*14-2 贋作ですがなにか?
『あはははは! おっかしい! まさか、本当に人間に惚れてるなんて!』
『はう子?』
はう子が振り返る。
『!』
そこにはオドオドしたはう子の姿はなかった。目を爛々と輝かせ、口元を歪めて嗤っている。
『そなた、いったいどうしたのじゃ?』
『どうしたもこうしたも! これがわたしの本性なんだよ!』
はう子はすばやく距離を縮めると、『モナ・リサ』を床に叩きつけ、馬乗りになった。
『ぐぅ!!』
『モナ・リサ』の顔が苦痛に歪む。
『どいつもこいつも騙されて……。馬鹿ばっかりだな!!』
『はう子……』
身体を押さえつけられた『モナ・リサ』は、ただはう子を見上げることしかできない。
『ようやくだ。ようやく念願敵う……』
『念願?』
『そう、わたしの望み、生きがいそのものだ』
『それはいったい……』
はう子の瞳が冷たい光を宿す。
『この状況で分かんねえの? お前を殺すことだよ!』
『!!?』
はう子は前触れなく『モナ・リサ』の首に手をかけた。
『あはははは! 魂が殺されたら、絵はどうなるんだろうなぁ? ええ?!』
『う、くぅ!』
『モナ・リサ』は必死にもがき、なんとか拘束を解こうとする。
『本物だからって大事にされて! ムカつくんだよ! こっちはなぁ、ここにいるレプリカみたいな価値さえない、ただの贋作さ!』
『っ!』
はう子は首を締めながら話し続ける。
『わたしの作者はな! 結局画家になれず、金のために贋作を描きまくるようになったろくでなしだ!!』
『う!』
『生まれてからずっと人間の汚いとこばかり見てきた。贋作だとバレてからはどこにいっても厄介者扱い! 疎まれ! 嫌がられた!』
はう子の叫びと共に首を締める力も強くなっていく。
『やっと、やっとだ! やっと本物に復讐できる!! お前さえ、お前さえいなければ! わたしはこんな孤独を味わわずに済んだんだ!!』
『……かさ、つ、かさ……』
『モナ・リサ』が掠れた声で司を呼ぶ。
『はっ! 来るわけないだろう!!』
「そこまでだ」
『!?』
はう子が顔を上げるとそこには司が立っていた。
『どうしてここに』
思わぬ人物の登場にはう子の手が『モナ・リサ』の首から離れる。
『ごほっ! ごほっ!』
一気に入り込んできた空気に『モナ・リサ』は咳き込む。司ははう子を『モナ・リサ』の上が退かせ、『モナ・リサ』を抱き起こした。
「大丈夫か?」
『う、うむ』
落ち着きを取り戻した『モナ・リサ』は、司の背後に下がる。司ははう子と向き合った。
「どうも気になってな。あの後、お前らのことを探してたんだ。そうしたら、怒鳴り声が聞こえてきてビビった」
『……』
はう子は悔しそうに歯を食いしばり、手を握りこむ。
「今までよく隠してたな。全然気づかなかったぞ」
『ふん。やっと本物と巡り合えたんだ、そう簡単にへまするかよ』
「清々しいくらい別人だな」
あまりの変貌ぶりに司は笑いを漏らす。
『邪魔するなよ。お前から絞め殺してやろうか?』
はう子の瞳に殺気がこもる。
「やれるもんならやってみろ」
『――っ! 舐めんじゃねえ!!』
飛びかかって来たはう子の拳をかわすと、司ははう子を抱きしめた。
『!!??』
はう子の動きが止まる。
「今まで、ひとりで耐えてきたんだな」
『!!』
司の言葉にはう子の目が大きく見開かれる。
『な、にを言って』
「言っただろ、お前の叫びを聞いたって。贋作として生きていくのは苦しかったんだな」
『っ!! 何を分かったような口を!! 人間に贋作の気持ちが分かるか!!』
思い出したようにはう子が司の腕の中で暴れ出す。司の背中を殴り、足を蹴り、あらん限りの力を持って抵抗した。しかし、司は抱きしめる腕を離さない。
「人から疎外される気持ちなら分かるぞ。俺もそうだったからな」
『年数が違う! わたしがいったい何百年ひとりで生きてきたと思ってんだ!!』
「そうだな。キツイな。お前は人から愛されたことがないんだもんな」
司はますます腕に力を込める。
「悪かった――」
『!?』
はう子の動きが再び止まる。
「贋作(おまえ)を愛してやれなくて、悪かった」
『――っ』
はう子の瞳から涙がこぼれ落ちる。それは次から次へと流れだした。
『わ、たしは……金のために、生み出された……作者からも、愛されなかった……』
「……」
『あの絵さえ……『モナ・リサ』さえ、なければ……わたしは生まれずに済んだのに……!』
胸の中に泣き崩れたはう子の頭を司はゆっくりと撫でる。
『存在理由が、欲しかった……。だから、復讐を生きる理由にしたんだ……』
「……」
『でも、ずっと寂しくて。ほんとはそんなことの為に生きたくなんてなかった。誰でもいい……誰かに必要とされたかったんだ』
長い間ため込んできた贋作としての気持ちを、はう子は吐露した。司はその言葉をしっかりと受け止める。
「じゃあ、ここで作ればいい」
『え?』
「お前の存在理由」
顔を上げたはう子に司は笑いかける。涙で顔をぐちゃぐちゃにしたはう子は茫然と司を見上げた。
『わたしは、贋作だぞ?』
「本物と贋作が同居する美術館ってのもおもしれえじゃねえか」
司はあっけからんと言ってのけた。
『ふっ。たしかにおもしろいのう』
『!』
ずっと黙って話を聞いていた『モナ・リサ』が意地の悪い笑みを浮かべて、はう子に近づく。
『これからはせいぜいわらわの美しさの引き立て役になるがよいわ』
『『モナ・リサ』……。わたしは、お前を、殺そうとしたんだぞ?』
『わらわは心が広い。許してやるぞ?』
『……』
『モナ・リサ』にまで頭を撫でられたはう子は言葉を失くして、ただ2人を見つめ続けた。
◆ ◆ ◆
勉強会が終わってもはう子は宿木美術館に居続けることになった。はう子は宿木美術館にある噴水の端に腰かけてぼんやりと空を見上げていた。
『こんなところで何をしておる』
『……『モナ・リサ』』
『モナ・リサ』がふよふよとやってきてはう子の隣に腰を下ろした。しばし沈黙が流れる。
『存在理由をここで作れなんて、あいつも無茶言いやがる』
あの出来事以来、はう子は猫をかぶるのをやめ、素の姿をさらしている。最初は驚かれたが、時間が経つにつれて自然と受け入れられるようになった。
『時間はある。そう慌てることもなかろう』
はう子の呟きに『モナ・リサ』は静かに返す。
『なあ』
『ん?』
はう子の呼びかけに『モナ・リサ』は視線を向けるが、はう子は空を見たままだ。
『あいつのどこが好きなんだ? 想いを伝える気はあるのかよ?』
『……』
はう子の問いかけにすぐには答えず、『モナ・リサ』も視線を空に向けた。
『気づいたときには好きになっておったわ。……伝えたところで叶わぬことは分かりきっておるからの。あやつが死ぬまで言うつもりはない』
『そうか』
『だがの。わらわはとても幸せじゃと思っとる』
不思議に思ったはう子が今度は視線を『モナ・リサ』に向ける。『モナ・リサ』は本当に幸せそうな横顔をしていた。
『こんなにも誰かを愛おしいと思えたことはない。この気持ちを知れて、それだけでわらわは幸せよ』
『モナ・リサ』はゆっくりとはう子に視線を合わせる。
『そなたにも知ってほしい。誰かを愛しいと思い、誰かに想われる喜びを』
『……』
はう子はその柔らかい微笑みを正面から受けると、何も言わずに空へ視線を戻した。
はう子が若手学芸員の指導を行うようになるのは、もうしばらく先の話。
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