第7話 製造業は「作ってなんぼ」
「お帰りなさい。」職場に戻ると、関さんがすぐに僕に声をかけてくれた。
嬉しくないわけないのだが、返事も返さぬまま内線の番号を押した。
パン製造の内線番号だ。
「チーフおる?」と聞いてみる。
電話の保留機能の使いかたすらわからないのか、電話をとった製造の社員の子は大きな声で「チーフ。店長からです」と叫んだ。
受話器の向こうからはしばらく作業音だけが小さく聞こえてきた。
「はい」とあさひ町店のパン製造のチーフ・小池君が電話を替わった。
「ちょっと1階に来てや」
「すいません。ちょっと今、手が離せないんで」と小池くん。
小池チーフは僕よりも一回り若い男性のパン職人で、性格は極めておとなしく、声が小さくて何をしゃべっているのかよくわからない男だった。
ただし、新作パンを考案する数はこの会社のパン製造チーフの中でもダントツだった。
「今朝のあのパン、あれはなに?」
「すいません。気を付けます」
「気を付けますって、チーフ、あのパン見たん?」
今朝のボツパンは全て2階のパン製造室に上げていた。
「どう思うん?」
「すいません。」
「なんでこんな事になるん?」
「すいません。人手が足りなくて」と小池君は言った。「すいません。また後でいいですか。人手が足りなくて」
僕の返事を待つこともなく受話器は置かれた。
2階に上がってもう少し何か言おうかとも思ったが、きっと電話で話したのと同じ内容の繰り返しになるのだろう。人手が足りないんでと言われてしまえば、「はいそれまでよ」って感じだ。
と言うか、いつもだったら声を荒げてって感じになるのだが、そこまでの怒りや苛立ちが実際には湧いてこなかった。
僕がこの会社に転職してきたのが2000年のことだが、焼き上げの失敗はその当時からもほんとよくある事だ。
当時は人手が十分に足りていたように思えたけど、同じような焼き上げのミスは今と同じくらいあった。
ずっとその繰り返しなのだ。成長はない。
しかし、僕のような非製造系の従業員は結局のところ店長とかの役職をつけられてはいても、所詮ただの営業職=サラリーマンで、技術職=職人にはかなわない。
製造業は「作ってなんぼ」である。
もちろん僕のような営業のものが売り先を見つけるからこそ店の運営は成り立つのかもしれない。でもそんな胸を張れるような実績を持ってるわけでもなかった。
給料が安い。
でもそれはそんな給料しかもらえないような仕事をしているからなのだ。
一枚50円の6枚切の食パンをポリ袋にひとつひとつ手作業で入れ、ひとつひとつ手作業でその口を閉じていく。100食分作ったって5千円だ。それを二人がかりで作業し、そこからドライバーに運ばせる。
その毎日だ。
金持ちになれる要素などどこにもない。
忙しい振りをしているだけで毎日を怠けて過ごしているだけのなのかもしれない。
人手が足りないとこの工場の皆が言うけど、本社は「あさひ町店は赤字だ」と言う。
「無駄をなくせ」と言う。
なくさなければならいけない無駄をみんな探してる。
僕だって。小池チーフだって。関さんのようなアルバイトでも無駄がないか考えてくれている。
でもなかなか結果には現れてこない。
自分がその「無駄」に選ばれるんじゃないか?
そんなことばかり考える。
ホテルから呼び出しを受ける前に関さんと二人で作業の遅れを取り戻した。その甲斐もあって、僕が不在の間も問題なくそれからの作業は執り行なわれていた。
関さんと西尾君の2人の力で。
クレームさえなければ僕が担当していたであろう作業を西尾君が受け持っている。
そして普段のこの時間なら西尾君が担当しているはずの作業もすでにいつもと同じレベルにまで進んでいる。焼き上げが少ない日と言っても、それは普段よりも早朝時の作業量が少ないだけで7時以降の作業量はどちらかと言えば多い日だった。
扉が開き個室から関さんがパンを取りに出てきた。
「頑張りましたよ」と関さんは言った。
すでに出荷の準備を終えた番重が納品先ごとに並んでいる。
「スゴいね」と僕は言った。
関さんは微笑んだ。そしてパンを取ると個室へと戻った。西尾君が僕の代わりに作業している個室に。そして僕はひとり取り残された。
何をくだらないことを考えてるんだろう。
そんな事よりやらなきゃいけないことがあるだろう。
僕には僕にしか出来ない仕事があるんだ。
机についた。ホテルに提出する資料や報告書をパソコンで作る。
これが僕に任せられている仕事なのだ。
ただこんな時間から始めるような仕事でもなかったが。
でも、今はこれくらいしか自分に出来る仕事を見つけることが出来なかった。
パソコンのデスクトップにある僕の名前がついたフォルダーを開き、年度毎にまとめられた報告書と名付けられたフォルダーの本年度分にカーソルを合わせ開く。
今年のフォルダーの中にはホテルへの報告書はまだなかったので、昨年のフォルダーを開く。ファイルの名前はクレームの起きた日付とクレーム先そしてその内容が髪、日付、遅れ、などと一目でなんの書類か推測出来るように残されている。
「20150814ホテル髪」と言う名前のファイルを開いた。
そして「20160521ホテル焦」と言う別名で保存した。
古いファイルの内容を書き直していく。これが僕に任せられた仕事なのだ。
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