*17-1 『地獄の扉』のお出ましです




 美術館正面玄関で『ダヴィー像』、『悩める人』、司と冴子を含む学芸員。そして『最後の裁判』を先頭に作品の魂たちが集合していた。『悩める人』と付き添いの『ダヴィー像』の見送りに集まっていたのだ。


 人生相談を終えた『悩める人』は、ここにやって来たときよりも少しだけ清々しい顔をしている。司が一歩前に出て『ダヴィー像』の腹に拳を当てる。


「いいか、ちゃんと送り届けろよ。そんで、すぐに戻って来い」

『うむ。私が責任もって連れて行こう』


 司の忠告に『ダヴィー像』は素直に応じると、シルクハットを脱いで華麗な一礼を披露した。そのとき――。


『どぅわ! 危ねえ!』


 シルクハットの中から小さな人が出てきた。大きさはだいたい10cm。金髪に編み込み。耳には大量のピアス。英語のプリントされたTシャツにダメージジーンズを履き、足元は編み上げブーツだ。


『ったく、気持ちよく寝てたのに何だ?!』


 小さな男はふわふわと宙に浮きながら悪態をつく。突然の小人の登場に『ダヴィー像』を始め、学芸員も魂たちも固まる。そんな中、一番に復活した司が小人をわしづむと顔まで持ち上げた。


「お前誰だ? お前みたいな魂、ここにはいねえぞ」


 美術館に収蔵されている作品に宿った魂をすべて把握している司は、目を細めて小人を睨みつける。


『あァ!? 俺様が誰だって!? 聞かれたなら答えねえといけねえなァ!!』


 小人は勢いよく司の手から飛び出すと、空中を一回転してみせる。


『俺様は! 誰もが知ってる! 『地獄の扉』だぜ! ヒヤッハアァアアアアアア!!!』


 人さし指を空へ突き上げ、まるでラップでも歌うかのように名乗りを上げる。空間を切り裂くような大声に近くにいた司は思わず耳をふさいだ。体格と音量が全く合っていない。


「うるせえ!! って、はあ?!」


 文句を言ったものの小人の正体に司も負けず劣らずの大声を出して驚く。『地獄の扉』と言えば、『悩める像』同様西洋美術館に収蔵されている作品のひとつだ。司の表情が一気に険しくなり、『ダヴィー像』を射抜く。


『待つんだ、司君。私は……』

「お前、何人連れてきてんだこのやろぉおおおおおお!!!」

『ぐふっ』


 『ダヴィー像』に帰還してから3度目のパンチが決まった。





◆ ◆ ◆




 『地獄の扉』はオーギュスト・ロタンが制作した巨大なブロンズ像である。高さ5.4m幅3.9m厚み1m。その名の通り大きな扉の形をした像で、扉の頂点には3つの影があり扉全体には細かな装飾が施されている。ここに宿った魂はわずか10cmほどの小さなものだった。


 急遽、司は館長室に『ダヴィー像』と『地獄の扉』を伴ってやって来た。後ろには気になったのか冴子もついてきている。事情を知った館長の王は、ぽっこりでたお腹をさすってため息をつく。


「いやいや。これは困ったね。まさか『地獄の扉』に宿った魂まで連れてきていたとは」

『違うのだ、館長。私は何も知らない。彼が勝手に私のシルクハットに潜り込んでいたのだ』


 『ダヴィー像』は自身の無実を必死に主張する。さすがに4度殴られるのは嫌なのだろう。


『俺様としたことが、あんなところでうっかり寝ちまうとは!』


 『地獄の扉』は『がはははは』と豪快に笑う。今は司の頭の上に乗っており、もじゃもじゃの髪の中に隠れてしまうそうだ。


「ということは、『地獄の扉』は勝手に着いてきたということですね」

『そういうことだよ! 冴子君!』


 ため息交じりの冴子の言葉に、『ダヴィー像』は食いつく。これで自身の無実は証明されたのだ。どうだと言わんばかりに『ダヴィー像』は司を見る。司は少し気まずそうに視線をそらした。


「さて、勝手に着いてきたことは分かった。君も西洋美術館に送り届けないとね」


 館長は『地獄の扉』に向かって語りかける。しかし――。


『ヒャ――――!! つまんねえこと言うなよ、おっさん! せっかく姿を現せたんだ! 俺様は俺様の野望を叶えるまで帰らねえぜ!!』


 司の頭から飛び出した『地獄の扉』は館長に一指し指を「ビシィ!」と突きつける。


「野望?」

「そうだぜベイビー! 俺様には野望があるんだぜ! ハァ――――!!」


 冴子の言葉に『地獄の扉』のテンションがさらに上がる。照明をスポットライトのように浴び、ターンを1回。


『俺様の野望! それは! 最高のライブをすることさ!! ィヤッハァアアアア!!』


 『地獄の扉』の野望にその場にいた全員が一瞬固まる。


「それはつまり、君はここでステージみたいなことがしたいのかな?」

『そうだぜベイベー! たくさんのオーディエンスの前で! 俺様の美声を披露するんだぜ!!』

「ふむ」


 『地獄の扉』の野望を確認した館長は、腕を組んで思案する。しばし考え込むと、ぽんと膝を打った。


「分かった。君の希望を叶えよう。その代わり、ステージは1回きりだ。終わったらちゃんと帰る。いいね?」

『了解したぜ! ヒヤッハア――――!!』


 『地獄の扉』のテンションがさらに上がる。体を揺すり腰をしならせダンスらしきものを踊ると、最後に司に向かって片手を胸に、もう一方を腰に当てたキメポーズをした。


『それじゃあ、バックダンサーを頼むんだぜ!!』

「ああ?」


 途中から興味を失くしていた司は、いきなりのご指名に気の抜けた声を出す。


『ユーに! 俺様の! バックダンサーをさせてやるんだぜ!!』

「はぁ?! なんで俺がそんなことしなきゃいけねえんだ!!」


 司は一瞬でぶち切れると、『地獄の扉』をわしづかみ至近距離で睨みつける。しかし、『地獄の扉』はまったく怯まない。


『俺様はこのサイズだ! 美声は届いてもダンスは見えない!! ダンサーが必要なんだぜ! ファ――――!!』

「俺の必要はないだろうが!!」

『そのもじゃもじゃヘア! 最高にイケてるんだぜ! ヒャ――――!!』

「なっ?!」


 『地獄の扉』の想定外の理由に司は絶句する。その隣で冴子が思いっきり吹き出した。館長と『ダヴィー像』も肩を震わせて笑っている。


「お前らなっ!!」


 顔を赤くして睨みつけるも効果は全くない。司が動揺した隙に手から抜け出した『地獄の扉』は嬉々として飛び回る。


「いいじゃないか。『地獄の扉』に付き合ってあげなさい」

「館長!!」


 笑いを堪えて発せられた館長の一言。異を唱えるも効果はない。冴子と『ダヴィー像』は笑いすぎて涙目になっている。


『早速、ダンスをレクチャーするぜ! フゥ――――!!』

「ふざけんなぁあああああ!!」


 司の叫びが美術館に響き渡った。





◆ ◆ ◆





 冴子と浩治はとある場所へ一緒に向かっていた。冴子は先程から笑いを我慢しようとしては失敗している。


「ふふっ」

「そんなにおもしろいか?」


 何度目かの冴子の笑いに浩治が声をかけた。浩治自身もどこか楽しそうだ。


「はい。本郷さんがダンスだなんて似合わなさ過ぎて笑うしかありません」

「たしかに俺も興味はあるけどな」


 司が『地獄の扉』と踊ることはすでに美術館中に広がっている。特に冴子は普段偉ぶっている司がどんな顔でダンスを踊っているか興味津々だ。だが、ひとりで冷やかしに行く勇気もなく浩治を誘って今に至る。


「あ、ここです。2人が練習しているところ」


 冴子は「会議室」と書かれたプレートの付いた扉の前で足を止めた。浩治も同じように足を止める。


「こんなところで練習しているのか?」

「美術館に体育館なんてありませんからね。外は誰に見られるか分からないから嫌だって本郷さんが言ってました」

「なるほどな」


 浩治はひとつ頷くと、2回ノックをして扉を開けた。中はテーブルと椅子が部屋の後方に寄せられた状態になっており、前方部分に背を向けた司と『地獄の扉』がいた。2人ともジャージ姿だ。


「『地獄の扉』!! お前の本気はそんなもんか?! ああ?!」

『舐めちゃいけねえ! 俺様の本気はまだまだこれからだぜ! ヒャッハ―――!!』


 突然の司の大声に浩治と冴子は顔を見合わせて目を白黒させる。


「どういう状況でしょうか?」


 ひそひそ声で冴子が問いかけるが、浩治も分からず首を傾げる。


「ここの振付はお前の歌に合ってねえ! もっと激しくいくべきだ!」

『そうだなマイブラザー! もっと激しい振りを考えるぜ! 少し時間をくれ!!』


 ジャージ姿の『地獄の扉』はそう言うと、空中で両手を上げたり回し蹴りをしたり色々な動作を始めた。


「――本郷?」


 一段落したと見た浩治が声をかけると、司はようやく振り向いた。


「お前らか。何しに来た?」


 額に浮かべていた汗を首にかけていたタオルで拭う。その様子に冴子は目を剥いた。


「本郷さん、真面目に練習してるんですか?!」


 文句を言いながら適当に『地獄の扉』をあしらっているか、超嫌々に練習しているかの2択だと決めつけていた冴子には「真面目に取り組む司」という絵に驚きを隠せなかった。


「ああ? こうなっちまったもんは仕方ねえだろうが。半端なことして『地獄の扉』に何かあったらどうすんだよ」

「……あっ」


 司の言葉に冴子は息を飲む。


 学芸員の仕事のひとつに「美術品の管理」というものがある。ここ宿木美術館では、特に魂たちのストレスチェックが大切になってくる。何故なら、作品に宿る魂のストレス状態によって作品自体にも影響が出るからだ。


 司は『地獄の扉』が願いを叶えずに帰った場合のストレスを考慮して、ダンスに全力を注ぐことを決めたのだろう。


 ただ司のダンスを笑ってやろうと考えていた冴子は、カッと自分の頬が熱くなるのを感じた。


「だが、どうにもダンスが地味でな。イマイチ締まらねえ」


 もじゃもじゃの頭をかき混ぜながらため息を吐く。


「――人数が足りないんじゃないですか?」

「あぁ?」


 冴子の零した言葉に司は冴子を見た。冴子は伏せていた顔を上げて司を見上げる。


「3人でならもっといろんなダンスができると思います!」

「3人?」

「私と本郷さんと金風さんです!」

「え?!」


 黙って成り行きを見守っていた浩治がぎょっとして冴子を見る。司は冴子と浩治を交互に見ると、目を細め口角を上げてにたりと笑った。


「それいいな。お前らも付き合え」

「はい!」

「本郷! 俺は!」


 大きく頷く冴子に対して浩治は焦って両手をぶんぶんと振る。


「仕事中にこんなとこ来てんだ。暇だろ?」


 浩治の抵抗をばっさりと切り捨てると事情を話しに『地獄の扉』の元へ向かった。


『マジかよブラザー! ユニット結成じゃねえか! ヒャアッハア――――!!』


 『地獄の扉』の歓声と浩治のため息が会議室に響いた。


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