第五話 山を越えて

 


 引き渡しの儀を執り行った大きな森を抜けて、出た先は大きな草原。

 その草原は山々が遠方に見渡せる。馬車は進みこの先の村にて停泊し、その山々を越えるために備えることになる。

 山を越えるということは、険しい道であるだろう。ローズが今乗っている馬車は王都からきたものより、数段頑丈なつくりになっているようで、乗っている感覚では全く揺れを感じない。もちろん装飾をみれば、王都からの馬車のほうが豪華である。しかし今乗っている馬車は機能性があり、そして乗り心地もよかった。

 

 「ローズ様、今夜の宿は山のふもとにございます。明朝になりましたら山を越え、しばらくしたら領地に入ります」


 馬車の外からルボワが声をかけてくる。ルボワは馬車の先頭で馬に乗っている。この集団を指揮しているのも、またルボワである。


 「わかりました」


 ローズはそう答えると、窓の景色を見た。遠くに見える山の頂上はうっすら白くなっている。そして草原には小花が咲き、白い蝶がふわりふわりと飛んでいる。馬車の中から見るのではなく、もっと近くでみたいとローズは思った。

 しかし今は道の途中、あくまで今は輿入れという大事な儀式の最中なのである。ローズの任務は婚儀を済ませ、そして滞りなく、領主の妻になり、国王へ無事儀式の完遂を報告することである。もし嫁ぎ先での生活が落ち着いたら、ここへピクニックをしに来ても、面白そうだとローズは考えた。


 草原を横切っていき、山のふもとにある小さな村に到着した。この宿は山を越えるために、停泊をする人が多いという。村の規模の割この輿入れの一行は大人数であるので、宿の前に乗り付けることができない。宿屋へ行くのもまず馬車から降りて、少人数で宿へ入らなければならない。

 ローズは馬車からおりて、宿へルボワにうながされるまま歩いていく。ローズの着ている服の紋から、ここから先の領地のものであると判断でき、遠巻きに人はローズを見ていた。見られるのは慣れているので、ローズは落ち着いた様子で宿へ向かった。そして宿につけば、メイドが隣の部屋で待機しているが、一人の時間をもてる。疲れもあるので、そのまま部屋に入ると、倒れるようにベッドに横になった。夕飯までゆっくり時間を過ごそうと目を閉じた。



  ****



 迫りくる、ドラゴンの集団。

 人々が逃げ出すも、その行動は無駄になる。彼らは、ドラゴンに破壊される。子どもの泣く声が響き、あたりが真っ赤になる。

 人々は懸命に戦うも、ドラゴンの前ではなすすべがない。魔術師が数人がかりで大きな術を発動するも、矢継ぎ早に繰り出される炎。大きな火は、土地を燃やして、そしてじりじりと燃え上がった炎の渦がすべてを飲み込んでいく。

 その赤い光景をみて、愉快そうに笑うのは、大きなドラゴン。

 このドラゴンは見たことがある。そう、それは…あの日。魔術学院へ入って、難しい魔術をどんどん会得していった幼い自分、そんな少し傲慢になっていた時に襲われた事件。チームとして組んでいた仲間は、大きな傷をおって倒れていき、もうローズしか戦えるものはいなかった。そして仲間を守るため、世界をまもるため、ローズは禁術を発動させた。


 ローズは目を開いた。

 そして起き上がる。


 

 「…………!はあ、はあ、はあ。また夢………」


 悪い夢をまた見たようだ。冷や汗をかいている。左目がうずく。目には見えない何かの気配が大きくなっているように感じる。

 宿屋に到着してから、転寝ウタタネをしてしまったらしく、あたりは静かである。不思議なことに物音がしない。ローズはベッドから起きて、窓の外を眺めようとした。

 しかし窓の外から刺すような視線を感じた。ローズは長年の経験から、即座に身構え、術式を唱えようとした。

 これは明らかな殺意である。誰かがローズを見ている。そして狙ってきている。

 ローズは呪文を詠唱するより、これは術式を書いたほうがよさそうだと判断した。壁に魔方陣を書いて、力を籠める。そして自分の発す音を消す魔方陣をはった。これで多少大きな魔術を発動できそうだ。音を消すだけで、少しは時間を稼ぐことができる。


 「……気配が消えた」


 殺意がなくなった。相手も相当の手練れのようで、ローズがの気配を察し、応戦態勢にはいったことを感じたのだろうか。緊張がふっと消えた。明らかにおかしいことが起こっている。痛む左目は、奇妙な出来事を警鐘するように痛みを与えてくる。


 「……このまま婚姻をするだけでは、ドラゴンがくるってことかしら。でも今の気配は誰なの? 」


 ローズは考えた。

 ローズ自身が王族として狙われている可能性もある。ただ魔術学院にいる間、誰かに命を狙われる危険などなかった。とすれば、この婚姻に反対するものがいるということだろうか。いや、でも城内にも反勢力はみかけられなかったし、この婚姻は国と神殿と魔術学院の総意である。これだけ国内の勢力が同意した婚姻、反対するものを考えるほうが難しかった。


 「まずは、無事に領地へ到着することね」


 考えても結論がでないであろう状況。思考をやめてローズは明け方が来るまで、休むことにした。時間がくれば、メイドがきて身支度の用意を始めるだろう。ローズは椅子に腰をおろして、目を閉じた。

 それから朝の支度が始まると、殺気や不穏な気配を感じることはなく、村を無事に出発することができた。ローズは山を越えるとき手前で、狙われるだろうかと警戒した。丈夫な馬車は多少の悪路であっても、まったく影響がないようで、あっというまに山を登り、気がつけばのどかな風景が広がった。

 山頂付近は、素晴らしい光景が続く。吸い込む空気はひんやりと冷たく、そして澄んでいた。高山帯にしかない植物や花々もあり、ローズは王都ではみかけない植物に見入っていた。そして高山帯を過ぎれば、また険しい山道を横断し、緩やかな下り道が続く。

 それから先は領地である。自分がこれから生きる場所。ローズは見えてきた領地を眺めると、不思議な気分になった。まだ実感はもてない。

 畑が続く道を抜けると、城壁があり、自治区であるこの領地の城下街が見えてきた。城下街といっても、王都に比べれば、店も建物もこじんまりしたものである。ただにぎわいがあるその城壁のなかは、人々の笑顔があふれていた。

 先導するルボワに近づく領民達。彼らは花嫁を待ち望んでいたようである。正式なお披露目は婚儀のあとになるので、馬車から顔を出すことはできない。それでも人々は見送ってくれた。

 一行は粛々と馬車をすすめ、屋敷の中へ入っていった。そしてローズが乗った馬車も停車し、無事に屋敷についたことがわかった。



****



 「ローズ様、長い旅路お疲れ様でした」


 停車した馬車の扉があくと、一番最初に目に入ったのは灰色の髪。出迎えたのは、いつのまにか馬をおりていたルボワだった。


 「いいえ、楽しかったわ。これくらいの旅は慣れているから」


 「さすがローズ様、タフですね。これからのスケジュールですが、簡易な形式ではございますが、婚姻の儀式にうつります」


 「わかりました。領主様にはいつお会いできるかしら?」


 「それが……主様は、体調がすぐれなくようでして。ですが、婚姻の儀には出席されるかと」


 「体調?大丈夫なの? 」


 「……これから様子をみて参りますので。どうかローズ様はゆっくりお茶を飲み、この領地自慢の焼き菓子をお召し上がり下さい。お茶も一番つみの新茶ですので、王都ではまず手に入れることができない品物ですので」


 「え、ええ……」


 ローズは口を挟めない状況であった。ルボワの流れるような言葉と、完璧な笑顔に否といえる状況ではなかった。ローズは領地につけば、夫となる人と体面するかと思っていたので、少しばかり緊張していた。だが、婚姻の儀まで姿を見ることは叶わないようだ。体調のこともあるらしいので、不安になる。病弱な方なのだろうかと。確かにもらった姿絵では、健康的な体つきではないので、体を壊しやすい人なのかもしれない。

 メイドに連れられて、部屋に通されると新しいドレスに着替える。メイドにすすめられるがまま淡いイエローのドレスを着れば、テラスに通され、可愛らしい菓子を出された。おいしいお茶においしいお菓子。使用人たちも特に違和感もなく、王都できちんと教育をされた振る舞いである。

 時間が来ると、夕食が出され、この土地のものをふんだんに使われた料理を楽しむ。 結局ローズは、その日夫となる人と出会うことなく、一日が過ぎてしまった。

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