ユメノキ先輩

 これは、ユメノキ先輩が残した、数々の逸話とはまた違った、あまり重要ではない類の話なのだけれど、僕が先輩を語る上でどうしても端折れない、ある一幕である。

 同じサークルに所属していた僕と先輩は、海岸通にある舶来軒というカフェで珈琲を飲んでいたのだけれど、ガラス越しに外を見ていた先輩は突然僕に顔を寄せこう囁いた。

「オイ外を見てみろ。あそこで道路工事をしているだろ? 実は前から怪しいと睨んでいたんだがあれはおかしい。今日はっきりとそれがわかった。よく見ろ、ホラ。今まさにセメントを砕いている場所。あそこはな、つい一ヶ月前に舗装し終えたばかりの場所なんだ。きっとああやって、何度も何度も舗装工事をして、国から助成金を絞りとってるんだよ」

 外を見た僕は、その工事の様子に何も不自然さを感じなかったのだけれど、そう囁いた先輩の顔がまるで仇敵に出会った時のように奇妙に歪んでいて、僕は心底肝を冷やしたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る