第8話 バターロールとクイーンブレッド

「わけわからんのんじゃけど。」

僕は出勤してきた西尾君を捕まえた。

この日作業する結婚式場に納品する予定のパンについて説明を受けていた山口さんは状況を察し、すぐに僕と西尾君の側から離れた。

僕は西尾君に4個入りのバターロールの袋を3つ渡した。

西尾君は受け取るとすぐに中身とラベルを確認した。

「すいません。貼り間違えてます。」西尾君は僕の顔を見ることが出来ないみたいだった。

「貼り間違えてます?なにを?」

「バターロールなのに、、、」西尾君は口ごもった。

「今日納品のアルファさんのバターロールよ。それお前が検品したんじゃないんか?」

「はい。」

「お前、そのバターロールがクイーンに見えるんか?」

クイーンと言うのはクイーンブレッドという商品名の食パンだ。砂糖ではなく蜂蜜を入れて練った、コクのある甘味の食パンだ。うちの人気商品。地元のスーパーであるアルファさんにも是非ともと請われて納品をしているものだ。

商品の交換はすでに終わっていた。アルファさんへの納品は強面のドライバー都倉さんの担当だった。納品時の検品中に発覚したとの事。アルファさんの担当から交換して来てと言われて持ち帰ってきたのだった。西尾君が出勤してきたのは、都倉さんが、また行かんといけんのんかいと一言嫌味を言って交換に出向いてくれた直後だった。

うちは広島市内のデパートやスーパーマーケットに食パンや菓子パンなどを納品をしている。

焼き上がったパンを冷まし、手作業でパンをひとつずつ袋に入れ、袋の口をヒートシーラーで閉じ、最後に原材料や消費期限が記載された商品のラベルを貼る。

それが作業の流れだ。

つまりバターロールとクイーンブレッドのラベルを逆に貼ってしまったというミスである。

よくあるミスだった。

昨日、僕がホテルからのクレームでここを離れていた間に西尾君と関さんが終わらせた作業だった。

クレームはクレームを呼ぶというか、そういうミスはなぜか重なる。

そして続く。

出荷量が多い時期だからミスも増えるという単純なものでもなく。と言って緊張感のない作業的に緩い時期に多いという事でもない。すべて手作業で行うのでどちらかと言えば個人の資質に問題がある場合が多いのではないかと思う。

とたった4人くらいの作業場での傾向など一般論にはならないわけだが。

いずれにしてもうちは西尾君のミスが目立つ。

うちはと言うか僕には彼のミスが目立つのかもしれないが。

「それお前が昨日貼ったんじゃろうが。お前、字が読めんのんか?」

「いえ。」

「じゃあ、なんで貼り間違うんな。」

「すいません。確認不足です。」と西尾君は頭を下げた。「すいません。」

「確認不足って商品にシール貼るだけの作業なのに、その作業のどこの何を不足させるんや。」

「すいません。」

「なんでちゃんと確認できんのん?お前、この前、シールの日付間違えたよの。あん時どうせぇって言うた。」

「ちゃんと読むようにって。」

「ちゃんと読んだんか?」

僕の質問に西尾君はひきつった表情で少し首を傾げた。

「声に出して読んだか?」

「声にって言うか。目で、、」

「目じゃなくて声に出せって言うたじゃろうが。」

「はい。すいません。」

「確認せんかったんかい。」

「いや、確認はしたんですが。たぶん消費期限しか見てなかったんだと思います。すいません。」

何度すいませんと言わせたのだろう。

でもまだ満足できなかった。

なんなんだ。

西尾君をじっと見た。

彼は僕を見ない。

なんなんだ。

どうして「すいません」の一言を言わせただけでは満足できないんだ。

「なんでお前は出来んのんや。」

「すいません。」と西尾君は頭を下げた。

「ほんまわけわからん。」僕は彼の前から離れながらそう言った。

とても小さな声でだ。

今日は関さんが休みだった。それだけで雰囲気は暗かった。なのにこんなクレームで納品先のアルファさんには謝らないといけないし、ドライバーの都倉さんからは嫌味を言われるしで最悪の1日である。

と言ってもクレームとしてはそこまで大事には至ってはないのだが。

これと全く同じクレームであっても相手先によってかなり求められる対応が変わってくる。

商品ラベルを間違ったまま店に並べば、値段の違いもあるが、商品が違えばもちろん原材料も違うからアレルギーに関わる記載が間違っていると言うわけで重大な事故につながりかねない。

当然呼び出しを受け、過去には新聞に謝罪広告を打てと言われてそれに従ったこともあった。

だが、今回は店頭に並ぶ前の段階で間違いが発覚したこともあり、ただの商品の交換で済んでいる。

関さんが休みだ。もうこれ以上この話を続ける余裕はない。

「チャラチャラしとるけぇ、こんな間違いするんよ」と僕は西尾君に言って作業に戻った。

結局、昨日からそれが言いたかったんじゃないか。

僕がクレーム処理で頭を下げている間に、関さんと2人で楽しく作業してるからそんなミスをするんだ。

関さんと楽しく?

嫉妬か。

山口さんが無表情でパンを片付けている。しばらく存在を忘れていた。

たぶん今日は静かな1日になる。


「今日は自分で検品するから。お前と山口さんは中をやってくれ」と西尾君に告げた。

西尾君はすぐに作業に必要なパンを個室の中へと運んだ。

僕はすでに口を閉じられた袋入りの食事パンの検品を始めた。

そのラベルを手に取り、商品名と消費期限を声に出して読んだ。そしてラベルを商品に貼りつけた。

山口さんが僕をチラッと見たのがわかった。まだ個室に入っての作業にはとりかかれないみたいだった。

そして「ほんとに声に出して読む?」と僕を見て言ってるようだった。

次の商品のラベルも同じように声を出して読んだ。

最初の商品よりも早口でそして小声で。

山口さんはもう僕には注意を向けてなかった。

声に出してラベルを読むのは本当に久しぶりの事だった。

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