことだけをやっていればいい状態である。学院のときのように、本を読み、魔術を研究していれば良い環境だったらどんなに嬉しいだろう。

 それは自分の妄想であるとわかって、ローズは考えることをやめる。

 いいこともあれば、悪いこともあるのが人生。自分の願いは6割から8割叶えられれば、御の字だろう。完璧を目指すと疲れる。


 またローズはうたた寝を始めた。





  *****




 目が覚めて、目をこすると外は夕方になってきた。今日が引き渡しの儀式の期日であるが、日が暮れる前に到着するのだろうか。ローズは身支度を始めた。鏡を見て、化粧くずれなどないかを見て、嫁ぎ先の出迎え人に失礼がないようにしなければならない。

 髪の毛が乱れていないかを見て、そして口紅が塗られた唇を見つめる。紅は乱れてはいない。


 これならば失礼がないだろう。


 鏡にうつった自分は、化粧をして、とても華やかな印象がある。美しい母親、祖母から受け継いだ、意志の強そうな瞳、そして金色の髪の毛。父親から受け継いだ青い瞳。

 自分に自信をつけるようにまぶたを閉じて、息を吸い込む。わたしは第二王女である。と言い聞かせる。

 目を開いて、気合いを入れるとちょうど馬車が停車して、外から声がかけられる。到着したようだ。

 ローズは立ち上がった。

 ローズが馬車を降りると、簡易な天幕が作られた。そこで引き渡しの儀を行い、領地からの使者が先方へ荷物などを引き渡す。

 ローズは天幕の中へ通され、目の前に現れた男性を見た。


 「お初にお目にかかります。わたくしは領主 アルフレッド様から言付かり、ローズ様をお迎えに参りました。わたくしの名前はルボワと申します。我が領主が住まう屋敷までローズ様をお連れするのが、わたしくしの役目でございます。どうか些細ササイなことでも、お気になることがございましたら、おっしゃってください」


 目の前にたたずむ男、彼はルボワというらしい。執事にしては妙に若々しさがある容姿ではあるが、その雰囲気は、若々しさとは無縁な老齢の貫禄さえ感じる。生き物としての雰囲気が一瞬感じられなかったが、その勘をローズは見て見ぬことにした。



 「初めまして、第二王女ローズです。よろしく、ルボワ」


 「はい、ミス・ローズ。いえ、奥様とお呼びしましょうか」


 「お任せするわ」


 ルボワはスマートな身のこなしである。領主に仕え、家のことは彼が仕切っていると事前に聞いていたので、その様子から納得ができた。


 「ローズ様、こちらが用意しましたお召し物をご着用くださいませ。花嫁は、その領地のもので作って、こちらが用意したものを身に着けるということが我が土地での習わしなのです」


 「そうなの?構わないけれど。天幕で着替えるわ」


 「連れて参りましたメイドに着替えをお任せください」


 「ほかに持ってきた荷物は、そちらの領地へもっていっていいのかしら」


 「僭越センエツながら、わたくしが一度荷物を拝見いたします。万が一、何か支障がございましたら儀式に影響がでますので」


 「そう、お願いね」


 ルボワの顔をよく見れば、色が青白く、髪の毛は灰色のような色合いだ。生気のない顔色かと思えば、そうではなくひどく神秘的な美形である。まつ毛が長く、手足もながい。中性的な風貌も感じさせる。身のこなしも相手に警戒心を与えないような、丁寧な対応である。ルボワが一礼して、王国からの使者との打ち合わせに行ってしまうと、同時にローズは天幕の奥へ案内された。


 天幕の中に入ると、簡易なつくりであるのに、内装に張られている布がとても精密的な織りがであることがわかった。嫁ぐ領地では、農民は寒くなる季節は、家にこもって工芸品を作る習慣があると聞いた。男性は木彫りで、家具や彫刻といった工芸品。そして女性は刺繍やアクセサリー、機織りなど細かい作業をするという。その工芸品は、領地へ旅行へ行くとお土産品として喜ばれるらしく、ローズも何度か見たことがあった。

 しかし今までみたどの刺繍や織物に比べても、目の前にあるものははるかに出来栄えが素晴らしかった。何かをモチーフにしたようなものを、規則的な繰り返しのデザインで彩られ、まさに色合い、曲線などで目を楽しませてくれる。ポイントとなる、花や動物の刺繍はとても細やかであり、かわいらしい。全体的な雰囲気からみれば、輿入れを意識させた、色が明るく、そして柔らかな印象の布で統一されていた。

 ローズは、その布を見ながらメイドに着替えを手伝ってもらう。王都から着てきた服は伝統的な王家の紋が入った、正式な礼装である。しかし、着替える服は嫁ぎ先の紋が入った服で、これでもうローズは王家とは離れていくことを感じていった。服の着心地は悪いものでなく、王都からの服は補正下着で苦しかったが、そういったものをつけなくても、体のラインが整うような伸縮性のある不思議な服だった。とても楽である。

 髪型も長い金髪を結いなおし、高い位置で結われる貴婦人としての髪型になった。アクセサリーをつけるか問われたが、ローズは特にゴテゴテしたものをつけたいわけではなく、結婚式につけるからいいと断った。

 そして用意が終わると、ローズは引き渡しの荷物のチェックが終わったらしいルボワの前へ行き、王都からの使者の前にたつ。


 「皆さん、ここまでよくしてくれてありがとうございます。王都へ帰って、ローズは元気に嫁いでいったと王にお伝えください。ではまた。会う時があるのを願って」


 口上を述べれば、引き渡しの儀は終わる。それからルボワに促され、領地からきた馬車に乗り込む。馬車が走り出すと、王家からきた使者の姿は遠くなっていった。ローズは不意に左目がずきずきと痛み出した。 

 

 これは予兆だ。


 何か強い力が近づいているような気配。ビリビリと空気で感じる、不思議な魔力。ローズの勘が告げている、嫁ぐことは、間違っていない。ただまだ大きなハードルがあるに違いない。それがまだわからず、しばらくしたら痛みが落ち着き、領地の屋敷につくまでゆっくり馬車の旅を楽しむことにした。

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