蝉
押入れの中で男が息を潜めている。
一筋の光も射し込まない暗闇の中で男は四つん這いとなり、指一つも、首すらも固く、微動だにしない。
その姿は、丁度セミの幼虫が地の底で雌伏の時を経ていざ飛びたたんと身を固くする、その様に酷似していた。
やがて襖の向こうから、クルミを二つ掌の上で転がした時のような音が聞こえたならばきっと、男の背中は縦にメリメリと割れ、中からズルリと這い出した新しい男が、まちに待ち望んだ世界へと飛び立つのだ。
男の右手には、ヌラリと何かで濡れた出刃包丁が握られている。男は、舌すらも動かす事無く鼻の辺りで一心に念じていた。
「俺は異世界に行くんだ……俺は異世界に行くんだ……俺は異世界に行くんだ……俺は異世界に行くんだ」
ついに襖の向こうから、音が聞こえた。
――カカココ……カカココッ……。
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