*17-2 『地獄の扉』のお出ましです
ライブ当日がついにやって来た。場所は十分なスペースが確保できるということでシステレナ礼拝堂に決まった。
システレナ礼拝堂横の扉の前では司、浩治、冴子そして『地獄の扉』がスタンバイしている。
「本当にこの衣装何とかならないんですか?」
赤と黒の七分丈ボーダーの上にビリビリに破れた黒の半袖シャツ。指なしの革手袋にはライトストーンが散りばめられており、じゃらじゃらと鎖が垂れた黒のワイドパンツがひらひらと揺れている。冴子は所謂、パンクロック系のファッションに身を包んでいた。
「もう諦めろ」
どこか遠い目をして言ったのは司。司は大きな口を開けた骸骨がプリントされた半袖シャツに光沢のあるレザーパンツを履いていた。ちなみにどちらもダメージ仕様で、浩治とお揃いだ。
『最高に似合ってるんだぜお前ら――――!! フゥ――――!!』
腕を振り上げ叫んだ『地獄の扉』は、司と浩治と同じプリントシャツとレザーパンツにスタッグ付きのリストバンド、メタル素材の骸骨指輪、太めの鎖ネックレスを追加した姿をしている。
この衣装の発案は当然ながら『地獄の扉』で、司たちはそれに従った形だ。
『さぁて、それじゃあそろそろメンバー召喚するぜぇええええ!!』
『地獄の扉』はそう言うと、右手を正面に突き出した。バッと手を開いてぐっと力を込める。
『ギター、パオラ! ベース、フランジェスカ! ドラム、ウゴメーノ! キーボード、ケンタリレ! 召喚!!』
次の瞬間、何もない空間に4つの光が生まれ渦を巻いた。そして渦が収束していくと、中から小さな影が現れた。
『パオラ! 召喚に応じ、参上だぜえええええ!!』
緑と赤が血痕のように散りばめられたデザインのギターを持って現れたのは、銀髪を逆立てた男。両耳にはシルバーのピアスを計8個つけており、頭を上下に激しく揺らす度にキラキラと光を反射する。服装は黒のロングコートに光沢のある黒のパンツ。ただし、コートは腰以外にも胸、両腕にベルトの飾り付きで裾部分の長さが左右非対称だ。
『フランジェスカ! 召喚に応じ、参上よおおおおおおお!!』
次に夜空のようなキラキラのベースを持って現れたのは、赤茶色の髪の女。髪の右半分を編み込み、左半分は肩まで流している。ワインレッドの口紅が顔から浮きでているかのようだ。服装は血文字で「Go to hell」と書かれたプリントシャツに黒のミニのタイトスカート。膝上までのロングブーツを履いている。
『ウゴメーノ! 召喚に応じ、参上おおおおおおお!!』
そしてドラムセットと共に現れたのはスキンヘッドの男。つるつるの頭には縫い合わせたような傷メイクが施されている。服装は革のジャケットにタイトパンツ。赤チェックの巻きスカートだ。
『ケンタリレ! 召喚に応じ、参上致しましたわあああああ!!』
最後にショルダーキーボードを持って現れたのは、長い黒髪を高い位置でポニーテイルにした女。馬の尻尾のように頭の動きに合わせて髪が揺れている。服装はフランジェスカとお揃いのプリントシャツにサルエルパンツ。足元は厚底ブーツだ。
大きさは皆、『地獄の扉』と同じ10cm程度。声の大きさもでかく、とにかくうるさいところも共通している。
「何度見ても不思議だな」
浩治が何もない空間から現れた4人を見てしみじみと呟く。
「本当にどういう仕組みなのでしょうか? 分裂してるわけではないですし」
冴子も首を傾げる。
「……研究してえ」
ぼそりと呟いた司の言葉が、おそらく宿木美術館の学芸員の総意であろう。初めて彼らが召喚された日、司は「誰だこいつらは?!」と『地獄の扉』を問い詰めたのだが、『俺様のソウルメイトだぜ!』という答えしか返ってこなかったのだ。結局、ライブを優先した司が折れる形になった。
『いよいよ夢のステージだ!! 準備はいいか?! イヤァ!!』
学芸員の気持ちなどどこ吹く風。『地獄の扉』は集合をかけると、皆に呼びかける。召喚された仲間たちは拳を振り上げることで応える。
『ダンサーもよろしく頼むぜ! ハァッ!!』
司たちをビシィと指さし、ウインクを投げる。司たちもそれぞれ手を挙げてそれに応えた。
さあ、開幕だ――。
◆ ◆ ◆
システレナ礼拝堂にはたくさんの人と魂が集まっていた。椅子に腰かけている者、壁に寄りかかっている者、宙に浮いている者様々だ。皆、簡易のステージに期待の眼差しを向けている。
今回のステージは一般公開はされず、美術館の関係者と展示されている魂が観客だ。それでも50人は集まっている。
各々雑談を楽しんでいたが、灯りが絞られると次第に静かになっていった。ステージだけが爛々と輝いている。ややあって、司たちがステージに登場した。観客が拍手で迎える。
『レディースエンドジェントルマン!! 今宵は俺様たちの魂のライブに来てくれてサンキューだぜ!』
センターに浮いた『地獄の扉』が叫ぶ。マイクを使っていなくても礼拝堂に響き渡る声量だ。ちなみに、今は夜ではなく真昼である。
『俺様の歌と! 熱いミュージック! 魂のダンスに酔いしれてくれ! フゥ――――!!』
『地獄の扉』を中心に右にパオラ、左にフランジェスカ、斜め右にウゴメーノ、斜め左にケンタリレ。そして、その背後で左から司、冴子、浩治の順で横並びになっている。
『それじゃあ、早速行くぜ!! 俺様の魂の1曲!! 『地獄の扉』!!』
ウゴメーノがスティックを掲げ、「カッカッカッカ!」とリズムを取る。そして、一気に爆発する音の嵐。スティックが目に見えないほどのスピードでドラムを叩き、ギターが甲高い音を上げる。ベースがどっしりと音を支え、キーボードが軽やかに踊る。
アップテンポで攻撃的な音楽。その音に合わせステップを踏む。踵、爪先、踵、爪先。交互に地につけ左右に揺れる。ターン、ターン、キック。片足で回ってシンバルに合わせて突き破るような蹴り。
『地獄の扉』は大きく息を吸い込むと胸に片手を当てて歌い出す。
『地獄に咲いた 一輪の花
不釣り合いにも程がある
花に縋れば救われるか
否 花はただ咲くだけ
美しさがいずれ憎くなる
地獄の片道切符なんざ
誰が欲しがる?
狂った奴らの独り占め
踊れ 罪の魂よ
扉を潜れば永遠
叫べ 罰の魂よ
枯れ果てれば無の世界
ああ 地獄の斑模様
俺は俺様 唯一の存在
地獄の道への案内人
お前は地獄行き
お前も地獄行き
地獄の扉は開いた
覚悟はいいか?!
さあ 一切の希望を捨てろ!
ここは地獄への一本道
地獄で味わう 甘美な味
毒のように病みつきになる
食べ続ければ満たされるか
否 毒は結局毒のまま
その甘さがいずれ憎くなる
地獄行きの道なんざ
誰が望むか?
壊れた奴らの独壇場
踊れ 罪の魂よ
扉を潜れば永遠
叫べ 罰の魂よ
枯れ果てれば無の世界
ああ 地獄の斑模様
俺は俺様 唯一の存在
地獄の道への案内人
沼のように沈み
泥のように粘る
地獄の扉が開いた
覚悟はいいか?!
さあ 一切の希望を捨てろ!
ここは地獄への一本道
決して引き返せない地獄道』
『地獄の扉』の歌に合わせて司たちも踊る。3人がぴたりと静止してかと思えば司、冴子、浩治の順に踊りだし、足も腕も止まることのないような激しいダンスを披露した。
パフォーマンスをする全員から汗が飛ぶ。それぞれが全力で歌い、踊り、演奏した。わずか3分ほどの時間だったが、彼らはその場を完全に支配した。
音の余韻がシステレナ礼拝堂に響く。一緒になって飛び跳ね、手を振って盛り上がっていた観客は大きな歓声を上げた。次に割れんばかりの拍手が巻き起こる。
司たちは肩で息をしながら互いの顔を見る。どの顔を達成感に満ちており、『地獄の扉』に関しては感極まって涙を流していた。
『サンキュー! サンキュー! お前ら最高だ! フゥ――――!!』
『地獄の扉』の挨拶に観客もさらに大きな拍手を返す。『地獄の扉』念願の初ライブは大盛り上がりで幕を閉じた。
◆ ◆ ◆
宿木美術館の正面玄関前。多くの学芸員と魂が集まっていた。
『世話になったな。ブラザー』
『地獄の扉』が司に握手を求める。司も人差し指を差し出すとそれに応えた。
『冴子と浩治もサンキュー。最高に熱いダンスだったぜ』
別れの瞬間だからか、『地獄の扉』もどこか寂しそうだ。そんな『地獄の扉』に冴子と浩治は笑顔を向ける。
「貴重な経験ができました。ありがとうございます」
「俺も楽しかった」
浩治の言葉を冴子が代わりに伝えると、『地獄の扉』も嬉しそうに笑った。
『では、そろそろ行こうか』
後ろで待っていた『ダヴィー像』が声をかける。隣には『悩める人』も浮いている。
『ああ』
『地獄の扉』は頷くと再び司に向き合った。
『じゃあな! マイブラザー!』
「おう」
多くは語らず、互いの目にすべてを託す。思いはきっと伝わったはずだ。
そうして、西洋美術館からの珍しい来客たちは『ダヴィー像』の付き添いのもと帰っていった。怒涛の時間がようやく終わりを迎えたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます